カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.09.06
バンコク日本人商工会議所(JCC)が毎年2回発表している日系企業景気動向調査に、「今後の有望市場」と聞く設問がある。8月30日に発表した2022年上期の報告では「ベトナム」が47%とトップだ。タイに拠点を置くJCC会員企業(回答企業数548社)の半数近くがベトナムに期待しているわけだが、これは製造・販売拠点をベトナムにも拡大、あるいはタイからベトナムに移す可能性があることも示唆している。ちなみに同調査は過去、インドネシアやインドがトップになったこともあるが、2018年下期以後はベトナムがずっと1位だ。
2018年春に初めて東南アジア、タイに駐在して以来、観光を含めベトナムを訪問したことは実は1度もない。仕事的にはカンボジア、ミャンマー、ラオスが優先だったこともある。ベトナムにはいずれ行くことになるだろうと思っていたが、新型コロナウイルス流行で行けなくなった。このためベトナムに関するジャーナリストとしての皮膚感覚はまだない。今回は、最近開催された東南アジアの電気自動車(EV)市場に関するウェビナーの一部を紹介するとともに、ベトナムへの企業の進出動向などをタイとの比較を中心にまとめてみた。
「ベトナムのEV市場は政府の政策と国内メーカーであるビンファストにけん引されている。(ベトナムの最大手コングロマリットの)ビングループは2017年に自動車市場に参入し、すでに5~10%のシェアを取っている。さらに、内燃機関(ICE)車をやめ、EVにフォーカスすると発表している」
タイなど東南アジアを中心に日本、米国、欧州にも拠点を持つコンサルティング会社Kadenceが8月23日に開催した「東南アジア発:EV市場の現状」と題するウェビナーでKadence International (Vietnam)の黒川賢吾社長はベトナムのEV市場の現状についてこう概観。また、「ベトナムの自動車販売台数は年間40万台と市場はまだ小さい。モーターバイク(二輪車)が中心で、販売台数は自動車の6倍もある」と説明した。ただ初の国産メーカーとなったビンファストの参入のインパクトは大きく、同社が「米国、カナダ、欧州というグローバルマーケットと国内市場の両方を見ている」という戦略にも注目すべきだとの認識も示した。
約4年前にタイに赴任した際、バンコクの渋滞のひどさは聞きしに勝ると感じたが、それ以上にバイクの無法ぶりには驚いた。そんなことをコラムに書いたら、それを読んだ元ハノイ特派員のデスクは「ベトナムの方がもっとひどいぞ」とコメントをくれた。ベトナム旅行、あるいは駐在経験のある人は皆、バイクの洪水と無法ぶりはタイを上回っていると感じるようだ。そして、タイには真の国産メーカーはないが、ベトナムでは最大手企業のビングループが自動車生産に参入し、一気にEVシフトし、米国など海外展開にも着手していることに強い興味を覚える。
アジア開発銀行(ADB)は今年7月21日に発表した2022年のアジア太平洋46カ国・地域(日本など除く)の成長率見通しの中で、ベトナムの国内総生産(GDP)伸び率予想を6.5%に据え置いた。東南アジア全体が5.0%で、インドネシア5.2%、フィリピン6.5%、マレーシア5.8%、シンガポール3.9%、タイ2.9%だったことからも、東南アジアではベトナムが最も高い成長率を維持する一方、タイが最も低いことが改めて分かる。
みずほ銀行グループが今年6月にまとめたベトナム投資環境に関するリポートでは、ベトナムの経済発展上の強みとして、「相対的に賃金水準が低いにもかかわらず、人的資本の面ではマレーシアやタイを上回ると世界銀行が評価」「直接投資の自由化度合いは韓国、オーストラリアといった先進国を上回る」などを挙げている。一方で、「生産年齢人口の増加率はフィリピンやインドネシアなどと比べると、かなり低水準にとどまる見通し」「インフラ整備では周辺国に後れを取っている」などが課題であり、「輸出依存度が80%と極めて高く、海外初のショックに対しては脆弱な構造」なことがリスクだと分析している。
