タイの財閥企業といかにつきあうか ~ファミリービジネスの実像~

タイの財閥企業といかにつきあうか ~ファミリービジネスの実像~

公開日 2023.06.20

今月に入り、タイの財閥企業、そしてファミリービジネスに関するセミナーが相次いで行われた。1つは、日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所とチュラロンコン大学・サシン経営大学院日本センターが8日に開催した「日タイのファミリービジネスの展望~タイのファミリービジネスと日本企業の連携の可能性」というタイトルのセミナー。もう一つは、PERSONNEL CONSULTANT MANPOWER (THAILAND)がAsean Japan Consultingの阿部俊之代表を講師に迎えて14日に開催した「タイの上場企業と財閥の入門セミナー」だ。タイ在住が長い日本人なら、タイのトップ企業の大半が華人系の財閥であることをある程度知っているが、タイの財閥企業、ファミリービジネスはどのようなものかを再確認しておきたい。

フォーブスのタイ長者番付

改めてタイの大手財閥にはどのような企業があるか、有名な米経済誌フォーブスのタイ長者番付で改めて見ておこう。同誌が2022年7月7日に発表した最新版のランキングは以下の通りだ。

(1)チアラワノン兄弟(CPグループ):資産265億ドル

(2)チャルーム・ユーウィッタヤー家(TCPグループ=栄養ドリンク「レッドブル」):264億ドル

(3)ジャルーン・シリワタナパクディー(TCCグループ=「チャーン」ビール):112億ドル

(4)サラット・ラッタナワディー(ガルフ・エナジー):110億ドル

(5)チラティワット家(セントラル・グループ):106億ドル

(6)ソムポート・アフナイ(エナジー・アブソリュート):39億ドル

(7)プラスート・プラサートトーンオソト(BDMS):31億ドル

(8)ワーニット・チャイワン(タイ・ライフ・インシュアランス):30億ドル

(9)プラチャック・タンカラワクン家(塗料大手TOA):28億ドル

(10)オサタヌクロ家(オソトサパ=栄養ドリンク「M-150」):27億ドル

ちなみに、このランキングのうち、6位のEAと7位のBDMS以外の創業家のほとんどは華人系とされる。

タイの富裕層の東南アジアでのランクは

このコラムで何度か、タイが中所得国から脱却できない理由の1つには貧富の格差の是正ができないこともあるのではと指摘してきた。東南アジアの中では、既に先進国であるシンガポールを除けば、マレーシアに次いで先進国入りが近いとされるタイだが、その富裕層の人数はどうなのか。

Asean Japan Consultingの阿部代表は14日のセミナーで東南アジアの超富裕層の人数を調べた英系不動産仲介会社ナイト・フランクの調査結果(2022年)を紹介。それによると、東南アジア各国で保有資産額が100万ドル以上の富裕層として分類されているHNWI(Hi-Net-Worth-Individual)は、シンガポールが57万0548人で断トツのトップだ。2位はタイで、10万4790人、以下、マレーシア(8万5126人)、ベトナム(6万9994人)、インドネシア(3万6742人)、フィリピン(2万0632人)と続く。

さらに、保有資産額が3000万ドル以上の超富裕層であるUHNWI(Ultra-Hi-Net-Worth-Individual)の人数は、シンガポールが4498人でやはりトップだが、2位は1059人のベトナムで、タイは888人で3位に甘んじている。タイに住んで感じる、「タイは東南アジアで次に先進国入りを目指すトップランナー」というイメージはそれほど明確ではなく、東南アジアの主要国ではすでに富裕層の比率や所得格差はどの国も似たような水準になっているのかもしれない。

長期的業績はファミリービジネスに強み

「タイをはじめとして東南アジアには多くのファミリービジネスがあるが、その多くはルーツが中国だ。もともと1920年代後半にタイの人口の12%が中国から来た。当時は非常に貧しかったが、一生懸命働いた。タイで影響力があるファミリーグループは200~300社ほど存在しているが、そのうち90%以上が中華系で、残りが王室系などだ。これらファミリービジネスの売上高合計はタイの国内総生産(GDP)の約6割に相当する」

サシン経営大学院日本センターの藤岡資正ディレクター(明治大学ビジネススクール教授)は8日に行われた講演で、タイのファミリービジネスの特徴の1つをこう説明。さらに、1970年代後半から約30年間でCPグループの規模は105倍になるなど、トヨタや京セラなど日本を代表する優良企業と比較してもタイのファミリービジネスは急成長しているとした。

藤岡教授は、そもそもファミリービジネスとは何かについて、「①ファミリーが所有し、経営も行う②所有はファミリー、経営は専門業者③ファミリーが経営するが、所有はファミリー以外」という大きく三つに分かれると解説。「経営学の世界でも1980年代ぐらいまでは遅れた経営、ガバナンスの形態と見なされてきた。所有と経営の分離が近代的経営とされてきた」とした上で、特に北米ではファミリービジネスの存在が長期的な経済の停滞の一因になったとの議論もされてきたという。

