カテゴリー: 食品・小売・サービス
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.10.03
新型コロナウィルス流行が収束する中でタイの小売業が元気だ。コロナ前よりも勢いを増している印象もある。このTJRIニュースレターでも昨年12月14日号で、タイの小売業を中心とする大手財閥セントラル・グループの事業展開を紹介したが、今週、配信した大型商業施設開発・運営大手サイアムピワットのチャダティップCEOインタビューでは、セントラルとは異なった独自路線も好調さの秘訣であることがうかがえる。同CEOはタイの小売り大手と日本の大手百貨店のビジネスへのアプローチの違いも冷静に分析している。
日本では過去10年以上、百貨店業態の衰退、業界再編がニュースになり続けている。これはタイに出店していた日系百貨店の相次ぐ撤退にも反映されている。一方で、日系小売業ではユニクロ、無印良品、「ドンドンドンキ」(日本のドン・キホーテ=パン・パシフィック・インターナショナル)などの専門小売大手はタイでも躍進が目覚ましい。そして8月31日には満を持してニトリがタイ1号店をセントラルワールドにオープンさせた。日系小売業にとってバンコクも東南アジア進出の試金石になりつつある印象だ。
「タイは、プレゼンス確立を目指す国際的な有名ブランドの重要なターゲットになった。新型コロナウィルス収束後、ファッション、ライフスタイル、美容、食品、バッグ、宝石、眼鏡などの数多くのブランドがバンコクに新しいコンセプトの店舗をオープンしたいと熱望し、殺到してきている。これがタイの小売業界の風景を再構築するだろう」
9月11日付バンコク・ポストはビジネス5面の解説記事で、タイの小売業界の最新動向をこう伝えている。同記事は今年、バンコクに新規進出したブランドとして、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)傘下のフレッド・ジュエリー、米靴小売り大手フットロッカー、カナダのスポーツウエア大手ルルレモン、韓国の眼鏡大手ジェントル・モンスター、そして日本のニトリなどを挙げている。さらに今後数カ月で新たな欧米ブランドが続々とタイに参入すると紹介している。筆者も約5年半前に初めてバンコクに赴任した時、セントラルワールドやサイアム・パラゴンで、世界の高級ブランドが勢ぞろいしていることに驚いた。
バンコク・ポストの同記事は、小売大手ザ・モール・グループがプロンポンで展開する「The EmDistrict」、タイ百貨店最大手セントラル・グループ、そしてサイアムピワットの幹部インタビューを掲載している。このうちセントラル百貨店の不動産を運営するセントラル・パタナ(CPN)のナタキット執行副社長は、「セントラルワールドは世界の有名ブランドの目的地になった。タイの中間階層はより可処分所得が増え、より洗練されてきており、これら有名ブランドはセントラルワールドへの出店により関心を高めている」とアピールした。
北海道・札幌で創業した家具・インテリア用品大手ニトリホールディングスは8月31日、タイ1号店をバンコク中心街の大型商業施設セントラルワールドの5階で開業した。同社は現在、日本に793店舗、中国本土、台湾、マレーシア、シンガポールに合計137店舗、世界全体では930店舗を展開。2022年に東南アジアで初めてマレーシアとシンガポールに店舗開設したほか、タイに続いて、ベトナム、インドネシア、フィリピン、香港、韓国に1号店を開設する計画で、アジア地域では2024年までに78店舗を新設、合計で206店舗まで拡大する予定だ。同社は長期ビジョンで、2032年までに全世界の店舗数を3000店まで拡大し、売上高3兆円を目標に掲げている。そして、ニトリはタイ国内では10月26日にはバンコク西部の商業施設「シーコン・バンケー」に2号店、さらに12月には「セントラルプラザ・ウェストゲート」にも3号店がオープンする予定など、今後5年間で25店舗の出店を計画している。
ニトリは今回、小売店舗としてはタイ初進出となったが、実はタイでの事業は1990年代後半までさかのぼることができる。ニトリ・リテール(タイランド)の小田聡一社長によると、タイは昔から日本向けの家具調達地となっており、ニトリも東南アジアでの商品調達・貿易事業会社としてNitori trading internationalのタイ現地法人を1999年に立ち上げ、ダイニングセットなどタイ製の家具の日本への輸出業務を行ってきた。筆者はこれまでタイでの林業の話をほとんど聞いたことがなかったが、タイやマレーシアでは、樹液を10年以上搾った後の天然ゴムの木の廃材を無垢のラバー材として、家具の材料に利用してきたという。
さらにニトリは、1990年の創業でペットボトルのリサイクル事業などを行ってきた「タイネゴロ」社と2018年に提携、その後、買収し、「サイアムニトリ」に社名変更、サムットプラカーン県の工場で日本などへの輸出向けのカーペット生産事業などを行っている。ニトリホールディングス取締役の武田政則氏は8月31日の開業セレモニーで、「今、著しく成長しているアジア、特に東南アジアは最重要拠点だ」とした上で、以前からタイで行ってきた貿易事業と、カーペット生産事業(従業員数約400人)を改めて紹介。「このグループのメンバーは今まで日本のために商品を出荷していたが、自分たちの国、街にニトリができたということで、全員が大喜びしている」と報告した。
今回のニトリのタイ1号店出店で印象深かったのが、立地がセントラルワールド内の、2020年8月に撤退した伊勢丹の入居していたスペースだったことだ。伊勢丹の撤退とニトリの出店がちょうど入れ替わった形で、日系小売業の盛衰を象徴している。伊勢丹が撤退を発表した直後の2020年3月にCPNは、伊勢丹が入居していたスペースには「日本の伝統的なライフスタイルを評価する顧客ニーズに合った要素が加えられるだろう」と説明していた。一方、ニトリは今回の開業セレモニーで、今回の出店について3年前からCPNと相談してきたと明らかにしている。伊勢丹撤退前後からすでにニトリの出店交渉が行われていたのかもしれない。
一方、サイアムピワットのチャダティップCEOは今回のTJRIとのインタビューで、アイコンサイアムに出店した高島屋について、「現在は売上高も順調に伸びており、毎月、記録を更新している」と評価する一方、「高島屋は日本の百貨店をタイ人に気に入ってもらえるようにしたいと考えていたが、こうした日本的な方法ではタイでの成功は難しい。タイのことを学びつつ、改善していくことが重要だ。われわれはサイアム高島屋のマーケティングを手伝った」といろいろ課題が多かったことも認めている。その上で、「今後も、われわれとサイアム高島屋が協力してタイ人が好きな商品を探し、さまざまな日本のブランドや店舗が新規出店できるようにしたい」とエールを送った。
9月20日付バンコク・ポスト(ビジネス1面)によると、サイアムピワットは、サイアム・パラゴンなどサイアム地区の3つの商業施設の今年上半期の合計訪問客数が前年同期比50%増の4500万人、合弁事業のアイコンサイアムの訪問客数が同70%増の1550万人だったと報告。同社のチャダティップCEOは、「サイアムピワットは過去12カ月間、さまざまな国の大手不動産デベロッパーからアプローチを受けた。多くの人がわれわれのショッピングモールを訪問し、アジア全域のさまざまな国でのランドマーク・プロジェクトの開発パートナーとして招きたいとの希望を表明した」ことを明らかにした。日本の小売業の世界進出の先兵だった百貨店業態が撤退を余儀なくされる一方、日本の専門小売り大手がアジアを中心に世界進出を加速している。タイの小売・流通業界でもセントラル・グループに続いて世界に羽ばたく企業が増えてくるのか興味深い。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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