ASEAN主要国の半導体産業戦略とタイの立ち位置

THAIBIZ No.163 2025年7月発行

THAIBIZ No.163 2025年7月発行“援助”から“共創”へ ODAが変えるタイビジネス

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    ASEAN主要国の半導体産業戦略とタイの立ち位置

    公開日 2025.07.09

    世界的に半導体産業は国家戦略の要となり、ASEAN各国も産業育成に力を注いでいる。中でもシンガポール、マレーシア、ベトナムといった主要国は政府主導で実績を上げてきた。それに比べると、タイの半導体産業には出遅れ感は否めない(図表1)。

    出所:Roland Berger作成

    本稿では、ASEAN主要国の半導体戦略・実績を概観し、それらと比較した際に浮き彫りになるタイの立ち位置を俯瞰する。その上で、次稿ではタイがこの遅れをどう挽回しうるかを論じたい。

    ASEAN主要国の半導体戦略と実績の概観

    シンガポール:東南アジア随一の半導体ハブであり、2023年には半導体製造セクターだけで約1,010億USDの産出を記録した。世界の半導体生産の10%以上、半導体製造装置の20%を占めるなど、グローバル供給網において不可欠な存在である。

    高度に統合されたエコシステムを有し、素材、製造装置、前工程、後工程までバリューチェーン全体をカバーしている。既にMicron、GlobalFoundries等が大規模ファブ(前工程)を展開している中、NXPと台湾VIS社が2027年稼働予定の新たなファブ工場に78億USDを投資する等、新規投資も相次ぐ。

    さらなる発展に向け、税制優遇・補助金に加え、安定したインフラと高度人材の質・量を背景に、大型投資の呼び込みに成功している。

    マレーシア:50年以上の電子産業蓄積を活かし、「東洋のシリコンバレー」と呼ばれるペナン州を中心に半導体後工程の一大拠点を築いている。2024年の半導体輸出額は約1,300億USDに達し、世界の半導体パッケージング・テストの約13%を担う。

    同国は世界半導体市場の約7%を占めるが、政府は2030年までにそのシェアを14%に倍増させるという高い目標を掲げ、2024年に「国家半導体戦略(NSS)」を発表した。今後10年で約53億USD規模の資金投入をコミットし、IC設計拠点、Wafer Fabパーク開発、先端パッケージ技術センター設立など、バリューチェーン川上強化と技術進化を含む多角的施策を進めている。

    Intelの70億USD新工場建設、Infineonの54億USD追加投資など巨額案件も続き、後工程中心からの飛躍に向け着々と歩みを進めている。

    ベトナム:後発ながら、後工程を中心に近年急速に台頭した新興プレーヤーである。政府は2024年に「半導体産業発展戦略」を通じて、2030年/2040年/2050年ビジョンを発表した。その中では、2030年までに「設計企業100社、小規模ファブ(前工程)1拠点、OSAT(後工程)10拠点」を整備して250億USD超の産業収入を得る、という明確な目標を打ち出した。

    実際、同国半導体市場規模は年間11%の成長率で、2027年までに約300億USD規模に達するという見立ても存在しており、急速成長が期待されている市場だ。政府はIntel、Onsemi、Hana Micron、Amkor等の海外大手の誘致にも成功しており、2030年までに半導体技術者5万人育成を目標に掲げ、海外からの人材育成支援も受けつつ、大学・企業連携による高度人材育成にも注力している。

    もっとも電力インフラの不安定さや人材供給不足といった課題も抱えるが、政府主導の戦略と旺盛な外国直接投資(FDI)誘致により半導体サプライチェーンの確立を加速させている。

    タイの半導体産業:出遅れた立ち位置

    このようにASEAN域内で、それぞれの国の戦略に基づく半導体産業の発展が進む中、タイもまたその波に乗り遅れまいと模索を始めている。タイは従来、電子機器組み立てや自動車産業で東南アジアの製造ハブとして君臨してきたものの、肝心の半導体分野では存在感が薄かった。

    実際、タイの半導体関連産業規模は2022年時点で24億USD程度に過ぎず、2030年まで年7.3%成長と予測されるものの依然小規模である。これはシンガポールやマレーシアのみならず、後発のベトナムと比しても見劣りする数字である。

    タイ企業ではHANA Microelectronics(OSATおよびEMS)など一部が健闘するものの、国内半導体産業の実態は 「小規模な組立・パッケージング中心」 であり、付加価値や規模の面でグローバル・バリューチェーン上の位置は限定的であった。政府による体系的な産業戦略の欠如、人材・技術基盤の脆弱さから、欧米先進国や近隣諸国に大きく水をあけられてきたのである。 

    しかし近年、そのタイにも変化の兆しが見え始めた。タイ政府は半導体分野での巻き返しを図るべく、2024年10月には「国家半導体・先進エレクトロニクス政策委員会(National Semiconductor Board:NSB)」を設立した。

    首相を議長とし、関係閣僚やタイ工業連盟代表らと連携しながら、半導体産業の将来目標・国家戦略を策定し、その実現に向けて動き出そうとしている(図表2)。

    出所:Roland Berger作成

    実際、2024年末には台湾Foxconn系のFoxsemiconがタイの東部経済回廊(EEC)に半導体製造装置部品工場を建設する案件(投資額105億バーツ=約3億USD)にBOI認可が下りる等、他国に比べ見劣りはするが、新たな動きが顕在化しつつある。

    このようにタイも国家半導体委員会設立や投資誘致といった第一歩を踏み出しつつある。一方で、この出遅れを今後どう挽回するのか。次稿ではタイが直面する課題と挽回に向けた打ち手の方向性について論じていく。

    Roland Berger Co., Ltd.
    Principal Head of Asia Japan Desk

    下村 健一 氏

    一橋大学卒業後、米国系コンサルティングファーム等を経て、現職。プリンシパル兼アジアジャパンデスク統括責任者として、アジア全域で消費財、小売・流通、自動車、商社、PEファンド等を中心にグローバル戦略、ポートフォリオ戦略、M&A、デジタライゼーション、事業再生等、幅広いテーマでのクライアント支援に従事している。
    [email protected]

    Roland Berger Co., Ltd.
    Senior Project Manager, Asia Japan Desk

    橋本 修平 氏

    京都大学大学院工学研究科卒業後、ITベンチャーを経て、ローランド・ベルガーに参画。その後、米系コンサルティングファームを経て復職。自動車・モビリティ、消費財・小売を中心とする幅広いクライアントにおいて、グローバル戦略、新規事業、アライアンス、DX等の戦略立案・実行に関するプロジェクト経験を多数有する。

    Roland Berger Co., Ltd.

    ローランド・ベルガーは戦略コンサルティング・ファームの中で唯一の欧州出自。
    □ 自動車、消費財、小売等の業界に強み
    □ 日系企業支援を専門とする「ジャパンデスク」も有
    □ アジア全域での戦略策定・実行支援をサポート

    17th Floor, Sathorn Square Office Tower, 98 North Sathorn Road, Silom,
    Bangrak, 10500 | Bangkok | Thailand

    Website : https://www.rolandberger.com/

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