カテゴリー: ビジネス・経済
公開日 2022.07.05
米国など先進各国で従来政府が担い手だった宇宙開発に民間企業の参入が相次ぐ中で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月28日、タイ地理情報宇宙技術開発機関(GISTDA)との共催で「日タイ宇宙ビジネスウェビナー・マッチングイベント」を開催した。アジアでのマッチングイベントは初という。同ウェビナーでは両国の担当政府機関の幹部が講演したほか、日タイの宇宙ベンチャー企業6社がプレゼンテーションを行った。ウェビナー視聴者数は200人弱。今号ではイベント前半の両国政府機関の幹部による講演を報告することで、両国の宇宙政策とビジネスの現状を概観する。その後、マッチングに参加した日タイ企業の事業内容も個別に紹介していきたい。
同ウェビナーではまず、在タイ日本大使館の梨田和也特命全権大使が開会あいさつをした。「かつては主に科学技術の視点から各国政府機関を中心に学術研究や開発などが行われてきたが、2000年代以降、米国を中心に徐々に民間企業が宇宙に関わる活動をけん引するようになってきた。米国のスペースX社をはじめ民間部門における宇宙の産業化とイノベーションが進み、われわれの社会や経済を変えつつある。これはアジア地域でも例外ではない。宇宙活動の目的が科学技術発展のためから社会課題解決と社会経済発展のためへと変化し始めている」と指摘。「その変化の芽はすでにわれわれの生活にも入り込んでいる。例えば、現在ではスマートフォンで位置情報が取得できるが、これは人工衛星の測位技術を利用している。この位置情報はフードデリバリーなどの新たなサービスにも活用されている。また、地球観測データは地域の防災や農業などにも活用され、徐々に拡大している」などと宇宙ビジネスの発展の現状を概説した。
続いて登壇したGISTDAのパコーン長官は「日本とタイは20年以上、宇宙活動で協力関係を育んできた。当初は特に日本の衛星からの地球観測データの活用に焦点を合わせていたが、われわれは地理情報、気象情報、宇宙での実証研究、宇宙ビジネスで関係を強化、深化させている」と強調。GISTDAは国の競争力を強化するために単独ではできないことを認識しており、宇宙エコシステムで生き残るために連携し、技術革新を行い、その技術を定着させていくと訴えた。
セミナーはその後、両国の政策担当当局者からの現状報告に移った。まず内閣府・宇宙戦略推進事務局の坂口昭一郎審議官が日本の宇宙開発政策の体制について、「宇宙に関わる省庁は多数あるが、JAXAが具体的な実施機関で、宇宙戦略推進事務局は政府の宇宙戦略本部の事務局として省庁間の宇宙政策を調整する」のが役割だと説明。政府の第4次基本計画では、①安全保障政策では準天頂衛星システムの改良、宇宙軍による衛星やデブリ(宇宙ごみ)の軌道を追跡する宇宙状況把握活動 ②防災分野では、気象衛星の改良、二酸化炭素(CO2)排出量など地球観測活動の強化 ③科学技術分野では、国際的なパートナーと共にアルテミス計画で、月や火星などの探査を目指す-とした。
さらに特定地域の上空に長時間とどまる軌道をとる人工衛星である準天頂衛星(QZSS)システムについて、「現在4基体制だが、少なくとも1基はアジア太平洋地域の天頂付近に常時存在し、米国のGPSや他のGNSS(全球測位衛星システム)と連携して測位サービスを提供している」とした上で、「2024年3月までに準天頂衛星7基のシステムを構築し、持続的な測位能力を維持・向上させる予定だ」と述べた。この準天頂衛星システムはGPS機能の補完とGNSS(全球測位衛星システム)の補強ができるという。
日本とタイの宇宙協力では、2015年2月の日タイ首脳共同声明で地理空間情報を活用した高度情報社会構築が宣言され、政府と産業界が協力してリアルタイム高精度測位を活用した「高度G空間社会」の構築を目標に、インフラ整備と産業利用の普及拡大の両面から進めてきたと指摘。さらに、新たなアプリケーションの開発・実証やタイにおける普及に向けた活動も本格始動しており、日本主導でアジア・オセアニア地域を中心とした産官学の有識者にて構成される「Multi-GNSS Asia」は年に1度の国際会議を開催しているが、今年度も2023年1月頃にタイのチェンマイで同会議を開催する予定だとした。
同審議官はまた内閣府事業として、災害関係アプリケーションの企画を競うハッカソンである「RPDチャレンジ」と、日本国内だけでなくアジア・オセアニア地域の個人、若手起業家、スタートアップ企業などから宇宙ビジネスに関するアイデアをから募集する「S-Booster」-を紹介。特に後者では昨年はタイのチームが優勝したと報告。今年も開催予定で、12月に東京で最終選考会を行うことを明らかにした。
続いてJAXAの新事業促進部の伊達木香子部長がプレゼンテーションを行った。まずJAXAについて、2003年に従来の3機関が統合されて発足、職員は現在1500人、政府からの年間予算は20億ドルだと紹介。政府の宇宙開発・利用を技術で支える中核機関として、その役割は衛星・ロケットの開発だけでなく、気候変動や宇宙の状況把握、災害対策・防災、安全保障、産業振興など多岐にわたると述べた。
その上で主な活動分野は次の5つだと説明した。
(1) 宇宙輸送システム=これまで日本の基幹ロケットであるH-Ⅱ、H-ⅡA、H-ⅡBやイプシロンを開発。成功率が高く、確実に宇宙に運ぶことができる。
(2) 人工衛星=地球上の風や気温、大気などを観測することで社会の安全・安心に役立つことを目指している。通信や測位衛星の技術開発も行っている。
