ArayZ No.133 2023年1月発行競争から協調・協働、そして価値共創へ
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カテゴリー: ビジネス・経済
公開日 2023.01.10
チュラロンコン大学サシン経営大学院創立40周年、タイ・ASEANの今がわかるビジネス・経済情報誌「ArayZ」創刊10周年を記念して、サシン経営大学院の藤岡資正日本センター所長とGDM (Thailand) Co., Ltd.代表取締役社長の高尾博紀が対談を行った。2022年12月号では、EV業界の未来や企業と顧客の「価値共創」について議論した。
今号では、日本企業はどう生き残りを図っていけばいいのか、そのヒントを探る。(ArayZ 2022年12月号からの続き)
GDM (Thailand) Co., Ltd. 代表取締役社長 高尾 博紀Takao Hiroki(左) 早稲田大学商学部卒業。2008年来タイ。1,200,000㎡を超えるタイ不動産取引実績を有し、企業の不動産取得支援を行っている。ホテル・オフィス用地や工場倉庫用地及びホテルやオフィス、商業施設などの事業用不動産売買に強みを持つ。「タイで最も土地取引を行う日本人」として、豊富な知見を生かし企業の投資に関するコンサルティングなども行う。 |
チュラロンコン大学サシン経営大学院日本センター所長 明治大学専門職大学院教授 藤岡 資正 Fujioka Takamasa(右) 英オックスフォード大学より経営哲学博士・経営学修士(会計学優等)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター兼MBA専攻長、ケロッグ経営大学院客員研究員などを経て現職。NUCBビジネススクール、早稲田ビジネススクール客員教授。神姫バス(株)社外取締役、アジア市場経済学会理事、富山文化財団監事などを兼任。 |
高尾 日本はここ最近「ワークライフバランス」や「働き方改革」などが叫ばれている一方、中国企業や台湾企業はエグゼクティブ自らが職場に泊まり込んででも、がむしゃらに事業を推進しているという現状があります。労働環境を考えながらライバルの競合企業を見なくてはならないし、ここでもう一度企業、個々のモチベーションをどう駆り立てていくべきなのか。この辺りについて、藤岡先生はどういうお考えをお持ちですか。
藤岡 日本企業は「ワークライフバランス」という言葉が出てきて、がむしゃらに頑張れば「ワークライフバランス」を注意され、「ワークライフバランス」を重視すればどんどん他国に追い抜かれる。スタックインミドルというのも変ですけど、その狭間にはまっている状態ですよね。戦略でもコストも追求して、差別化も追求し、両方とも実現できるっていうのがもちろん理想ですが、現実は難しい。部分部分で見ると皆さん正しいことを言っています。しかし、全体として機能しなければ結局「戦略」にはなりません。
戦略とは「何をしない」のかを決定すること。お客さんとの関係ひとつとっても、どういう人と仕事をしたいか。逆に言うと、どんな人とは仕事をしないのかを決定すること。何をする・しないを決めるのではなくて、「何をしないのかを明確にする」。そのことによって本当に大切にしないといけない従業員であったり、お客さんであったりというのが見えてくる。その決定の一貫性がないと、つまみ食いのような形で流行りのSDGsやCSRのようないろんなコンセプトが入ってくるからブレる。しかし、実際の組織の大きな意思決定っていうのは、全体的に誰もが納得する解を得ようとしてしまうと、結局何もしないことになってしまいますよね。
また、仕事を行う際、当事者意識を持って職務を任されるっていう感覚が中国の組織もタイの組織も早い時期から与えられていることが日系企業と大きく異なる点ではないでしょうか。私個人でもそうですが、サシン経営大学院日本センター所長としてオーナーシップを持って運営を行っています。
エグゼクティブダイレクター並びにMBA専攻長に就任した当初はまだ30歳くらいで「何か失敗したときはどうしたらいいんですか」という不安を上部に相談したこともあります。「責任は私たちが取るから大丈夫」という回答を期待して聞いたのですが、返ってきた答えは「次の候補者がいるから心配しなくていい」という少々ドライな回答でした。そこでもう猛烈にやるしかないと意を固め、業務に没頭していた時期もあります。
皆さん、全員そうだと思うんですが、勉強やスポーツに没頭したり、住み込んで仕事をしたりといった「猛烈」さがあった時期を経験されているのではないでしょうか。その時は考えたり計画したりする暇すらないんです。あの頃はまだ駆け出しで、もうやるしかない、オプションもないわけで、結果を出すしかないのです。だからここでできるだけやってみて無理なら仕方ない。やっぱり今の中国企業・台湾企業はそういう感覚と近いんじゃないのかな、と思いますね。
高尾 戦略は「何をしない」のかを決めることと言われましたが、企業・組織が肥大化したときに決定が難しくなることは明確だと思います。代わりに大企業から今後どんどん小規模化するというような傾向は出てくるのでしょうか?
藤岡 マトリックス組織、事業部制、カンパニー制など、いろいろな組織形態が語られてきましたが、小規模化を含め、どの組織形態が一番良いかという話ではなくて、それぞれの戦略に応じて組織の構造は変わるべきだというのが教科書的には適切です。それは、その時代のポピュラーな組織形態ではなく、本来の環境や顧客への対応として組織を変えるということです。最近は社内のコーポレートベンチャーをCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)でやってみるなどいろいろな方法がありますけども、やっぱり1つのやり方としては組織を分けていくこと。
高尾 分社化するということですか?
