公開日 2023.05.23
日タイ経済協力協会(JTECS)と泰日工業大学(TNI)は5月16日、国士舘大学政経学部経済学科教授で、今年3月末まで1年間TNIに派遣され、現在もTNIの客員教授も務める助川成也氏を講師に迎えたウェビナーを開催した。
今回の講演タイトルは「変わる日系企業の集積地・タイ~TNIの1年で感じた変化と危機感~」で、「新政権誕生。経済政策への影響は?」と「タイに生きる日本企業と変わる日本の経済的存在感、日系産業界とタイ社会との関係」の大きく2部構成だった。
助川氏はまず5月14日に行われたかタイ下院の総選挙結果を紹介した上で、7月下旬と予想されている首相指名投票で「カギを握るのは上院250議席と今回改選された下院500議席の合計の過半数(376議席)を取る首相候補が現れるか」であり、連立工作が焦点になると指摘。第1党の前進党と第2党のタイ貢献党との組み合わせ、それに第3党のタイ誇り党を加えても過半数に達しない一方、旧与党連合とタイ貢献党の連立の噂もあると解説した。
その上で、新政権はどのような課題に取り組むべきかについてまず、「タイの世帯所得と地域間格差」をテーマに取り上げ、特にタイの家計債務が急増していることを指摘。「コロナの時期である2021年の平均世帯債務残高が初めて20万バーツを超え、前回調査比では25.4%増で世帯収入(月)の7.52倍に上昇した。この債務残高の世帯収入倍率は特に東北部、北部で高く約10倍に達する」と報告。「今回、北部では前進党が票を伸ばしたので、仮に政権を取ったらこの問題解決を求められることになる」との認識を示した。
そして、助川氏は政権交代後にプラユット政権時の政策がどうなるかも関心事だとし、まず、クーデターの後に作られた2017年憲法に基づいて定められた国家戦略法と国家戦略計画(2018~2037年)ではタイは2037年までの先進国入りを目指していると説明。その上で、「タイランド4.0」とこの構想に資する施策・事業を地域限定で実施する東部経済回廊(EEC)計画に改めて言及した。一方、昨年11月にバンコクで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の共同宣言にも盛り込まれた「バイオ・循環型・グリーン(BCG)」経済モデルについては、「全世界で取り組んでいるテーマでもあるので、名前が変わることがあっても、このような環境に配慮した政策は続くのではないか」との見方を示した。
2017年に始まった「タイランド4.0」構想について助川氏は、先端技術とイノベーションを促進していくことで、少子高齢化問題、人材不足問題などを解消していくものだとした上で、「2022年までの6年間の累計で、12のターゲット産業への外国投資は件数では外国投資全体の約半分、金額では約73%のシェアを占めており、評価できる」と強調した。さらにEEC3県(チャチュンサオ、チョンブリ、ラヨン)の経済的位置づけでは、人口比で5.5%、GDP比で14.6%だが、タイの第2次産業におけるシェアは31.5%だと指摘。そして2018~2022年の5年間でEECへの外国投資をタイ投資委員会(BOI)の認可ベースでみると、3県への投資シェアは件数で37.7%、金額では56.8%に達していると報告した。
その上で、EEC政策が新政権移行後も継続されるかが注目点だとし、旧与党連合の国民国家の力党とタイ団結国家建設党は「EECの既存方針を継続する」方針だが、前進党は「EEC開発自体は維持するものの、EEC政策委員会の委員に3県出身者を登用するなど地元に根差した組織に改変する」と表明していると報告。また、タイ貢献党は「EECに変えて独自政策の新事業特区(NBZ)を推進する」など見直す方針だという。
一方、助川氏は講演の中で、タイ商務省が今年初めて公表した企業タイプ別の輸出(2022年)という新たなデータを紹介。それによると、100%タイ企業がタイの輸出金額に占める比率は25.6%だったのに対し、外資100%企業は41.2%と最多で、外資との合弁の3割強を含め、いわゆる外資系企業が輸出額の75%を担っており、輸出の外資依存の実態が明らかになったと報告。「タイはASEANの一員として、基本的には米国と中国の貿易戦争からは一歩引いて、中立政策を取っている」ものの、実際には日系企業を含め外資系企業が、米国による輸出規制という縛りを受けるのが本社だけなのか、在外子会社まで影響をするのかが関心事だと強調。「東南アジア各国は、政治的には中立が維持できるとしても、経済的にはこのような外資依存により、完全な中立は望めないのでは」との見方を示した。
そして日本の「経済的存在感」や日系産業界と「タイ社会との関係」における変化をテーマとした第2部ではまず、日本の「貿易立国」から「投資立国」への変化というトレンドを踏まえた上で、「日本企業の海外拠点の大半はアジア」だと強調。具体的には、経済産業省の調査結果を引用し、海外進出現地法人企業数では2020年時点で、タイのシェアは9.2%(製造業のみでは12%)で、中国本土、米国に次ぐ第3位であり、ASEANのシェアも28.8%(同32.8%)になると報告。さらに日系現地法人の経常利益の地域別シェア(2010~2020年累計)では、ASEANが22%、中国本土が18%で合計39%(製造業のみでは58%)に達することを明らかにした。
「さらにタイにおける日本の存在感」については「タイの外国直接投資の認可額は1985年からの累計で日本企業が4割を占めている。最近中国の存在感が高まっているが、2022年も何とか日本が上回り、第1位を維持している」と概観。さらに、「在タイ日系企業の雇用面での貢献」ではバンコク日本人商工会議所(JCC)と協力して推計、日系企業の雇用者数合計がタイ全体の雇用者数に占める比率は10.9%、製造業に限ると17.2%に達するとの分析を明らかにした。ただ、「雇用の絶対数では日本の貢献度はなかなかアピールしにくい時代になっており、単に雇用しているだけでなく、人材育成、産業高度化に貢献したかをアピールしていくべきだ」とアドバイスした。
助川氏はこのほか、TJRIニュースレターの4月11日付コラムでも紹介したISEAS-YUSOF ISHAK INSTITUTEによる毎年恒例のASEAN市民に対する世論調査の最新版「The State of Southeast Asia 2023 Survey Report」を引用、タイの自動車産業の現状と電気自動車(EV)政策、そして日タイ関係の歴史などを解説した。
また今回の講演の主催者でもある泰日工業大学について、学部卒業生の75%が就職するものの、日系企業は16.5%、日系取引企業が3.5%にとどまっており、その他8割がタイ企業その他に就職しており、「親日タイ人が日本とは無関係な企業に流出」している理由として、「設立から16年たち、日本人駐在員の大半はTNI設立の経緯や存在を知らない」ことや、「日系企業の採用に新卒回避、人材紹介会社経由の傾向がある」「日系企業では出世に限界がある」ことを挙げた。
また、「タイ人の若年層の外国語の嗜好」では大学受験における言語別の第2外国語受験者数で、2022年には中国語が34.8%と圧倒的なシェアとなる一方、日本語は2018年時点で15.0%と韓国語(9.6%)を上回っていたが、2022年には17.1%まで上昇したものの、急増した韓国語の17.5%を下回り、わずか4年で逆転されたと報告した(タイ大学学長評議会)。
さらに、国際交流基金のデータを引用し、タイの大学など高等教育機関における日本語の教員数、学習者数は2015年をピークに2021年までにそれぞれ2割減少したほか、日本語教育を行う機関数は2006年の99機関をピークに、2021年には74機関まで減少していることに危機感を示した。
TJRI編集部
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