カテゴリー: カーボンニュートラル, バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.08.02
1970年代の中東紛争に伴う2度のオイルショック、そして今回のロシア・ウクライナ戦争など資源危機が起こるたびにエネルギーに関する侃々諤々の議論が盛り上がる。昔のエネルギー源は基本的に植物資源を燃やすなどバイオマスだったが、中東で石油が発見されてから、世界の政治経済は中東産石油をめぐる大国の思惑に右往左往することになった。
その後、世界が化石燃料に安易に依存しすぎたことで地球温暖化問題が顕在化、内燃機関エンジンの自動車が全否定され、電気自動車が理想的モデルとされるようになった。しかし、日本を含めアジアの大半の国は石炭や天然ガスなどの化石燃料による火力発電が主流で、そこから作る電気を利用するEVがどれほど温室効果ガス削減に貢献できるのかよく分からない。今号のFeatureで紹介したアジアのエネルギーの将来とEVの可能性を議論した会議はさまざまな問題提起をしてくれている。
タイのプラユット首相は昨年11月に英グラスゴーで開かれた国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で、温室効果ガスの削減目標を前倒しし、「カーボンニュートラル」を2050年に「ネット・ゼロ・エミッション」を2065年までに達成するとの目標を発表。そして、タイが今年、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の議長国を務めることを受けて、タイが提唱するバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルを主要議題にすると表明した。こうした政治的なアピールの一方で、タイの電源構成の実態、そして長期的なエネルギー政策はどのようなものか。
タイの発電の電源構成は、2019年時点で天然ガスが約57.5%と圧倒的なシェアを占め、次いで石炭・リグナイト(褐炭)が17%、輸入(ラオス、マレーシア)が12%、代替エネルギーが10%、水力が3%、ディーゼル・燃料油が0.5%となっている(「タイ国経済概況2020/2021年版」バンコク日本人商工会議所)。
タイのエネルギー政策の根幹は長期の電源開発計画(PDP)で現在は2018~2037年の計画(PDP2018)が最新で、2020年に一部改定された。この時の改定では脱石炭、再生可能エネルギー重視の方向性が示されるとともに、民間発電事業者の比率を増加させる方針が示されたという。その具体的な改定内容は、再生可能エネルギーによる発電電力量を改定前に比べ1%増やす一方、石炭発電所の割合を1%削減することで、二酸化炭素(CO2)排出量を3%減らす計画になっている。またこのPDP2018は、冒頭で紹介したプラユット首相の新たな温室効果ガス削減目標の表明を受けて、再度改定作業中という。
タイのエネルギー政策はこのPDPに加え、エネルギー効率化計画(EEP)、代替・新エネルギー開発計画(AEDP)などで構成される国家エネルギー総合計画(TIEB)が基本の枠組みだ。TIEBの最新版については、Featureで紹介した「フューチャー・エナジー・アジア(FEA)」展示会でのプレムルタイ・エネルギー省副次官のスピーチでも言及されている。
2018年12月、PTTエクスプロレーション・アンド・プロダクション(PTTEP)は、エネルギー省がタイ湾の大型ガス田「エラワン」と「ボンコット」の権益期限切れに伴って同年9月に実施した入札で、傘下企業が両ガス田とも落札したと発表したことが大きな波紋を呼んだ。ボンコットの権益はPTTEPがもともと持っていたが、エラワンは米シェブロンと三井石油開発が権益を持ち、両社のチームはエラワンの新規契約時の入札にも応札していたにも関わらずPTTEPに奪われ、さまざまな思惑を誘った。ただ1981年から商業生産が始まりタイの経済発展を支えてきたタイ湾のガス田は枯渇が近づいているとされ、国内の天然ガス依存からの脱却に向け、タイ政府も液化天然ガス(LNG)輸入体制を強化している。世界的な地球温暖化対策で、タイも従来型の化石燃料にいずれ依存できなくなる見通しとなる中で、タイ国営石油会社(PTT)のアタポン最高経営責任者(CEO)は今回のFEAでの講演で、何度もLNG取引のハブにすると訴えた。
一方、東南アジア諸国連合(ASEAN)の中では太陽光など再生可能エネルギーの取り組みが早かったとされるタイで注目されているのが、2019年半ばごろから徐々に報道が増えてきた再生可能エネルギーを原料とするコミュニティー発電制度だ。「Energy for All(すべての人のためのエネルギー)」と名付けられたこの制度は2019年12月に基本承認され、スタートは予定より遅れたものの、地域コミュニティーが発電所を所有するスキームのため、農村など地方経済の活性化にもつながると期待されている。そしてその原料は農業廃棄物や成長の早いエネルギー作物などのバイオマスとバイオガスが中心だ。まさに農村・農業振興策でもある。
このコミュニティー発電制度は、PDP2018の改定版でも、「草の根経済のためのエネルギーに関する方針を追加で検討し、地域別に自立可能となるように電気設備を考慮」「コミュニティー発電所からの電力買い取りでは、Energy for All方針を支援する」などと明確に盛り込まれることになった。そして、カンクン・エンジニアリングやRATCHグループ、TPCパワー・ホールディング(TPCH)、アブソルート・クリーン・エナジー(ACE)などの発電大手が相次いでこのビジネスへの参入意向を表明した。もっともコミュニティー発電所は極めて小規模なため、タイ経済全体に与える影響は微々たるものだろう。
エネルギー省のワチャリン代替エネルギー開発・エネルギー保全局長は日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所とエネルギー省が2021年11月に開催した、カーボンニュートラル達成とBCG経済推進の国際ワークショップで、「今年の重要なエネルギー政策の一つがコミュニティー発電制度であり、バイオマス、バイオガスを発電に使う」などと説明。2021年の試験プロジェクトでは19県43カ所で展開され、BCGの重要な施策になると強調した。
タイの再生エネルギー発電の種別では2019年のデータで、バイオマスが太陽光、大規模水力を上回りトップだ。日本の再エネではバイオマスはごくマイナーな存在だ。タイはいかに農水産物が豊富で、電力・エネルギー分野でもこうした生物資源を生かした政策展開ができることを示唆している。そしてそれが、タイ政府が推奨するバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルの中核でもある。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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