カテゴリー: 対談・インタビュー, 特集, バイオ・BCG・農業
公開日 2025.05.09
目次
農業は長きにわたりタイ経済の基幹産業であり、国内向けに食料を供給するとともに、世界市場向けの輸出に大きく貢献してきた。しかし、今日のタイの農家は、この重要な産業を脅かす嵐のような課題に直面している。一方、良いニュースは、 タイ全土にイノベーションが根付き、従来の根深い問題に対する有望なソリューションが提供されつつあることだ。
オピニオン:LiB Consulting (Thailand) Co., Ltd.
オピニオンリーダー
LiB Consulting(Thailand) Co., Ltd.
Associate Partner ダーリン・ランジャコーンシリパン 氏
文部科学省の奨学金を受け日本に留学、東京大学理学部卒、同大学博士課程修了。数学オリンピック金メダルを取得。リブ・コンサルティング・タイランドでは、農業・食品関連企業を中心に中期経営計画構築やマーケティング支援など幅広い分野で収益向上支援をリードしている。
タイの農家は現在、農業の継続・発展を難しくしている3つの課題に直面している。本特集ですでに語られている点もあるが、改めて整理したい。
一つ目は、農業人口の減少である。農業人口は、2012年から2023年の間に毎年約2.5%の割合で急速に減少している(図4)。若い世代は都市部へと移住し、農村部では高齢化が進んでいる。 若い世代が農業を離れる主な理由は、単純に事業の不安定さにある。
農家は土地を借りたり、種や肥料、農薬を購入するために、前もって多額の資金を投入しなければならないが、将来的に収穫物がいくらで売れるか、または売れるかどうかさえもわからない不透明な状況にある。 このようなリスクの高い事業形態が農業人口の減少に大きな影響を与えている。
二つ目は、タイの農業は国際的な標準と比較して生産性が低いことである。この生産性の格差は、農業の機械化や技術の導入が限定的であること、また干ばつなどの気候変動の影響に対する脆弱性の増大に起因している。
三つ目は、市場価格の不透明さである。農産物の市場価格は予測不可能な需給関係や新興輸出国との競争の激化により、大きく変動している。そのため、固定投資コストはかかるが収入は予測不可能という状況に直面する農家にとって、まさに「嵐の中の航海」となっている。
上記課題を解決する策として、よりサステナブルな未来を示す革新的なソリューションが登場している。計画可能で非労働集約型農業を実現できたスマート農家も増えつつあり、農業に興味を持つ若者も増えている。農業技術の発展により、生産性の向上と利益安定化が期待できる。
農業機械レンタルサービス
同サービスは、近代的な農業機械、AgTech(アグリテック)の利用を一般化するものだ。高価な機械を一括購入する代わりに、農家は必要なものをレンタルできるようになったことで、金銭的負担を軽減しつつ、生産効率を劇的に改善できる。これにより、農家は多額の初期費用をかけずに近代的な技術を利用することができる。
ブランドの構築、価値の創造
タイの農家の一部は、独自のブランドを構築することが市場の変動に対する保護策になることに気づいている。ブランド化により、農家は自社製品を競合他社製品と差別化し、国際市場での価格変動の影響を受けにくくすることができる。
例えば、あるタイ企業は、GABAライスの品質と一貫性を向上させるために色彩選別機械に投資し、「Nong Lom Rice(ノンロムライス)」や「Khao Hang Thip(カオハーンティップ)」ブランドでGABAライスを販売している。このように品質とブランド構築に重点的に取り組むことで、製品の価格が上昇し、農家や地元コミュニティの収入増加に繋がっている。
タイの食品加工業者もまた、新たな課題に対応すべく進化を続けている。 加工業者は、農産物の付加価値を高め、農業バリューチェーン全体の価値向上を確保する上で重要な役割を担っている。
サプライチェーン管理の改善
予測不可能な農産物供給に対応するため、サトウキビおよびキャッサバ加工業者は、地理情報システム(GIS)などの先進技術を活用して、収穫量をより正確に予測しようとしている。 同技術は、加工業者が生産の計画と管理をより効果的に行うことをサポートすることで、供給の変動性を低減し、市場の需要に応える能力の向上に寄与する。
オートメーションとスマート工場
タイでは人件費が上昇しているため、食品加工業者はオートメーションとスマート工場モデルを導入し、業務効率を高め、人手に頼る割合を減らそうとしている。これらのテクノロジーは、加工業者の業務合理化、生産性向上、生産コスト削減に役立つ。
持続可能なサプライチェーン構築
さらに、タイの一部の食品加工業者は、SDGsに沿った基準を採用することで市場での差別化を図っている。最も広く認知され、世界的に受け入れられている基準のひとつが「Bonsucro(ボンシュクロ)」で、経済、社会、環境の各側面におけるサトウキビおよび砂糖生産の持続可能性を認証している。
タイのサトウキビ産業の多数のプレーヤーが同認証を取得しており、これにより競争の激しい市場で製品を差別化し、国際市場参入の際にプレミアム価格を設定できる。同認証は、企業のサステナビリティへの取り組みを具体的に証明するものであり、環境や社会に配慮した生産方法を求める世界的な消費者のニーズが高まる中、大きな競争優位性をもたらす。
タイ農業の新たな可能性として、農業廃棄物の再利用、価値ある製品への転換、新たなビジネスチャンスの創出が挙げられる。
農業廃棄物のエネルギー利用
各国がよりクリーンな代替エネルギーを求める中、農業廃棄物から作られる木質ペレットの需要が世界的に高まっている。再生可能エネルギー政策が強化されている欧州やアジアでの需要の高まりを背景に、タイの木質ペレット輸出は2017年から2024年にかけて年平均成長率22.9%の伸びをみせた。
もみ殻、サトウキビの搾りかす、パームカーネルシェル(パーム油生産過程で発生する副産物)などの豊富な資源を有するタイは、この活況を呈する市場において主要サプライヤーとなる可能性を秘めている。
環境にやさしいパッケージ
エネルギー利用に留まらず、農業廃棄物はサステナブルな製品へと姿を変えている。タイ企業であるCane-Xは、サトウキビの廃棄物を利用して環境にやさしい包装ソリューションを生み出している。タイのバイオプラスチック・バイオマテリアル製品輸出は2017年から2022年にかけて年平均成長率25%となっている。こうしたトレンドは、農業廃棄物に付加価値を与え、新しい製品を生み出すことに繋がる。サステナブルな代替品へのニーズを取り込むことにより、タイの企業が大きな機会を得られる可能性がある。
タイの農業は、決定的な転換期を迎えている。一次栽培から高度な加工、廃棄物の再利用に至るバリューチェーン全体に革新的なアプローチを採用することで既存の課題を克服し、より適応力があり、効率的で、採算の取れる産業へと変貌を遂げることができる。この進化の兆しはすでにタイ国内のさまざまな地域で現れており、タイの農業エコシステムが単なる存続を超え、真の繁栄と持続可能な成長を達成できる見通しを示している。
THAIBIZ編集部
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