日系企業のベトナム進出動向では、ハノイのベトナム日本商工会議所(JCCI)、ホーチミン日本商工会議所(JCCH)、ダナン日本商工会議所(JCCID)の3団体合計の会員数は2020年で1985社だった。一方、バンコク日本人商工会議所(JCC)の会員数は2019年の1772社から減少に転じ、2022年4月1日時点で1651社だ。ただこれらはあくまで商工会議所の会員数であり、日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所の調査では、2021年3月時点で確認されたタイ進出日系企業数は5856社だ。
ジェトロが昨年12月に発表した2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)によると、今後1~2年の事業展開の方向性について「拡大」と回答した企業の割合はベトナムが55.3%だったのに対し、タイは40.4%にとどまった。域内平均は43.6%で、ベトナムを上回ったのはインド、バングラデシュ、パキスタンの3カ国のみだ。この調査で興味深いのはCLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)のデータで、カンボジアの拡大が48.9%と高い一方で、ラオスは拡大が37.0%で、「縮小」が3.7%と平均(4.5%)を下回ったものの、「第3国への移転、撤退」が7.4%と調査対象国中、最も高い比率だった。ミャンマーは当然、拡大は13.5%と最も低く、縮小は27.5%と最も高いが、第3国への移転、撤退は6.7%とラオスを下回っている。
また経営上の問題の国別データ(複数回答可)では、タイの2021年は従業員の賃金上昇が55.2%(2020年は51.7%)と最も多く、ベトナムも従業員の賃金上昇がトップで、比率は前年の65.8%から一気に73.4%まで上昇している。一般に、タイは経済成長に伴う賃金上昇で、ベトナムに対する競争力を失っているとされるが、ベトナムの賃金上昇ペースが今後、大きな注目点となる。
タイの工業団地・物流大手WHAグループとのジャリーポーン会長兼最高経営責任者(CEO)はTJRIとのインタビューで、中国企業が「チャイナ・プラスワン」の流れで東南アジアに投資拠点を移し始めているとした上で、「あるパートナー企業は、中国が投資拠点の移転先として最も適していると考えているのはベトナム、インドネシア、タイの3カ国で、タイはインフラが充実し、物流拠点として適していると評価していた」と述べた。
その上で、WHAの海外投資計画では従来、ラオスの水力発電所やインドネシアでの物流事業に投資してきたが、過去3~4年はベトナムに軸足を移し、2018年から現地投資を開始するなど事業展開を進めていることを明らかにした。そして、ベトナムに対するタイの優位性について「熟練労働者、インフラ、テクノロジーの発展度合いを考慮すべきだ。タイの投資魅力は安い賃金ではなく、技術やインフラがあり、特にエレクトロニクス企業や自動車メーカーが集まる国になるということだ」と述べている。これらのコメントが東南アジアの製造拠点の現在地を明確に物語っているのだろう。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
ネットゼロに向け気候変動法と炭素税の導入が果たす役割 ~タイ温室効果ガス管理機構(TGO)副事務局長インタビュー~
対談・インタビュー ー 2024.10.07
タイの気候変動対策の現在地 ~炭素税導入間近、再エネシフトの行方は~
カーボンニュートラル ー 2024.10.07
デュシタニとサイアムモーター、日本のプレミアム食品
ニュース ー 2024.10.07
ジェトロ・バンコク事務所が70周年記念フォーラム開催
ニュース ー 2024.09.30
タイから日本食文化を世界へ広める 〜 ヤマモリトレーディング長縄光和社長インタビュー
対談・インタビュー ー 2024.09.30
「生成AI」は社会をどう変えるのか ~人間にしかできないこととは~
ビジネス・経済 ー 2024.09.30
SHARE