カテゴリー: ASEAN・中国・インド, 会計・法務
連載: ONE ASIA LAWYERS - ASIAビジネス法務
公開日 2025.07.09
カンボジアでは本年2月から3月にかけて、労働者保護の強化を目的とした重要な労働関連法令が相次いで発出された。具体的には、①妊娠中の労働者に対する特別な保護に関する指導第15号、②個別労働紛争に関する省令第73号、③団体労働紛争に関する省令第74号の3件である。
これらの法令は、カンボジアに進出する日本企業の労務管理に大きな影響を与えるため、企業実務の観点から要点を整理し、概説する。
労働省指導第15号は、妊娠中および出産後の女性労働者に対する雇用上の差別防止や雇用保障の強化を目的としており、使用者に対して従来以上に厳格な義務を課している。
まず、雇用機会の提供、契約更新、賃金・福利厚生の引き上げにおいて、妊娠を理由とした差別を明確に禁止している。また、産休開始前の賃金全額の支払義務を定め、産後9ヶ月間の雇用契約の一方的停止を原則的に禁止している(ただし、全社的な契約停止の場合はこの限りではない)。
そして、産後1年以内の解雇に関する規制の強化である。重大な違反行為がある場合を除き、産後1年以内の解雇は原則禁止とされ、やむを得ず解雇を行う場合は、事前に労働監督官による審査・決定が必要であるとしている。さらに、産後1年以内の雇用契約自動更新を奨励している。
労働省令第73号は、個別労働紛争の調停・仲裁手続について、従来曖昧であった点を明確化し、体系的なプロセスを定めている。
使用者または労働者は、労働紛争局または地方の労働職業訓練局への調停の申立てが可能である。調停が不調に終わった場合、当事者双方は書面により労働大臣への再調停を申請することができる。
再調停も不調の場合、当事者には2つの選択肢が与えられる。一つは2ヶ月以内に裁判所へ申立てを行うこと、もう一つは労働監督官を通じて労働仲裁評議会による解決を求めることである。この明確な手続きにより、紛争解決の予見可能性が高まることが期待される。
労働省令第74号は、団体交渉に関する労使紛争の解決手続を定めており、従来の制度を引き継ぎつつ、手続きの明確化を図っている。
労働者または使用者は、労働紛争局等に対して調停を申立てることが可能であるが、調停手続には労働組合(組合がない場合は労働者代表)の参加が必要とされている。
また、労働大臣が紛争を認知した場合、当事者の申立てを待たずに調停を開始することができるとしている。
調停が不調の場合には、労働監督官が労働大臣に報告し、同大臣は3日以内に仲裁委員会へ付託することとなっている。このスピーディーな手続きにより、団体労働紛争の長期化を防ぐ効果が期待される。
これらの法令は、カンボジアにおける労働者保護の強化を明確に打ち出しており、日系進出企業にとっても労務管理上の重要な変更となる。特に、妊娠中・産後の女性労働者に対する保護規定の強化は、製造業をはじめとした労働集約的な産業において大きな影響を与える可能性がある。
企業は、これらの新たな規制に対応するため、就業規則の確認・見直し、管理職への教育研修の実施、紛争防止のための労務管理体制の整備などを検討する必要がある。また、労働紛争の解決手続きが明確化されたことで、適切な対応により紛争の早期解決が図れる一方、手続きを誤ると不利な結果を招く可能性もあるため、専門家のアドバイスを受けることが重要である。
パートナー弁護士(日本法)
日本・カンボジア
One Asia法律事務所/MAR & Associates出向中
村上 暢昭 氏
日本国内の法律事務所で3年半勤務後、カンボジアの法務コンサルティング会社JBL Mekong、その後カンボジアの法律事務所MAR & Associates Law Firmに出向。
日本での国際企業法務対応経験・不動産取引業顧問先対応経験を基に、カンボジア進出、戦略の策定、進出時のリーガルフォロー、紛争発生時の対応等および、カンボジアを含むASEANにおける不動産取引に関するスキームの策定、リーガルフォロー等を担当。また海外在住邦人相続協会を立ち上げ、同協会の共同代表として、海外での相続案件に関する対応も行う。
One Asia Lawyers
One Asia Lawyers Groupは、東南アジア・インドの法律に関するアドバイスを、アジア各国のネットワークを基礎として、シームレスに、ワン・ストップで提供するために設立された法律事務所です。
Website : https://oneasia.legal
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