カテゴリー: バイオ・BCG・農業, 協創・進出, ビジネス・経済
公開日 2024.01.29
プラユット前政権の時に新たな国家経済戦略として打ち出されたバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルは、セター政権に代わってから、やはりタイ政府関係者やメディアなどでの言及は減った印象だ。ただ、タイの真の強みは豊かなバイオ資源だと認識が深まる中で民間企業などでの新規プロジェクトでBCGモデルは着実に具体化されつつある。その代表例が、2016年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の実証事業として始まった東レなどによる「非可食バイオマス」を用いたセルロース糖製造技術の開発だ。2023年3月の実証事業終了後、同年8月から試験生産・販売も始まった。同事業を行うタイ東北部ウドンタニ郊外の東レ、DM三井製糖が出資する会社の工場を訪問し、最先端のバイオマス事業の設備を見学、事業の現状と展望について話を聞いた。
「東レは、サステナビリティービジョンを持ち、使用済みプラスチックをアップストリーム(上流)に戻してできるだけ何回も循環して使うというマテリアルリサイクル、さらに、原料、モノマーまで戻すケミカルリサイクルにも取り組んでいる。ただ、こうした循環をやっても廃棄されるものはゼロにはならない。二酸化炭素(CO2)を効率よく吸収するバイオマスを活用する技術を開発する必要があった」
東レ・グループ(タイランド)の副代表で、ウドンタニでバイオマス事業を手掛けるセルローシック・バイオマス・テクノロジー(CBT)の社長を務める木村将弘氏は昨年12月下旬、CBTのウドンタニ工場での取材で、東レのバイオマス事業の狙いをこう語った。そして、「コンセプトは水処理用で培った高性能分離膜を利用して高品質な糖を作る。さらにこの糖を変換してポリマー原料を作っていく」と説明。原料として、当面はタイの主要作物であるサトウキビの絞りかすである「バガス」と、キャッサバ芋の残さである「キャッサバパルプ」を利用。既にNEDOの実証事業を引き継ぐ形で余剰バガスを原料とするセルロース糖の試験生産を開始、昨年8月から試験販売を始めた。さらに、キャッサバパルプを原料とする非可食糖の生産設備も導入し、実証後に試験生産を開始する予定だ。
NEDOは2016年8月にタイ国家イノベーション庁(NIA)とバガスの有効利用に向けた実証事業に関する覚書を締結。その後、「余剰バガス原料からの省エネ型セルロース糖製造システム実証事業(2016~2022年度)」を東レと三井製糖(現DM三井製糖)、三井物産に委託し、三井物産傘下の旧クンパワピー・シュガーの工場(ウドンタニ)隣接地に2017年にCBTの実証プラントを建設。2018年8月から2022年12月まで運転、余剰バガスを原料に膜による濃縮で各種バイオ化学品の共通原料となる、食料として利用されない「非可食糖」を従来の蒸発濃縮法よりも50%以上省エネで製造するシステムの実証に成功した。同工場のバガス処理能力は年間3000トンで、同様の設備としては世界最大規模だという。
CBTの木村社長によると、東レは化石資源の使用低減、そして、「“バイオ化”を強い意志で進めていく」ため、昨年5月にCBTに約3億バーツ増資し、出資比率を84.4%まで引き上げた。タイでの事業展開について、サトウキビ、キャッサバの残さを中心とし、将来はコメやアブラヤシ(Palm)などの残さ活用にも取り組む方針だ。タイは農業資源が豊かであり、「キャッサバパルプの賦存量は130万トンとアセアン1位、バガスの賦存量は2000万トンと世界3位」で、これらは収集が容易であることからこの2つの主要商業作物から着手することにしたと説明。「将来的には世界のプラスチック需要量4億6000万トンの数10%ぐらいは非可食バイオマスからの原料で供給できるポテンシャルはある」との野心的な見通しを示している。
具体的な製造工程は、周辺の大手製糖工場から発生するバガスを買い取り、CBTの工場内で粉砕した後、前処理工程としてアルカリで主成分の構造を変化させ糖に変換しやすくする。その後、糖化槽内での糖化工程、そして固液分離装置で糖化液と固形残さに分離、糖化液は最終工程となる「メンブレン(高分子分離膜)」により不純物や酵素、また製品に分離する。この膜分離工程が東レのコア技術で、透過する分子の大きさごとに「MF膜」「UF膜」「NF膜」「RO膜」など多数あり、糖化液から、糖化酵素、オリゴ糖、セルロース糖などが分離されるという。
