
カテゴリー: 自動車・製造業, 特集, バイオ・BCG・農業
公開日 2026.10.09 Sponsored
タイの製造現場でいま、「におい」が新たな経営課題として注目されている。工場と住宅地の距離が縮まり、住民の環境意識も高まる中、悪臭への苦情は企業の操業、さらには企業価値にまで影響を及ぼしかねない。こうした課題に対し、日本で半世紀以上にわたり臭気対策に取り組んできた近江オドエアーサービスと、タイのAsia Kendyが、日本発祥の臭気測定技術を生かした取り組みを進めている。タイでいま、なぜ「におい」対策が求められているのか。その背景と臭気対策のあり方を探る。

近江オドエアーサービス株式会社
海外事業部部長
能瀬 裕朗 氏
臭気判定士。2016年に近江オドエアーサービス入社。2018年からタイ市場の開拓に注力し、日本の臭気測定・評価技術を生かしたコンサルティングを展開。「採る・測る・対策する」を一貫して提供し、工場などの臭気課題の解決に取り組んでいる。

Asia Kendy Company Limited
副社長
遠藤 稔 氏
約30年にわたり日本とタイを行き来し、塗装設備をはじめ、産業機器や工業用資材の販売、技術支援を通じてタイの製造現場を支える。在タイ日系企業の対応や日本からの資材調達支援、近年は近江オドエアーサービスと連携して臭気対策事業を推進する。
タイでは1980年代後半から急速な経済成長が進み、それに伴って工業排水や生活排水による水質汚濁、自動車や工場からの排ガスによる大気汚染、産業廃棄物など、さまざまな環境・公害問題が顕在化した。近年、人々の日常生活に直接的な影響を与えているのが悪臭だ。
臭気問題が深刻化した背景には、工場を取り巻く社会環境の変化がある。日本企業がタイへ進出した当時は、工場は郊外にあり、周辺に住宅はほとんどなかった。ところがその後、近くに住宅やアパートが次々と建ち始め、工場から排出される煙やにおいが周辺で暮らす人にとって身近な問題になっていく。つまり、工場側が以前より強いにおいを出すようになったわけではなく、人の住んでいなかった場所に住宅地が広がり、工場と生活圏との距離が縮まったことで、それまで意識されていなかった問題が顕在化したのだ。
タイの人々の環境意識も高まっている。特にバンコク周辺では工場が増え、人口が集中し、水質汚染や大気汚染などの環境問題も多く発生している。その中でも悪臭の苦情は多い。2017年以降では環境苦情の約3分の1が悪臭に関するものだ※。
こうした悪臭問題について、タイ政府も対応を進めている。タイ工業省工場局(DIW)は2005年、工場からの臭気検査の基準と方法を定める省令を制定。2025年には規制を改訂し、従来の23業種にゴム関連産業を加えた24業種を対象とした。さらに、工業区域内外や、工場の排出口・敷地境界周辺についても臭気濃度の基準を設けている。
※出所:JICA BIZ「タイ国 臭気測定・工業用消臭剤の導入による悪臭公害解決に向けたビジネス化実証事業調査完了報告書」(2025年12月)
DIWの省令による規制対象業種に限らず、企業にとっても臭気は軽視できない問題だ。周辺住民から苦情が発生すれば対応を求められ、状況によっては操業にも影響するからだ。タイは自動車をはじめ、アジアの製造業を支える重要な生産拠点だ。一つの工場で生産が止まれば、そこでつくられる部品を使用する他国の組立工場まで影響が及ぶこともありうる。
もはや臭気は、単なる「においの問題」ではない。法的な基準を満たすだけでなく、企業自らが臭気発生源を把握し、周辺環境への影響を低減することが不可欠となる。「臭気管理」は、地域社会との共生、安定操業、そして企業への信頼に関わる重要な経営課題なのである。
社会課題となった悪臭の解決に向けて、タイ政府が導入した手法の一つが日本発の「三点比較式臭袋法」だ(図表1)。日本で半世紀以上にわたり臭気の測定・分析・対策を手掛けてきた近江オドエアーサービス(以下、OMI)は、DIWが同法を推進することを受け、現地事業パートナーのAsia Kendy(以下、AK)と共同で、本格的な「三点比較式臭袋法」の嗅覚測定ラボをバンコクに設立した。

