カテゴリー: ビジネス・経済
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.10.18
日本政府は「水際規制の大幅緩和」という表現で、10月11日から新型コロナウイルス流行前の国境往来に戻す措置を実行した。「ポストコロナ」対応の遅れを一気に挽回しようとしているかのようだ。そうした中、個人的な話で恐縮だが、10月10日に初めて新型コロナウイルス感染していることが分かった。朝方から、悪寒がして多少咳が出るので念のためATK検査をした。最初は1本線のみだったが、約1時間後にもう一度見てみたら、うっすら2本目の線が。体温も38度近くまで上昇。コロナ前なら軽い風邪かなと済ませていたところだが、このご時世、そうはいかず、会社に報告、自宅待機に入った。
2020年初頭に中国武漢での新型コロナウイルス発生のニュースが伝えられ、最初はいったいどの程度のインパクトがあるのか良く分からなかった。武漢ウイルス研究所が発生源との疑惑が広がったが、その後、大国の政治パワーの問題からか公平な検証が行われたかの確信なく、うやむやなまま世界は目先の対応に追われ続けた。
筆者のコロナ初感染が軽症ですんだのは、ワクチンを3回接種していたからなのかよく分からない。コロナは自然界が人智を超える圧倒的力を見せつけた1コマでしかないのか、それとも人間の愚かな欲望の副産物という人為的なものもあったのか。少なくともロシアのウクライナ戦争が明確に示したのは、人類が科学技術的には常に発展し続けているにもかかわらず、その本性、叡智はほとんど進歩していないことだ。そして人類の輝かしい発展、グローバリゼーションの象徴だった飛行機を利用した海外旅行、観光産業が今回、大打撃を受けたことにいろいろ考えさせられる。コロナ前には若者にとって魅力のある産業の1つだった航空産業や、観光・外食などのホスピタリティー産業がこれほど暗転するとはだれが想像しただろうか。
コロナの深刻さが認識された2020年春、バンコク一の繁華街セントラルワールド前のラチャダムリ通りからほとんど自動車がいなくなった光景は今でも忘れられない。そして、取材で何度か訪れたスワンナプーム空港内の超閑散ぶりに心底寒くなった。それから約2年半。ようやくバンコク市内に活気が戻り、観光・ホスピタリティー産業も息を吹き返しつつある。悪名高きバンコクの渋滞はほぼ完全にコロナ前に戻った。一方、過去2年半、大幅な人員削減を余儀なくされたこれらの業界が、急に人員を手当てしようとしてもすぐには対応できないのは致し方ない面もある。
米系大手不動産コンサルティング会社CBREはアジア太平洋地域のホテルなどホスピタリティー産業に関する最新リポートで、各国の国境が再開され、業績がコロナ前の水準に向かって回復しつつある中で、ホスピタリティー市場への信頼感は改善し続けているとの見方を示した。5日付バンコク・ポスト(ビジネス4面)が伝えた。
同リポートは、この回復はおおむね各国の国内需要にけん引されているほか、国境規制が緩和された東南アジアなどでは外国人旅行者数も増え始めていると指摘。アジア太平洋地域では、2024年までに外国人観光客数とホテル業績はコロナ前の水準を回復するだろうと予測した上で、特に北アジアと太平洋地域で、国内旅行が観光業を押し上げ、世界的にも国内旅行の宿泊日数は今年末までに2019年の水準を上回る見込みとしている。
一方で、中国本土と香港のコロナ規制がいつ解除されるかをめぐる不透明感があり、これがアジア太平洋地域の観光業の回復を遅らせる可能性があるという。さらに航空会社のスタッフや機材数の不足に伴う旅客輸送能力の低下、航空チケット代の上昇が海外旅行全体の回復に影響を与えると分析している。アジア太平洋地域の主要航空会社の最新財務報告によると、輸送能力を示すASK(有効座席キロ数)は依然、コロナ前を25%下回る水準にとどまっているという。
10月12日付のバンコク・ポスト(ビジネス1面)によると、タイ政府観光庁(TAT)のユタサック総裁は今年の外国人旅行者数1000万人、観光収入1兆5000万バーツという目標に向けて、旅客輸送能力が低下し、航空運賃が上昇する中で、TATは航空会社に対し、旅客輸送能力を2019年の半分の水準まで増やすよう要請していることを明らかにした。タイ民間航空局(CAAT)のデータによると、今年10月から来年3月までに航空会社の平均座席数は1週平均で57万3538席と、夏期ダイヤと比較し74.2%増加する見込みという。
日本よりも開国が早かったタイでは、観光産業の完全復活に向けた主要課題は、航空旅客輸送能力の回復と中国人旅行者の回帰だ。先のCBREのリポートによると、コロナ前後での最も大きな変化は中国本土からの旅行者数で、2019年時点のアジア太平洋地域各国での中国人旅行者数の比率は平均で約25%だったが、今年1~7月はわずか4%にとどまったという。ユタサック総裁は最近の記者会見で、年内に中国が海外旅行を解禁した場合には、外国人旅行者数は目標の1000万人を上回り1200万人に達する可能性もあるとの予想も明らかにしている。
中国政府の「ゼロコロナ政策」がいつまで続くのかはまだ分からない。東京・銀座もそうだが、コロナ前には急激に富裕層化した中国人が世界の観光地にあふれかえっていた。タイも同様で、コロナ前にはタイの主要観光地パタヤの沖に浮かぶ「ラン島」の主要ビーチは中国人観光客でほぼ占有されていた。ビーチの海水は残念ながら濁っていて、とてもタイのリゾートの海とは思えなかった。しかし、コロナで観光客が激減する中でラン島のビーチがきれいになり、海も一気に透明度が増していることがメディアで紹介されている。
世界の現代史のうち過去20年余りのハイライトは2001年9月の米同時多発テロ事件、いわゆる「9.11」、経済面では2008年の「リーマンショック」に象徴される世界金融危機、そして今回の新型コロナウイルス流行だろうか。これらは、グローバリゼーションが世界を繁栄させ、よりよい社会に導くとの従来の常識に疑問符を突き付けた。特に先進国の人々にとってはグローバリゼーションの最大の恩恵の1つが海外旅行だった。それがほぼ2年半享受できない状況が続き、タイの観光産業も大きなダメージを受けた。海外旅行が再起動する中で、グローバリゼーションも完全復活するのか。その中でタイの観光産業の最大の魅力は何か。「ビーチなどの自然」なのか、「食や文化」なのか、「娯楽などでのホスピタリティー」なのか。これから再確認することになりそうだ。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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