また、前処理工程の抽出液からポリフェノール(固形、精製)も生産される。ポリフェノールには消臭効果や抗酸化効果があり、飼料や食品用途に利用できる。また、オリゴ糖は飼料に、セルロース糖はバイオエタノールやモノマー原料になる。さらに、ポリエステルや、「ナイロン66」の原料になるアジピン酸など、繊維、樹脂、フィルムなどの各種ポリマーの原料を生成することも可能だ。
そして最近になって需要が急増しているのが、持続可能な航空燃料(SAF)だ。木村社長は、「SAFは、最初はターゲットではなかったが、世の中がそうした方向に変わってきたので、急ぎ供給の準備を進めている」と明かす。また、CBTのウドンタニ事務所長の松野竜也氏は、「SAFは、一般的には廃食油から製造しているが、廃食油は量が限られるし、集めるのが難しい。現在、さまざまな企業がSAF製造技術を開発しているところだ。糖を原料としてSAFにするプロセスもあるし、糖をエタノールにして、SAFに変換するプロセスもある」と説明する。
もともと製糖工場から出るバガスは工場のボイラー燃料や発電用として使われてきた。しかし、バガスはより高付加価値の化学製品の原料になることに東レは着目した。現在は主に畜産飼料に使われているキャッサバパルプも同様だ。そして、これら農業残さを糖化することで、資源の高付加価値化を推進している。従来の非可食糖の製造プロセスでは固体と液体分離後の糖液を蒸発濃縮する方法だったが、「糖濃度が低く、濃縮エネルギーが大きい」「発行阻害物が多く、品質が悪い」といった課題があった。このため東レは長年培ってきた「分離膜」を活用することで、濃縮エネルギーを大幅削減、発酵阻害物のない高品質の糖を精製することに成功した。さらに、膜利用により酵素を回収、糖化工程に再利用できるようになったという。
木村社長は「東レは海水の淡水化に夢を抱き、膜技術の開発を始めた。ケネディー元米大統領が海水から真水を作ったらどんな素晴らしいかとアピールしたが、その頃からわれわれは着目していた。今回、最後に固形物の濃度を引き上げる膜濃縮と不純物を膜分離する技術を東レ・CBTで開発できたことが大きかった」と語る。このウドンタニのプロジェクトは東レの膜技術が決め手になっていることを今回の現場取材で改めて確認できた。それは従来の蒸発濃縮による分離よりもエネルギー消費が少ないというのは理解しやすい話だろう。
ちょうど1月25日付の日本経済新聞は、東レが海水の淡水化に使う水処理膜の年間生産能力を2026年3月期までの3年間で3割高めるため、サウジアラビアと米国で水処理膜の組み立て工場を増設すると報じている。
東レのタイ・ウドンタニでの最先端バイオビジネスの挑戦について、幾つかポイントがあると感じた。1つは原料として「非可食バイオマス」を利用すること。2つ目は「分離膜」という強みのある独自技術で、製造工程での省エネを実現するという点だろう。さらに顧客からは当初、想定していなかったSAFへの需要が高まっていることが商業生産へのポテンシャルを高めている。
筆者のコラムで何度も取り上げているように、バイオ燃料などバイオ資源に関しては常に「食料との競合」の議論があり、東レのプロジェクトでも「非可食バイオマス」利用が強調されている。そしてSAFはバージン油はコストが高く原料に不適で、廃食油かバイオマス由来の燃料が有望だ。ただ、現在、SAFの主原料とされる廃食油の供給、そして収集に大きな困難さを抱えている。東レもそこに商機を見出したといえる。
ただ、米国やブラジル、そしてタイなどバイオマス資源が豊富な国ではバイオ燃料の原料に使用済みではない「バージン」の穀物を原料として利用することで、農家にとっての穀物需要先の拡大、飼料用・食用が供給過剰になった時のバッファーにもなっている。そして廃食油の場合は収集・輸送の際のエネルギーコスト、そしてこれまで大量生産、流通していなかった新たなバイオ作物の生産システムを構築するコストとそのエネルギー消費をどう考えるのか。これらを総合判断して、バージン油利用のほうが脱炭素化でもメリットが大きくなる場合を考慮するなど、柔軟な対応を検討しても良いのではと感じた。
(増田篤)
TJRI編集部
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