現在タイでは複数の臭気評価手法が併存している。なぜ、その中で「三点比較式臭袋法」が採用されたのだろうか。OMI海外事業部部長の能瀬裕朗氏は、次のように説明する。「背景にはタイと日本との環境協力の歴史がある。日本の対タイ政府開発援助(ODA)で、国際協力機構(JICA)の環境アセスメントの一環として公害対策行政への支援が行われ、その中で日本の臭気測定技術が紹介された。当時の技術協力に関わった方々が、現在もDIWで悪臭防止行政に携わっている。タイでは日本の悪臭防止法を参考にしながら臭気管理制度の整備が進められている。その中で、工場から発生する臭気を評価する方法として、日本と同様の三点比較式臭袋法が採用された」。
日本では高度経済成長期の1960年代、急速な工業化に伴い公害問題が深刻化し、1971年には「悪臭防止法」が制定された。そこで培われた悪臭対策の制度や測定技術はその後、同じように工業化と環境問題に直面するアジア各国でも参考にされている。
「三点比較式臭袋法」の最大の特徴は、複数の成分が混ざった複合臭を、人の嗅覚によって総合的に評価できる点にある。方法は一見するとシンプルだ。無臭の空気の中に採取した臭気を一定量注入した袋を1つ、無臭の空気のみを入れた袋を2つ用意し、計3つの袋の中から、臭気を注入した袋を人が嗅ぎ分ける。臭気を段階的に希釈し、判別できなくなるまで試験を繰り返し、その結果から臭気濃度を求めていく。
機械ではなく「人の鼻(嗅覚)」で評価するのは、においの構造が単純ではないからだ。「工場から出る臭気は、一つの物質だけが原因とは限らない。硫化水素などの代表的な悪臭物質に加え、複数の成分が混ざり合った複合臭や、溶剤臭、焦げ臭などが問題になることも多い。たとえ一つひとつの物質濃度を測定できたとしても、それらが混ざったとき、人間がどの程度強く、どのようなにおいとして感じるのかを、単純な足し算で表すことは難しい。また、においの感じ方には個人差がある。実際に人がどう感じるかを測ることが重要だ」そう語るのは、AKの副社長、遠藤稔氏だ。

測定に参加する「パネル」は、特別に鼻の利く専門家ではない。5種類の基準臭を嗅ぎ分ける嗅覚検査を行い、一般的な嗅覚を持つことが確認された人の中から、通常6人を選んで試験を行う。一人の「臭い」「臭くない」という感想で判断するのではなく、一定の条件を満たした複数の人の嗅覚を用い、決められた手順で判定することで、感覚的なにおいを客観的な数値へと置き換えていく。

日本が高度経済成長期に経験した「産業を発展させながら、生活環境をどう守るか」という課題。三点比較式臭袋法は、そうした時代の要請の中から生まれ、発展してきた測定方法といえる。
OMIは、日本の臭気測定の歴史と長く深く関わってきた企業だ。1962年に近江兄弟社が手掛けていた産業用脱臭部門の事業を継承する形で設立され、同社の産業用消臭剤は国鉄の特急列車を皮切りに、東京都の清掃工場やし尿処理施設、全国の官公庁などで採用された。1970年の大阪万博では会場の臭気対策を全面的に担当。1975年には消臭剤「Air Server®(エアーサーバー®)」ブランドを立ち上げ、さまざまな業種や臭気に対応する製品を開発している。
同社の特徴は「消臭剤メーカー」であるだけではない。対策の効果を確かめるために、1970年前後から臭気測定法や測定機器の開発にも取り組んだ。三点比較式臭袋法に使う「におい袋」や試料採取用バッグ、真空瓶などの器材も自社製品だ。試料をどう採取し、どう測れば精度を高められるのか。日本の嗅覚測定の創成期から育まれてきた知見が、いまタイでの事業にも生かされている。
OMIとAKとの出会いは2017年にさかのぼる。AKは長年、塗装設備などを通じてタイの製造現場に入り、「対策しているのになかなか改善しない」「近隣から苦情がある」といった臭気の悩みを聞いていた。一方、OMIは日本で蓄積した技術を海外にも生かしたいと考えていた。紹介をきっかけに両社が出会い、タイでの協業がスタートする。
能瀬氏はAKとの提携について、技術だけでなく両社の価値観も一致していたと話す。「AKの当時の社長は、当社の『事業を通じて社会に貢献する』という経営理念や、事業で得た資金を教育や医療などの社会公益事業に投じた創立者ウィリアム・メレル・ヴォーリズの精神に共鳴。この価値観が、AKがこれまで行ってきた社会貢献活動とも合致した。当社がタイの環境問題に対して理念を具現化しようとする姿勢にも賛同していただき、共に活動することになった」。
当初はOMIの技術者が日本から出張し、 AKのスタッフとともに顧客を訪問していた。だが、そこで一つの課題が見えてきた。遠藤氏は「現状を確認できないと、何も進まないというのが私たちの基本的な考え方だ。出張ベースでは、どうしても継続して測ることができず、説得力のある提案は難しい。そこで2023年、AKの社内に嗅覚測定を行うためのラボを設けた。この『測る』という工程が、OMIの臭気対策の核となっている」と話す。

