THAIBIZ No.156 2024年12月発行深化する日タイの経済成長戦略
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カテゴリー: 自動車・製造業
公開日 2024.12.11
タイの中古車市場は、厳しい状況にある。景気不振と金融引き締めにより差し押さえられた車が2023年に30万台に倍増し、中古車市場に流入したことから、中古車価格が2023年初めから20%近く下落している。中古車価格の下落が下取り価格の下落を招き、それが車買い換えの需要の低下と新車市場の落ち込みにつながるという悪循環に陥っている。現在の自動車市況の落ち込みの背景を理解する上でも、中古車市場の動向を把握することは意味がある。
タイの中古車市場の規模は、正確に把握されていない。中古車市場の商流が複雑であり、個人間売買ないし、B2Cの取引であってもVAT支払いを免れるために個人間売買を装う業者も多いため、業界として全体を把握することは不可能に近い。また、一般的に報道される中古車販売台数は、取引回数から算出されており、同じ車でも、転売され持ち主が替わると、ダブルカウント、トリプルカウントされることも多い。最近、筆者が陸運局に中古車台数を確認しても正確に把握できないとの回答であった。
中古車販売協会によれば、タイでの中古車商流は、中古車ディーラーからユーザーへの販売(B2C)、中古車オークションからディーラーへの販売(B2B)、個人間売買(C2C)、個人から中古車ディーラーへの販売(C2B)に分類され、2017年は全取引台数は260万台に達する。業界関係者によれば※1 、小売り台数は全取引台数の3分の1〜約半分と推定しており、それに基づくと2017年の中古車小売り台数は90〜130万台。2017年の新車販売台数が約85万台であることから、新車/中古車比率は1.1〜1.5倍である。
※1 【川崎大輔の海外コラム】跳躍間近のタイ中古車流通市場
現地報道によると、2020年の中古車市場は、コロナ禍前に比べて15〜20%縮小している。2023年以降はより深刻な事態に陥っている。現地の報道によれば、2023年初めから2024年半ばにかけて、中古車価格は20%近く下落している。その最大の要因は、ローン会社に差し押さえられ、オークションに流入した車が15万台から30万台に倍増し、需給バランスが崩れたからである。
中古車価格の下落のもう一つの要因は、低価格の中国勢のEVの投入である。オークション関係者によれば、50万バーツの中古のCamryと同程度の価格で新車のEVが購入できることから、中古車からEVにシフトしており、中古車需要の減退を招いている。結果的に、以上のような複合的な要因による中古車価格の下落が、車の買い換えを遅らせ、新車販売の落ち込みにもつながっている。
なお、中古車価格の下落は、車種によっても大きく異なる。購入層が低所得層であり、ローン会社による差し押さえ台数の多いピックアップやエコカーのハッチバックは、中古車価格の下落率が大きく、中高所得層に人気の高いMPVやSUVの下落率は比較的小さい。ピックアップの新車販売の低迷は、中古車価格の下落を引き起こし、さらに新車への買い換えを阻むという悪循環を招いている(図表1)。
最近注目されるのは、BEVの中古車価格の動向である。中古バッテリーの価値を正確に評価できないために、EVの中古車の価格は一般的に下落しやすく、下取り価格が低いことが、EVの販売拡大の足枷要因になると目されるからである。タイでもBEVの中古車の値崩れが大きい傾向がみられる。中古車サイトを調べると、EVのBYD・Atto3は、購入1〜2年後に45%以上落ち込んでおり、同じ車系の内燃機関のトヨタ・カローラクロスと比べると、20%ポイント近く低い(図表2)。
業界関係者からは、なかには1年で3割まで値落ちするモデルもあるとの声も聞く。中国メーカーが値下げ競争をしており、2023年以降、EVが7万台以上販売されたことから、今後5〜6年以降、廉価なEVが中古車市場に大量に出回ることが予想され、EVの中古車値下げ圧力は強い。
タイには、1,100店を超える中古車事業者が存在しているといわれる。これまでは、中古車購入者の半分以上は、「テント」と呼ばれる個人経営中心の小規模の中古車ディーラーから購入してきた。タイでも、Toyota Sureなどのメーカー認定中古車もあるが、認定中古車の大半はディーラーのデモ車などの転売であり、メーカーによる下取り販売は少ない。
これは、「テント」の方が、個人から高値で中古車を買取りできるためだ。「テント」の競争力が高いのは、個人事業主でVATの支払いを回避していること、地方への販売ネットワークがあることなどが挙げられる。実に、中古車ディーラーの9割はバンコク周辺に集中しているが、中古車の大半は地方に流れる構図となっている。また、より高く売るために、中古車のメーター巻き戻しや、修理・事故車歴を隠す慣行も根強いと聞く。よって、正規の取引しかできない新車ディーラーや中古車買取りチェーンは、価格では太刀打ちできない。
昨今の中古車の価格の下落は、「テント」を中心とした中古車ディーラーの経営を圧迫し、中小の中古車ディーラーの淘汰が進むことが予想される。この傾向に拍車をかけると予想されるのが、新興企業Carroのような中古車販売のオンラインプラットフォーマーの参入である。プラットフォーマーが提供するオンライン販売サービスは、AIを活用した統一的な診断方法で中古車を評価するなど、消費者の信頼感も高い。
また、Carroのオンラインプラットフォームでは、個人間売買のサービスも提供しており、個人としての購入場所の選択肢が増える。オンライン販売による適正な取引の拡大や、AIなどを活用したより正確な診断方法が普及すれば、古い業界慣習により守られている中古車ディーラーの支配力の低下につながり、業界構造が大きく変わる可能性がある。
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NRI Consulting & Solutions (Thailand)Co., Ltd.
Principal
山本 肇 氏
シンクタンクの研究員として従事した後、2004年からチュラロンコン大学サシン経営大学院(MBA)に留学。CSM Automotiveバンコクオフィスのダイレクターを経て、2013年から現職。
野村総合研究所タイ
ASEANに関する市場調査・戦略立案に始まり、実行支援までを一気通貫でサポート(製造業だけでなく、エネルギー・不動産・ヘルスケア・消費財等の幅広い産業に対応)
《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション
TEL: 02-611-2951
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