しかし、実際にはファミリービジネスの方が、ノンファミリービジネスより、長期的な業績が良いことが分かってきたという。特に「景気がいい時はノンファミリービジネスの方が業績は良いが、景気が悪くなった時に業績の浮き沈みが小さいのがファミリービジネスの特徴だ」と指摘。その理由について、「ファミリービジネスは一定期間の利益の極大化ではなく、より長期的に事業の承継・存続を第1義的に考えているからだ」とする。

またファミリービジネスが世界経済に与えるインパクトについては、「GDPでは世界全体で7~9割、タイでは8割、米国では64%。上場企業数に占めるファミリービジネスの比率は日本が53%、タイは75%、米国は21%と低い」などのデータを示し、特にファミリービジネスが占める割合は、米国より日本とタイの方が非常に高いと強調。「ファミリービジネスが時代遅れの産物、経済的な停滞の要因と見なすべきではない」と明言する。

ファミリービジネスは「駅伝」

一方、ファミリービジネスの課題について藤岡教授は、「第1世代が経営をしている時はそれほど大きな問題は起きない。企業が大きくなってくると、経済と企業の成長のスピードに人材育成が間に合わない。情報技術革新も非常に速い。ファイナンスの問題も出てくる。そして何より大切なのはサクセション、事業承継のプランをどうやって立てていくのかが大きな課題になる」と強調。起業したころは所有と経営とファミリーが一体化しているが、企業が大きくなっていくとこれらが分かれてきて、課題も変わってくるとの認識を示す。

そして、日本では「3代目でつぶれる」という言葉があるが、世界中で同じような表現があるとし、「4世代まで続くファミリービジネスは全体の3%しかない」という興味深いデータも報告する。そういえば筆者の父方の家系の話を思い出した。私の6代前の先祖が千葉県から現在の江東区に出てきて、醤油問屋で成功して一代で富を築いたが、3代目がやはり放蕩息子で没落、私の祖父の代からは文京区の小さな長屋暮らしとなったと聞いていた。そして、父も苦学を余儀なくされた。

藤岡教授は「結局、ファミリービジネスとは駅伝のようなもの。区間賞を取るのが大切なのではなく、タスキをつないでいくことが最も重要だ。次の世代にタスキをつなぐということは次の世代に事業を手放すということで、なかなか難しい。ファミリービジネスの43%は後継者の計画を体系的な形で示していない。事業承継は生涯に1、2回のことなので上達は難しい。他の家族の失敗や歴史に学んだり、体系的に学んだりしていくことも非常に重要だ」とアドバイスしている。

タイのファミリーとの信頼関係確立を

8日のセミナーではバンコク銀行の小澤仁執行副頭取も「タイのファミリービジネス企業と日本企業の付き合い方」というタイトルで講演した。小澤氏はまず、東海銀行(現三菱UFJ銀行)入行後の1980年代の米国ロサンゼルス駐在時代や、アジア通貨危機直後の1998年に同行バンコク支店長としてタイに赴任して以後の自らの経歴と経験を紹介。「1997年7月のアジア通貨危機によりタイは大きく変貌」した後、2000年3月の外国人事業法の施行で、従来50%未満に制限されていた外国資本がマジョリティーを取れるようになり、管理会計を入れ、従業員に報いる人事制度ができるようになったことで、「日系企業は完全に生き返った」と指摘。さらに儲け頭が東南アジア、特にタイに変わってきた」と在タイ日系企業の歩みを概観した。

そして現在の状況について日本企業の間でタイのパートナー外しの動きがあると指摘する。その背景には日本企業にとってタイ事業はあくまで一部門であり、独立体として認めていないという日本の本社の姿勢があることを問題視。「儲け頭のタイの収益を最大化したい」という本社のプレッシャーを受けたタイ駐在の責任者は、「タイのパートナーは収益に貢献せず、おカネだけ持っていってしまう」という不満を募らせるようになり、パートナーに頼らずにも自分たちでできると思うようになってきているという。

一方で、タイのパートナー側も「日本人」担当者が頻繁に代わって、意思疎通してくれない。情報も全然くれない。何かあった場合でも意思決定が遅い」という本音があり、双方が考えていることにすれ違いがあるなどコミュニケーション問題が生じているという。このため、小澤氏は日本企業もタイ社会の理解が必要だと改めて強調。具体的には、会社の肩書に依存した人間関係でなく個人同士の関係を築くことや、タイ社会にある上下関係への配慮の必要性を訴えた。さらに、パートナーと個人的な食事をしているか、ファミリーにとって一番重要な息子、次世代の人の面倒を見ているか、ファミリーにとって得になることを提示しているかなどが課題であり、改めてパートナーとの信頼関係を確立しなければ、「日系企業が排除される可能性も出てきている」と警告した。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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