

カテゴリー: ASEAN・中国・インド
公開日 2025.12.09
前編に引き続き、本稿では東南アジアのウェルネス市場を取り上げる。前編では5つの重要論点を挙げ、その中で「健康食品から運動志向へ」と進化する消費行動の変化を概観した。後編となる今回は、残りの4つの論点を整理し、そのうえで日本企業にとっての戦略的示唆を探る。


目次
1.パフォーマンスを求める運動志向(前編で解説済み)
2.文化・宗教的価値観との共生
3.健康と美の一体化
4.フードテックをとした拡大
5.予防医療・保険モデルとの連動
東南アジアでは、多民族・多宗教社会という特性がウェルネス消費のあり方を大きく左右している。信仰や伝統が日常生活に深く根付いており、健康食品やサプリメントの受容性は宗教的・文化的要素と不可分である(図表1)。


例えば、イスラム教徒が多数を占めるインドネシアやマレーシアでは、ハラル認証の有無が購買判断の決定要素だ。世界最大のハラル認証機関インドネシア・ウラマー評議会(MUI)の基準を満たすことは、製品信頼性の象徴でもある。多国籍企業のNestléやHerbalifeも現地市場向けにハラル対応を行い、ローカルのKalbe Farmaは医薬品大手としての信用を活かしてハラル栄養ドリンクを幅広く展開している。
一方、仏教徒が多いタイやミャンマーでは、植物由来やハーブ素材への嗜好が強く、CPグループはハーブ系栄養飲料を展開し若年層に支持を得ている。さらに、華人系が多いシンガポールやマレーシアでは、伝統中医学(TCM)の思想に基づく健康食品が根強い人気を誇り、老舗ブランドEu Yan Sangは漢方処方をモダンに再構築し、Eコマースを通じて都市部の富裕層を取り込んでいる。
欧米ではサプリメントが体調管理や予防医療の一環として位置づけられるが、東南アジアでは「健康」と「美」が強く結びつき、若さや美肌、スリム体型など外見的効果への期待が購買の主要動機となっている(図表2)。


タイでは日本製コラーゲンサプリが「美白」「透明感」を求める女性層に人気で、シンガポールやマレーシアではBlackmoresやSwisseなどオーストラリア系ブランドが美容系ビタミン市場をリードしている。男性層にも美容志向が拡大し、インドネシアのYouvitは「食べるビタミン」というグミ型サプリで若年層を取り込み、セルフケアの概念を広めている。
ソーシャルメディアの影響も無視できない。タイやベトナムではインフルエンサーが「ビフォー・アフター」画像を投稿し、視覚的な変化を通じて商品効果を訴求。フィリピンではBelo NutraceuticalsのようにSNSを中心にブランド構築を行う企業も増えている。こうした“美的成果の可視化”がウェルネス消費をさらに加速させており、今後も「健康=美」の構造が市場を支える基盤となるだろう。
フードテックは、東南アジアのウェルネス市場における新たな成長ドライバーとなっている。代表例は植物由来食品や培養肉といった代替タンパク質分野だ。シンガポールではEat Justが世界初の培養肉販売を開始し、地場スタートアップNext Gen Foods(TiNDLE)が植物性チキンを国際展開。タイではCPグループのMeat Zeroが植物由来食品を展開し、「健康」「環境配慮」「新しさ」を兼ね備えた選択肢として都市部の若者に受け入れられている。
加えて、「個別化栄養(パーソナライズド・ニュートリション)」の潮流も拡大中だ。シンガポールのHolmuskはデータ分析を活用して個人最適化された食事・栄養管理を行い、マレーシアやインドネシアでは遺伝子データや生活習慣情報をもとにサプリを定期配送するサービスが登場している。
また、シンガポール政府が推進する「Healthy 365」アプリのように、運動記録や歩数と健康食品購入を連動させるプログラムも広がりつつあり、デジタルと栄養管理を結びつけるエコシステムが形成されつつある。
ウェルネスが“社会的仕組み”として組み込まれ始めている点も注目に値する。シンガポールの「Healthier SG」プログラムでは、医療機関での栄養指導や生活習慣改善が健康食品利用と結びつき、クリニックでサプリを処方する例も増えている。
保険会社の取り組みも進んでおり、AIA(マレーシア)やPrudential(シンガポール)は健康アプリ連動型の「ヘルス・リワードプログラム」を導入。運動やヘルシーな購買行動を継続すると保険料が割引されるなど、健康行動が経済的インセンティブと結びついている。
また、インドネシアのHalodocのように、オンライン診療後に推奨サプリをEコマースで購入できる仕組みも登場し、医療と消費がシームレスにつながりつつある。こうした動きは、ウェルネスを「嗜好品」から「予防医療の一部」へと進化させているのだ。
以上のように東南アジアのウェルネス市場は、文化・宗教、美容、運動、テクノロジー、保険など多様な要素が交錯している。商品単体での競争は限界があり、今後はそれらを結びつけた「ウェルネスエコシステム」の構築が鍵となる。
生活者の多様な行動データを蓄積・分析しながら長期的な関与を生む仕組みを作ることが、ライフタイムバリュー(LTV)拡大の要である。単なる製品販売ではなく、“生活者の人生全体に寄り添う存在”としてブランドを位置づけることが、東南アジア市場での持続的成長を左右するだろう。


Roland Berger Co., Ltd.
Principal Head of Asia Japan Desk
下村 健一 氏
一橋大学卒業後、米国系コンサルティングファーム等を経て、現職。プリンシパル兼アジアジャパンデスク統括責任者として、アジア全域で消費財、小売・流通、自動車、商社、PEファンド等を中心にグローバル戦略、ポートフォリオ戦略、M&A、デジタライゼーション、事業再生等、幅広いテーマでのクライアント支援に従事している。
kenichi.shimomura@rolandberger.com


Roland Berger Co., Ltd.
Senior Project Manager, Asia Japan Desk
橋本 修平 氏
京都大学大学院工学研究科卒業後、ITベンチャーを経て、ローランド・ベルガーに参画。その後、米系コンサルティングファームを経て復職。自動車・モビリティ、消費財・小売を中心とする幅広いクライアントにおいて、グローバル戦略、新規事業、アライアンス、DX等の戦略立案・実行に関するプロジェクト経験を多数有する。
Roland Berger Co., Ltd.
ローランド・ベルガーは戦略コンサルティング・ファームの中で唯一の欧州出自。
□ 自動車、消費財、小売等の業界に強み
□ 日系企業支援を専門とする「ジャパンデスク」も有
□ アジア全域での戦略策定・実行支援をサポート
140 Wireless Building, 20th Floor, Unit C, 140 Wireless Road, Lumpini Subdistrict, Pathumwan District | Bangkok 10330 | Thailand
Website : https://www.rolandberger.com/





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