
カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
公開日 2026.03.10
THAIBIZ 2025年8月号では、タイ半導体産業は「後工程中心・小規模」であり、①戦略の具体化、②人材、③外資誘致がボトルネックと整理した。その打開に向けた動きが具体化しつつある。

2024年10月に国家半導体ボード(NSB)が設立され、2029年に向けて外国直接投資(FDI) 5,000億バーツ、熟練人材8万6,000人の目標が掲げられた。あわせてタイ投資委員会(BOI)を中心に国家戦略の策定が進み、今年1月にはNSBで国家戦略のドラフトがレビューの場に付された。
公知情報だが、筆者の所属するローランド・ベルガーはBOIの検討を支援した。本稿では、守秘義務の範囲で公開情報(BOI Semiconductor Strategy_Online Public Hearing)に基づき、国家戦略の骨格と実装上の要点を読み解く。なお、本稿が扱う国家半導体戦略は、公開ヒアリング時のドラフトに基づき、今後の政策決定と実装を通じて更新されうる点はご留意頂きたい。
資料が強調するのは、国家半導体戦略とは単なるスローガンではなく、「目標・優先領域・制度・実行計画」を束ねた「実行の設計図」であるという点である。ビジョンを掲げるだけでは投資は動かない。投資を現実に呼び込むための政策手段・実行体制を一体で設計することで、実現に向けて動き出す。
グローバルでは2021年以降、国家主導の半導体投資が加速し、ASEANでもマレーシアやベトナムがロードマップや基金の整備を進めた。タイはこの投資の波を巧く掴むことができなければ、次の波まで待つことになりかねない。そうした危機感が、本戦略の出発点にある。
資料において、2050年のビジョンは「統合された半導体エコシステムとローカルチャンピオンを備えた、先端技術の地域ハブ」と定義している。その実現に向けた戦略上の重点領域は、①後工程の強みの強化・拡張、②グローバル企業の誘致、③(グローバル企業の知見をに)ローカルチャンピオンの育成、④バリューチェーンの統合度を高める、の大きく4つだ。
これらを時間軸も含む展開ステップとして整理したのが図表1だ。現有資産である後工程(Back-end/OSAT)を起点に、段階的に上流へ食い込む道筋を描いている。

第1フェーズ(2026–2030年):既存優位の深耕と付加価値化である。従来型後工程の拡張・効率化を続けつつ、先端後工程と設計機能を取り込み、パワー/センサー領域で付加価値を高める。
第2フェーズ(2031–2040年):レガシーノード前工程(Front-end fab)とICデザインを段階的に拡張し、高付加価値シフトを本格化する。
第3フェーズ(2041–2050年):設計−製造−後工程−EMSをEnd-to-Endでつなぎ、バリューチェーン統合を強化するとともに、ローカルチャンピオンを核に独自IP創出へつなげることを狙う。
このように一足飛びに理想論を語るのではなく、現状を直視した上で現実的な足場から積み上げていく段階設計を志している点が特徴と言える。
戦略は、投資を呼び込むための「条件整備」を6本柱で整理している(図表2)。

税制の優遇だけでは投資は動かない。資金、人材、制度、インフラ、技術基盤までを一体で整え、投資判断の不確実性と摩擦を下げる、という発想である。柱立ては以下の通りである。
①財政インセンティブ:税制に加え、ソブリンファンドを財政基盤として補助金・助成を拡充する。
②人材育成:大学プログラムの拡充に加え、当面はアップスキル・リスキルで需給ギャップを埋める。
③事業ファシリテーション:ワンストップ化とビザ手続きの合理化等で、設立に至る障壁を下げる。
④規制・制度改革:輸出管理対応に加え、国内需要喚起やローカル企業育成の仕組みを組み合わせる。
⑤インフラ整備:工業団地、電力・水、グリーンユーティリティ、防災まで含め、立地の前提条件を底上げする。
⑥技術基盤強化:公的研究開発(R&D)施設の共同利用化、技術移転、IP保護の強化を進める。
「戦略の具体化が弱い」というこれまでの課題に対し、本検討を通じて「何を変えるか」を制度設計に落とし込み、ガバナンス(NSBと傘下の分科会体制等)と合わせて設計することで、実行性を担保しようとしている。
国家戦略が動く局面では、自社の「関与の型」(狙う領域×組む相手×提供価値×タイミング)を先に定めた企業が優位になりやすい。当面は後工程高度化と周辺領域(材料・装置・ガス等)の需要を取りにいくのが筋である。
レガシーノード前工程はグローバル企業の投資が中心となる見立てであり、日系企業は検討初期からBOI等と接点を持ち、投資家の不安(材料・装置・人材等)を下げる協力策を提示できる立ち位置が有効だ。
加えて、制度・ガバナンスへの関与自体が競争力になる。補助金・助成の要件、技術移転や人材育成の枠組みは、設計段階で産業側の具体を持ち込んだ企業ほど自社にとって実装しやすい。BOIやNSBとの議論に具体を持ち込み、制度設計に織り込むことが、結果として事業機会の拡張につながるだろう。

Roland Berger Co., Ltd.
Principal Head of Asia Japan Desk
下村 健一 氏
一橋大学卒業後、米国系コンサルティングファーム等を経て、現職。プリンシパル兼アジアジャパンデスク統括責任者として、アジア全域で消費財、小売・流通、自動車、商社、PEファンド等を中心にグローバル戦略、ポートフォリオ戦略、M&A、デジタライゼーション、事業再生等、幅広いテーマでのクライアント支援に従事している。
kenichi.shimomura@rolandberger.com

Roland Berger Co., Ltd.
Senior Project Manager, Asia Japan Desk
橋本 修平 氏
京都大学大学院工学研究科卒業後、ITベンチャーを経て、ローランド・ベルガーに参画。その後、米系コンサルティングファームを経て復職。自動車・モビリティ、消費財・小売を中心とする幅広いクライアントにおいて、グローバル戦略、新規事業、アライアンス、DX等の戦略立案・実行に関するプロジェクト経験を多数有する。
Roland Berger Co., Ltd.
ローランド・ベルガーは戦略コンサルティング・ファームの中で唯一の欧州出自。
□ 自動車、消費財、小売等の業界に強み
□ 日系企業支援を専門とする「ジャパンデスク」も有
□ アジア全域での戦略策定・実行支援をサポート
140 Wireless Building, 20th Floor, Unit C, 140 Wireless Road, Lumpini Subdistrict, Pathumwan District | Bangkok 10330 | Thailand
Website : https://www.rolandberger.com/

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