すでに脱臭装置を導入しているのに、においが改善しないという企業もある。そうしたケースでは、どこからどの程度の臭気が発生しているのかを十分に把握しないまま対策を進めていることが少なくないという。OMIとAKは、まず工場の現場で臭気を採取し、ラボや現場で臭気の強さを測定する。その結果をもとに発生源や対策すべき場所を絞り込み、どの消臭剤が有効なのかを検討する。さらに現場で試験を行い、対策の前後でにおいがどの程度変化したのかも確認している。


臭気を採取する様子(写真提供:近江オドエアーサービス)
どの発生源に対して対策するのが効果的なのか。どこで消臭剤を噴霧すべきなのか。どの程度の希釈倍率なら効果とコストを両立できるのか。他に優れた消臭方法があるのか。それらも検討材料だ。例えば工場に複数の排気口があれば、すべてに同じ対策をするのではなく、臭気の強い場所を特定して重点的に対応する。消臭剤も50倍、100倍、200倍と条件を変えながら、現場で効果を確認していく。「当然、商売だけを考えればより多く使っていただいたほうがいい。しかし、目的は悪臭を減らすことであり、どの工程で使うか、どこに噴霧するかも含めて、最適解を一緒に考えていく。それが私たちの強みだ。製品を売ることより、環境を改善することが大切であるため、きちんと測定し、本当に改善しているのかを確認してから提案している」と能瀬氏は話す。
「測定」はゴールではない。現状を知り、その結果を改善につなげるための出発点だ。


排水処理施設で消臭剤「エアーサーバー®」を噴霧する様子(写真提供:近江オドエアーサービス)
企業はこれから、臭気とどう向き合っていくべきなのか。遠藤氏は言う。「『法令を守っていれば十分』という考えでは、臭気問題には対応しきれない。たとえ基準を満たしていても、苦情が出れば問題になる。問題が起きてから対応するのではなく、まず自分たちの工場からどのようなにおいが出ているのかを、普段から把握して管理しておくことが大切だ」。
においの問題は、設備を導入したか、規制値をクリアしたかだけでは捉えきれない。実際に周辺で暮らす人がどう感じているのかまで見なければ、本当の意味での解決にはならない。OMIがタイで手掛けた案件に、それを象徴する事例がある。
ある工場では、近隣住民から悪臭への苦情が繰り返し寄せられていた。「夜も臭くて眠れない」と訴える人もいた。そこでOMIが現場に入り、煙突から出る排気の成分や臭気の状態を調べながら対策を進めた結果、苦情がパタリと消えたという。「どんな対策を打っても苦情が出ていた工場だったため、われわれの自信にもなった。タイで仕事をしてきた中でも、一番うれしかったことかもしれない」。当時を振り返り、能瀬氏は笑顔を見せた。
臭気対策の目的は、消臭剤を販売することでも、測定値を下げることだけでもない。その先にいる人が安心して暮らせる環境をつくることだ。OMIとAKが目指しているのは、日本で培ってきた臭気の測定や管理の考え方を現地に根づかせ、工場と地域社会が共存できる環境を創出することにある。
それは企業にとっても大きな意味を持つ。近隣からの苦情を減らすことは、操業上のリスクを抑えると同時に、周辺住民からの信頼を守ることにもつながる。環境への配慮が企業価値を測る重要な尺度になりつつある現在、臭気管理もまた、企業の持続的な成長を支える取り組みの一つなのである。
執筆:三田村 蕗子

OMI ODOR AIR SERVICE Co., Ltd.
TEL:(+81)ー748-32-4833(日本)
担当: 能瀬(のせ)
E-mail:[email protected]
WEB:www.shoshu.com

Asia Kendy Co., Ltd.
TEL:02-331-7301(-9)(タイ語)
E-mail:[email protected]
WEB:https://asiakendy.com/product/omi-odor-air-service

THAIBIZ編集部
和島美緒


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