(3) 日本人宇宙飛行士のための有人宇宙技術=JAXAは国際宇宙ステーションプログラムに参加。軌道上の実験を行う。アルテミス計画、ゲートウェイプログラムへの参画を目指した技術開発も行っている。
(4) 宇宙科学分野=太陽系と宇宙の起源の解明に向けたアカデミー分野での研究。観測や探査を行う上での宇宙機システムの開発。「はやぶさ」を開発して、惑星に行って帰ってくるところまでJAXAの活動として実施した。
(5) 航空分野=航空はすでに大きな産業だが、安全で環境に優しい豊かな社会を支えていくことを目指して航空産業の成長に貢献していく。
また、宇宙産業振興における具体的取り組みでは、①ロケット開発でも必要な民間企業と連携した研究開発(R&D) ②On-Orbit Demo Supportは、衛星に一緒に搭載していく実証プログラムで、宇宙ステーションからの小型衛星放出など軌道上での実証を行うプログラム ③Dual Utilizationは地上でも宇宙でも連携しながら両方を開発していく活動 ④Acceleration/Incubationでは、新たなスタートアップ企業の創出、特にJAXAの技術からスピンオフしていく、生まれてくるスタートアップの育成活動。S-Booster事業にも協力-などと説明した。
また新しいプログラムとしては、①民間企業をパートナーに軌道上、宇宙空間でのデブリ(宇宙ごみ)を除去する「商業デブリ除去実証」プログラム ②小型衛星を用いた技術革新衛星プログラム ③革新的将来輸送システムの研究開発 ④民間企業、技術を支えていくため政府系などの金融機関との連携-などがあるとした。
日本政府では、内閣府、経済産業省、文部科学省など数々の省庁が宇宙開発利用に関する施策を準備しており、JAXAも足並みをそろえて施策を考えている。企業が創業から新規株式公開(IPO)、M&Aへと成長の段階に応じた施策を取り入れていくという。
新規事業のJ-SPARCは民間企業とJAXAがパートナーシップを組んで事業コンセプトを検討し、共同で事業実証を実施して、新たな宇宙ビジネスの事業化を行う。同時にJAXA自身も新たな技術を獲得してイノベーションを目指すとし、現在、35~36案件に達していると報告。ロケットや衛星の開発だけでなく、デブリ除去など軌道上でのサービス実施、ロボティクス、通信技術、有翼の宇宙機の開発もあり、さらにエンターテインメント、衣食住、教育といった身近な分野でのビジネス創出を目指していると述べた。
一方、タイの宇宙政策についてはGISTDAの宇宙技術開発事務局のディレクター、ナタワット博士が報告した。同氏はまず、これまでGISTDAとして打ち上げた衛星では2008年のTHAICHOTE(THEOS)があるほか、あと2基打ち上げ予定になっていると説明。特に今年末までには50cmのレベルまで測定できる非常に測位精度が高いTHEOS-2を打ち上げるという。さらに2023年ローンチ予定の小型衛星(THEOS-2A)は、解像度が少し低くなるもののサプライチェーンや人材育成にも役立つとした。これらGISTDAの衛星が提供する映像やデータ以外にもわれわれは世界中の衛星ネットワークからデータをもらいリソースとして提供しており、これには日本の衛星も含まれているという。
そして同氏は、GISTDAにとって社会課題の解決が主要な課題だとした上で、主なソリューションの対象として次の6分野を挙げて説明した。
(1) 農業=タイの重要な産業であり公的機関だけでなく民間企業にもソリューションとして提供。農業価値評価、災害感知、精密農業管理など。
(2) 天然資源=気候変動や土地利用の分析などに衛星データを活用。土地利用の分析、気候変動の影響評価、生物多様性分析など。
(3) 都市=人口移動などでも衛星データ活用。都市計画、都市拡大のモニター、都市圏のゾーニングなど。
(4) 自然災害=タイで非常に多い洪水の予測、北部で多い山火事の場所の早期特定、大気汚染状況の確認など。
(5) 水管理=需要に合わせた水管理、治水、農業用水管理。
(6) マッピング=高精度地図の作成。自動運転への活用に向けて日本のデータも利用してマッピング。
衛星バリューチェーンでは、衛星を宇宙に届けて、通信して最後にソリューション開発になるが、GISTDAは今その逆を考えているという。GISTDAはこれまで、下流(ソリューション)をやってきたが、今後はより上流の工程をやっていきたいと強調。すでに過去5年間、上流、つまり、「衛星製造(Satellite Manufacturing)」に取り組み、「人材を育成、衛星を開発し、試験を行うことができる体制を作ってきた。現在は約30人のスタッフがタイの宇宙開発に貢献している」と述べた。今後はチョンブリ県シラチャにある宇宙関連技術の振興施設「スペース・クレノベーション・パーク(SKP)」を使い、衛星製造分野がタイで成長していくための支援を行っていくとした。
さらに同氏はタイの衛星製造のキックオフ的な存在がTHEOS-2A衛星で、現在は最終試験をSKPで行っていることを明らかにした。今後はGISTDAの製造能力が向上し、産業として提供できるようになるという。また、衛星製造に必要なサプライチェーンも育成しており、現在はタイ国内の14社が33の部品、重量比で約23%を製造していく計画だと説明。こうした企業の数を増やしていく中では日本との協力は非常に重要だと考えていると訴えて、講演を締めくくった。
TJRI編集部
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