タイ自動車産業を反面教師、インドネシアHEV政策

THAIBIZ No.158 2025年2月発行

THAIBIZ No.158 2025年2月発行日タイビジネス70年の軌跡と未来への挑戦

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タイ自動車産業を反面教師、インドネシアHEV政策

公開日 2025.02.10

インドネシア政府は、2024年12月16日にハイブリッド車(HEV)税率の軽減策を発表し、2025年1月1日から1年の時限措置として、HEV税率は現状の6〜12%から3〜9%に引き下げられる。2025年1月からVATが11%から12%に引き上げられることに対応した経済政策パッケージの一環として実施されるが、本稿ではタイでの自動車産業の苦境を反面教師として打ち出された側面があることに注目したい。

タイの自動車産業の躓きが反面教師

インドネシアは、これまでリチウムバッテリー用のニッケルの資源活用を推進することや、燃料輸入削減の目的もあり、EVの優遇政策を強化する一方で、HEVに対してはむしろ優遇措置を削減する政策をとってきた。2022年には、インドネシア政府はEVの販売促進の目的から、HEV税率を二段階で引き上げる計画を発表。

第一段階では2022年にHEVの税率のレンジを2〜12%から6〜12%に引き上げた。第二段階で、EVへの投資が5兆ルピア(当時約380億円)に達してから2年、または5兆ルピアの投資案件の商業生産が始まったタイミングでHEV税率をさらに10〜14%に引き上げる計画である。これは、当時インドネシアでEVの現地生産を計画していた韓国系EVメーカーが、インドネシア政府に対して、EVの価格競争力を上げるために、HEVの税率引き上げを求めたことが背景にあったと業界で指摘されている。

ただし、インドネシア政府内では、従来から親中派とされるEVを推す海事・投資調整大臣省と、日系自動車産業とのつながりを重視し、HEVも推進したい工業省との間で綱引きがあった。工業省は何度かHEVの優遇策の復活を図ったが、ジョコウィ前大統領政権では海事・投資調整大臣の影響力が強かったこともあり、頓挫した。

ここにきて、インドネシア政府がHEV優遇策を発表した経緯としては、いくつかの要因があるが、工業省関係者との意見交換のなかで、最近のタイの自動車産業の苦境を反面教師としながら、EV奨励一辺倒からの修正を図った側面があったと筆者はみる。

インドネシアのモーターショーで展示されるHEV(2024年2月筆者撮影)

インドネシアの自動車政策は、これまでエコカー政策やEV奨励策などタイの政策のコピー版に近く、タイに数年遅れで実施してきた。しかし、タイの自動車市場の2024年以降の金融引締めによる大幅な低迷に加えて、EV優遇策による中国を中心としたEVの完成車輸入の急増が拍車をかける形で、自動車生産減と自動車部品メーカーの工場閉鎖にまでつながっている事態を工業省は重く見た。

インドネシアでは、タイのサプライヤーより平均的に規模が小さく、経営基盤がぜい弱であり、産業転換による影響を受けやすい。HEVの税率を下げれば、日系メーカーは内燃機関(ICE)車を生産しているため、HEVに転換しやすく、サプライチェーンの維持につながる。これに対して、EVは中国系の完成車またはノックダウン(KD)方式での輸入が中心となり、サプライチェーンへのインパクトが大きい。

今年1月15日に開催されたタイ官民自動車ビジネスフォーラムでのタイ自動車部品製造業協会(TAPMA)会長の発言から窺われるように、垂直統合型の中国メーカーはほとんどローカル企業から調達しないことから、タイでも政府に対して残存者利益(Last Man Standing)を享受できるようにICEの生産維持やHEV生産奨励を要望する声が高まっている。2024年9月号の拙稿でも触れたように、タイでは、日系自動車メーカーからの投資を引き留めるために、2028年からHEV税率を6%から8%に引き上げられず、現地化の条件を達成すれば6%に据え置かれることになった。

HEVの生産拠点誘致競争

日系メーカーは、従来から、アジアでは電力源構成が化石燃料に依存してCO2削減に大幅に貢献できないことや、充電インフラ環境の制約が強いことから、HEVの効用をインドネシア政府に粘り強く説得してきた。さらに、2024年以降の世界的なEVの市場の伸び悩みが、各国でEV一辺倒から軌道修正を図りやすい環境となっている。インドネシアも中国を真似て、EVを推進することでHEVの段階を飛び越える「一足飛び」を狙ったが、2024年は4.3万台に留まっており、政府が掲げてきた2035年までに100万台という目標にはるかに届かない(図表1)。

出所:GAIKINDOのデータをもとにNRI作成

その一方で、EVのような物品税免税(ICEの場合15%以上)、付加価値税(VAT)1%(通常11%)というインセンティブがないにも関わらず、HEVの販売は2024年に6万台に達している。インドネシアのユーザーはタイと比べると車の長期的な資産価値をより重視しており、EVのように残存価値が分からない新しい車への切り替えにより慎重だとされる。

インドネシアは、EV産業の誘致ではタイに先行されているが、HEVでもこのままではタイに差を広げられる可能性が高まっていた。現に豊田章男会長が昨年12月18日、ペートンタン首相を訪問し、トヨタがタイでのHEV生産増強で新たに550億バーツ(2,500億円相当)を投資すると明らかにした。これには、日系部品メーカーの投資も含まれると推測され、HEV関連のサプライチェーンがタイで整備されることで、競争力の向上によってHEVの輸出も増えることが期待される。

インドネシアのHEV税率が従来通りであれば、図表2のように、2024年時点ではタイと比べて20ポイント高いことになり、税率の低いタイに投資が集中するリスクに直面している。例えば、インドネシアで最初に現地生産された多目的乗用車(MPV)の「三菱・Xpander」は、ICE版のみ生産されているが、タイではHEV版が現地生産されている。インドネシアの税率の引き下げにより、HEVの生産拠点化の可能性が高まれば、今後日系メーカーはタイとインドネシアの両方を天秤にかけることで、現地政府に対する交渉力を高めることが期待される。

出所:業界情報などからNRI作成
※1 HEVは2025年1〜12月まで6%から3%に引き下げの予定(今後財務省令で正式施行の予定)
※2 EVの地方税は2025年1月〜免税
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NRI Consulting & Solutions (Thailand)Co., Ltd.
Principal

山本 肇 氏

シンクタンクの研究員として従事した後、2004年からチュラロンコン大学サシン経営大学院(MBA)に留学。CSM Automotiveバンコクオフィスのダイレクターを経て、2013年から現職。

野村総合研究所タイ

ASEANに関する市場調査・戦略立案に始まり、実行支援までを一気通貫でサポート(製造業だけでなく、エネルギー・不動産・ヘルスケア・消費財等の幅広い産業に対応)

《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション

TEL: 02-611-2951
Email:[email protected]
399, Interchange 21, Unit 23-04, 23F, Sukhumvit Rd., Klongtoey Nua,
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Website : https://www.nri.com/

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