カテゴリー: 食品・小売・サービス
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.12.14
初めてタイに駐在した際に住んだのはバンコクでも一番の繁華街近くのラチャダムリのコンドミニアムで、入居後、徒歩5分ほどのところにある大型商業施設セントラル・ワールドに行って、バンコクにこんな巨大で最先端のショッピングモールがあることに驚いた。さらにその隣にあるザ・モール・グループとサイアム・ピワットが開発した「サイアム・パラゴン」の規模と豪華さにど肝を抜かれた。それ以来、赴任する前は全く知らなかったセントラル・グループとタイの小売業に興味を持った。
今号のFeatureでは小売業を中心とするタイの大手コングロマリットであるセントラル・グループの不動産子会社セントラル・パタナのエネルギー・環境担当幹部のプレゼンテーションを紹介した。当初、セントラルといえば、デパート(百貨店)だと思っていたので、CPNがどういう会社かすぐには分からなかったが、その後、セントラルやロビンソンなどの百貨店も入居するショッピングモールのオーナー兼運営業者という不動産業態だということを知った。そしてセントラル・グループというタイを代表する財閥の奥深さとグローバル展開、そしてタイの小売り業態の強みを実感した。
2018年11月、タイの不動産・小売り大手サイアム・ピワットとタイ最大の財閥チャロン・ポカパン(CP)グループはバンコク市内チャオプラヤ川沿いで共同開発した大型複合施設「アイコン・サイアム」を開業したが、その規模と豪華さに驚いた。同施設内には高島屋がタイ初出店した。このプロジェクトでは2016年の発表当時はその中心に高島屋がいた。しかし、2018年のオープニング式典では高島屋の存在感は大幅に後退していた。また、2020年3月中旬には、セントラル・ワールドに出店していた伊勢丹バンコク店が撤退するとのニュースが伝わり、7万人はいるとされるタイの日本人社会にちょっとした衝撃を与えた。さらに同年10月末にはバンコク東急百貨店が2021年1月末で営業を終了すると発表した。
伊勢丹、東急百貨店とも撤退のうわさは2019年末ごろから出ていた。伊勢丹に関してはパートナーであるセントラル・グループからの要請にもかかわらず、伊勢丹は売り場のリノベーションの投資ができなかったという。日本の百貨店が旧態依然のビジネスモデルに固執せざる得ない中で、セントラル・グループやザ・モール・グループ、そしてサイアム・ピワットなどの小売り・不動産開発業者は着実にリノベーションに投資し、新型コロナ後もその賑わいは復活している。一方で、アイコン・サイアムに出店した高島屋のエリアは、特に新型コロナウイルス流行期には、食品フロア以外はほとんど閑散としていた。少なくとも日本のデパートのビジネスモデルは「オワコン」なのかとも感じた。
2020年前半に、タイの経済ニュースをにぎわしたのは英系小売り大手テスコ・ロータス買収をめぐる攻防だ。タイ財閥チャロン・ポカパン(CP)グループのほか、セントラル・グループ、タイ人富豪ジャルーン氏が率いるTCCグループ傘下のビッグCも応札に参加、最終的にはCPグループが落札。この結果、タイの小売業界は、コンビニエンスストア「セブン-イレブン」をタイで展開し、量販ストア「マクロ」も傘下に持つCPグループ、百貨店からコンビニ(ファミリーマート)、ドラッグストアなど幅広く展開するセントラル・グループ、2010年に仏系小売り大手カルフールのタイ店舗を取得したビッグCの3グループにほぼ集約されることになった。
CPグループによる買収当時、テスコ・ロータスはタイに約2000店、マレーシアに74店を運営していた。同社は買収決着後、すぐにブランド名を「ロータスズ(LOTUS’S)」に変更。筆者も先日、マレーシアのペナン島を旅行した際にも、市中心部に新しいロゴの店舗看板を確認することができた。
一方、2021年12月末、セントラル・グループは、オーストリアの不動産大手シグナ・ホールディングと共同で、英高級百貨店チェーンのセルフリッジズ・グループを買収することで最終合意したと発表。さらに、ベトナムではビッグCのベトナム店舗網を買収し、ブランド名を「GO!」に改称して新規出店を加速させつつある。
セントラル・グループのホームページによると、タイ国内で運営するショッピングモールは60カ所、小売りストアは2400店、食品スーパーは1000店、ホテルは53軒などと紹介している。そして海外展開も積極的で、小売業や不動産開発業では英、独、オランダ、イタリアなどの欧州のほか、ベトナム、マレーシア、インドネシアに既に進出、さらに、ホテル業では中東、モルジブなどにも展開、来年7月には日本初進出となる「センタラ・グランド・ホテル大阪」を開業する予定だ。
2018年11月に行われたアイコン・サイアムのオープニング式典で強い印象に残ったのはサイアム・ピワットの魅力的なプレゼンテーションだ。バンコクの中心で同社が開発した「サイアム・ディスカバリー」は昔の東京でいえば青山にありそうなファッション性の高い商業施設で、品ぞろえ含めデザインにこだわっている。アイコン・サイアムでも1階にタイの観光資源となっている水上マーケットを再現するなどの演出力は日本の小売業と比較しても大胆だ。オープニング式典で放映された完成までの設計・施工などの作業を紹介するビデオ画像にはアイコン・サイアムのさまざまな装飾を担当した国内外の有名デザイナーが多数登場したが、そこでは日本人のデザイナー、アーチストはほとんどいなかった。当初は中核テナントの高島屋など日本が主要コンテンツになるはずだったにもかかわらず、開業時には日本の影はほとんど薄くなっていた。
タイで経済取材をしていると良く聞くのは、タイ人はモノづくりは苦手だが、マーケティングなどは少なくとも日本人より得意だという話だ。タイに赴任して気づいたのは、タイ人は写真好きだということ。各種会議などイベントがあるたびに、参加者の写真撮影タイムが何度もあり、かなりの時間が割かれる。日本ではこうした場面は少ない。アイコン・サイアムの開業に象徴されるように、タイ人、タイ企業のプレゼンテーション能力の高さは、流通・小売り、そしてホテルなどのホスピタリティー産業で特に発揮されている印象で、今後、これらの分野でタイが世界に飛躍する武器ともなりそうだ。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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