藤岡 分社化もそうですし、プロジェクトベースで立ち上げ、クローズしたり再統合したりする。分社化も含めてそういうことができるのが組織構造の前提です。しかし、日本企業の場合、「作ったものをつぶす」というのができないし、弱いし、遅いというのが研究でも裏付けされています。例えば、日系企業にグループに何社あるんですかと聞くとまれに200~300社あるかなという答えが返ってくる。各々の事業で収益を上げるという意味では適切かもしれませんが、その場合に会社のブランドで、グループとして経営する意味があるのかというと疑問点も多いです。
グループ経営としての本質を見失っている。結局は「当たり前のことを当たり前にする」ということに尽きると思います。
高尾 イノベーションのジレンマというところで、ソニーはV字回復できましたが、逆にできなかった会社との差は何でしょうか。客観的に見ればトレンドに乗ったというところがあるのかなと思ったのですが。
藤岡 それもあると思います。経営学を教える側がこういうことを言うと本末転倒になりますが、「やってみないとわからない」ことも多くあります。理論通りにやって理論通りにうまくいくのは2割ぐらいで、残りの8割は運とか縁とか「たまたま」だと思います。しかしながら、その2割をどう捉えるのか。経営とは意思決定の積み重ねです。その2割の確率を少しでも高めていくことに対して価値を認めるか認めないかだと思うんですね。ビジネススクールに来て、わざわざ高いお金を払って勉強に来る人たちはそこに対する価値を見いだしています。
「8割やってみないとわからない」というのはおそらくビジネスの本質で、例えば、「シナジーを生かして」ってよく言いますよね。M&Aもそうだし、スタートアップに向けていろいろ投資したりするのもそうですけども、シナジーが全くない事業に多角化する(非関連的多角化)、これが一番失敗する可能性が高くなります。一方で関連的多角化というのは成功の確率が高い。だから、シナジーをしっかり考えて、関連する事業に多角化する場合は多角化する。これは昔から経営で言われていることなんです。
高尾 ソニーと同じく、昔は成長著しかったGEも衰退しましたが、最近また一気に良くなりましたよね。その原因とはなんでしょうか。
藤岡 ソニーはBack to basicsというのが理由と言われることがあると思いますが、やはり基本に立ち返る。創業の理念あるいはビジョン、ミッションに立ち戻るということです。そこからずれたものに対しては整理をして、コミットメントをしていく。結局そこが経営の本質だと思います。
GEに限らず、成功の仕方っていうのは振り返ってみると共通項があります。しかし、共通項を抽出してみると、何も特別なことではないんです。トップのリーダーシップとか、顧客やサプライヤーとの良好な関係など。同様に、失敗の法則もある程度共通します。「失敗の中から学んでいく」ということです。人間は他人の過去の失敗からも学ぶことができる。これが人間と動物の違いだと思うんですね。
「失敗の資産化」ができる企業、もしくは「失敗の資産化」がしっかりできる仕組みを組織として持っているかどうか。僕はここに尽きるんじゃないかなと思います。失敗っていうのは予兆がいろんなとこにあると思います。それが揉み消されたり、ちゃんと上に上がってこなかったりとか。それは「失敗の資産化」を組織としてできていない。あるいはそれを阻害する様々な理由がある。
僕たちが小さな頃、成長するにあたり、やかんなどに触れて火傷など痛い思いを体験することで、次から熱いものに触ろうと思わないんですよね。それも学ぶからこそできること。でも大きな組織になると、同じような失敗が多方で起こる。起こった失敗をちゃんと組織の意思決定の機関に吸い上げる仕組みが組織の中に通っていないと失敗から学ぶことができないんです。だから気づいたときにはもう手遅れになっている。
高尾 ArayZは紙媒体でして、情報発信できる幅に制限があるのですが、この媒体で生まれた寄稿者同士のネットワークが、なんとなく形作られてきていると感じています。そこで2022年、ArayZに出稿されている専門家の方たちの集まりをリアルな場で開催しました。
藤岡 それはすごくいいことだと思いますね。
高尾 私たちがArayZを通して目指す次のビジョンは、読者同士のつながりや藤岡先生のような知見のある方との出会いなど、一定のリスペクトがある関係性を作れる媒体となることです。単純に情報を紙で出して読んで終わりではなく、そこに読者・寄稿者のネットワーク、実際の場で会える機会を作る。今回も実際にお会いして話し学ぶことで、考え方とか在り方とか、本を読むだけでは伝わらないことが伝わってきました。そこが私たちができる価値創造の1つなのかなと感じます。
本日はありがとうございました。
1982年設立。提供される学位の多くがケロッグ経営大学院とのジョイントディグリーである点が特徴的で、特にマーケティングとファイナンスの分野に強みを持っている。MBA、EMBA、HRM、HRMディプロマ、PhDなどの学位プログラムを有しており、正規生として毎年約700名が在籍している。
ArayZ No.133 2023年1月発行競争から協調・協働、そして価値共創へ
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チュラロンコン大学
サシン経営大学院日本センター所長
明治大学専門職大学院教授
藤岡 資正 氏
英オックスフォード大学より経営哲学博士・経営学修士(会計学優等)。チュラロンコン大学サシン経営大学院エグゼクティブ・ディレクター兼MBA専攻長、ケロッグ経営大学院客員研究員などを経て現職。NUCBビジネススクール、早稲田ビジネススクール客員教授。神姫バス(株)社外取締役、アジア市場経済学会会長、富山文化財団監事などを兼任。
チュラロンコン大学サシン経営大学院
1982年設立。提供される学位の多くがケロッグ経営大学院とのジョイントディグリーである点が特徴的で、特にマーケティングとファイナンスの分野に強みを持っている。MBA、EMBA、HRM、HRMディプロマ、PhDなどの学位プログラムを有しており、正規生として毎年約700名が在籍している。
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