タイに広がる“ゼロバーツ工場” 中国資本の影と地元経済への影響

THAIBIZ No.162 2025年6月発行

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    タイに広がる“ゼロバーツ工場” 中国資本の影と地元経済への影響

    公開日 2025.06.10

    近年、タイ東部を中心に「ゼロバーツ工場」という言葉が使われ始めている。

    直訳すると「一銭も落とさない工場」。中国資本による製造業投資の急増と、それに反した地元経済への恩恵の乏しさを象徴している。

    タイに広がる“ゼロバーツ工場” 中国資本の影と地元経済への影響

    中国資本の流入とタイ製造業の構造変化

    タイ投資委員会(BOI)によると、中国の製造業分野への外国直接投資(FDI)は2017〜2023年で約6倍となり、投資額は55億4,700万バーツから384億バーツに増加。米中貿易摩擦以降、中国企業がタイを「チャイナプラスワン」として注目する傾向が明確になっている。

    なかでも東部経済回廊(EEC)への進出が顕著で、2022年にはラヨーン県だけで中国資本の工場が170件以上設立され、2024年にはプラーチーンブリー県で30件以上、チョンブリー県では200件以上の工場が新たに確認されている。

    恩恵が限定される工場運営

    本来、工場建設は雇用創出や地場産業の活性化など、地域経済に好影響をもたらすはずである。しかし、現場の声は異なる。設計・施工から労働力確保、物流まですべてを中国企業内で完結させるケースが多く、タイ人従業員が1割未満にとどまる例もある。多くの工場では、中国人労働者が合法か否かに関わらず就労しており、BOI規制の形骸化が問題視されている。

    地域社会に広がる分断と沈黙

    工業団地周辺では中国語表記のレストランやカラオケ施設、雑貨店などが密集し、中国人居住者だけをターゲットにした経済圏が形成されつつある。中にはタイ人を事実上排除するような営業方針の店舗もあり、決済には中国系アプリが使われるなど、タイにお金が落ちない仕組みになっている。チョンブリー県では非合法に働く中国人労働者が1万人を超えるとの推計もある。

    地元では当初、雇用や経済活性化への期待があったが、実際にタイ人に回ってくる仕事は警備などに限られ、生活インフラまで中国系で完結している状況に「ここは本当に自分たちの街なのか」といった不安の声も上がる。加えて、労働者向け住宅が増えたことにより、地域の住環境も急速に変化している。

    さらに労働現場では賃金未払い、労災補償の拒否、長時間労働の強要などが相次いでおり、これらを告発した労働者に対して中国企業が名誉毀損で訴訟を起こす「SLAPP訴訟」も発生。サブコントラクターを通じた非正規雇用も多く、責任の所在が不透明なまま、労働者が声を上げにくい構造が常態化している。

    工場進出の裏にある「見えない圧力」

    また、工業団地のキャパシティが限界に達したことで、地域住民の生活圏近くにまで中国資本が進出し始めている。一部では環境アセスメントや住民説明を経ずに建設が進み、行政との癒着も指摘されている。資材の仕様確認だけを行い、調達はすべて中国国内で完結させる例もあり、タイ企業への発注機会も失われている。

    日本企業の誠実さが再評価される好機

    タイが今後も外国資本の投資先として選ばれるためには、外資誘致と地元経済の共存というバランスをどう設計し実行していくかが問われている。「ゼロバーツ工場」問題は単なる外国人嫌悪ではなく、タイ経済の持続性を左右する国家的課題である。

    一方日本企業は、単なる製造拠点としてではなく、雇用や教育を通じて長期的なパートナーとしてタイと共生してきており、その姿勢は地域社会にも高く評価されている。

    中国資本の課題が明るみに出る今こそ、日本企業の誠実さと持続的な関係構築への姿勢をより広く伝える絶好のタイミングと言えるだろう。持続可能で互恵的な関係を築いてきた日本企業の姿を、より積極的に可視化し、タイ社会との信頼を一層深めていくべきである。

    Mediator Co., Ltd.
    Chief Executive Officer

    ガンタトーン・ワンナワス

    在日経験通算10年。埼玉大学工学部卒業後、在京タイ王国大使館工業部へ入館。タイ帰国後の2009年にMediatorを設立。政府機関や日系企業などのプロジェクトを多数手掛けるほか、在タイ日系企業の日本人・タイ人向けに異文化をテーマとしたセミナーを実施(延べ12,000人以上)。2021年6月にタイ日プラットフォームTJRIを立ち上げた。

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