変化の時代、日本企業に求められるASEANビジネス戦略 2017

変化の時代、日本企業に求められるASEANビジネス戦略 2017

公開日 2016.12.22

対タイ投資が伸び悩む理由

タイ政府が進めるスーパークラスター政策も国境地域に各産業クラスターを形成していくという意味では理にかなっていますが、現状のままでは不十分だと思います。今後、国外の投資家にその取り組みと、メコン地域での事業展開の可能性と潜在性を伝えていくことが重要になります。
また、タイが今後直面するリスクに対する取り組みの進捗状況を含めて、しっかりとコミュニケーションを図らなくてはなりません。これまでは周辺国よりもインフラが整っていたこと、労働人口が豊富だったことに加え、国の政策が日本企業などからの投資を促し、海外直接投資を受け入れてきたことで発展してきましたが、今後これらの優位性を持つのはタイではなく周辺国となることは明らかです。

こうした中、タイ政府は今までタイで「モノづくり」を行い、タイ経済の発展に貢献してきた企業や人々に対して今後、どのように向き合っていくのかということも考えていかなければなりません。
ステップアップを目指す中で、これらの企業や人々をどのように、どの程度の時間軸で次の経済モデルへ適応させていくのか、いかなるかたちで共存させていくのか。この選択と対応の在り方が、シンガポールなどと差別化していくポイントになると思います。これからのタイが国として目指す長期的なビジョンや成長・発展モデルを一層外に向かって発信していくことが、新BOI政策の投資呼び込みには必要なのではないでしょうか。

大手製造業による対タイ大規模生産設備への投資は一段落した感があり、新BOI政策に移ってからは中小企業やサービス業などを中心とした小規模投資が増加しています。タイ政府はR&D施設の呼び込みを積極的に行っており、自動車産業では少しずつ出てきていますが、産業全体でR&D分野への投資が増えるかというと、知的財産権などの法整備はもとより技術者、研究者、専門家などの不足などもありさらなる努力が必要となるでしょう。

中所得国から先進国への移行が難しいのは、法整備にしても人材育成にしても、ただ高度化すれば良いというわけではなく、今までタイを支えてきた産業や国民を高いところと低いところの両方から見て、一緒に引き上げていかなければならないからです。発展途上国から中所得国への移行は、多少の歪を許容しながら成長を目指して進んでいきますが、先進国への移行は過去の成長の延長線上にあるものではなく、それとは異なった次元に発展をしていかなくてはなりません。オタマジャクシがカエルになるように、生き残るために変革を遂げなくてはならないのです。馬車をいくらつなげても機関車にはなりません。前者が成長モデルで、馬車から機関車への移行がイノベーションです。

主要産業の動向を見ていくと、経済成長の鈍化などにより、自動車産業を中心とする製造業や食品産業は引き続き緩やかな成長が見込まれますが、金融業やテレコニケーション分野は堅調に成長が見込まれると言われています。今後進出してくる日系企業にとっては、中所得・新興国が抱えている問題・課題に対して、自社でどのようなソリューションを提供できるのかという「ソリューション提供型」のビジネスモデル構築が大切になります。

どんなに品質が良く技術的に優れた商品でも、現地の人たちに受け入れられなければ意味がありません。今までの本国主義と言いますか、日本側に正しいモノづくりの答えがある状況で、日本の本社が意思決定を下し、現地法人がそれに従うという日本型生産システムの輸出モデルとしてのアジア戦略ではなく、日本の強みを活用しながらも、現地での市場開拓という日本側には正しい答えがない中で、現地での試行錯誤を通じて、現地の方々と共に価値を創出していく、「価値共創」の視点が益々大切になってくるのだと思います。

一次産業従事者を活用するモデル

タイの国土は4割が農地で、労働人口の約4割以上が農業などの一次産業従事者です。この大きな層の高度化を推進していくには、日本を含む先進諸国から学ぶだけでなく、新たな東南アジア・新興国モデルを考えていくことが必要だと思います。
例えば、タイ政府は従来の農家の活動「トラディショナル・ファーミング」から、IoTなどの技術を駆使して生産性や効率性を上げていく「スマート・ファーミング」への移行を提案しています。「スマート・ファーミング」は日本では既に導入が始まっていて、天候や水遣りのタイミングなど農業活動の全データをクラウドでセントラルに管理することで、専門家チームがデータを分析して生産計画や企画を立てて現場にフィードバックしています。
今まで人の勘や経験に頼っていた部分(もちろんそういったものも大切ではありますが)に頼らない農業スタイルです。情報技術面の進化と共にコストは年々下がってきており、導入のハードルも低くなっています。ただ、日本と比べるとタイの農業従事者の教育水準は依然として低いままで、日本の仕組みをそのままタイへ移転しても効果は限られたものとなるでしょう。
いずれにしても、今あるものを無しにするのではなく、維持しながらも効率性を高め、生産性を上げる(タイの農地の生産性はASEAN諸国の中でも低い)、これもひとつの両面戦略です。タイではカセサート大学、バンコク・ドゥシット・メディカル・サービシーズをはじめ、タイ・ロイヤルプロジェクト、日本からの技術移転などの要素を組み合わせた、スマート・ファーミング化へのプロジェクトが始まっています。

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スマート化でトレーサビリティが実現すれば、使用されている農薬が身体に及ぼす害や生産者から消費者に届くまでの流通経路も確認できるようになります。国民の健康を向上させて生産労働力を健康に維持していくことは、5年や10年では劇的な対応策がない少子高齢化の対策としても有効です。
また、日本ではセントラル・システムで管理されたビニールハウスや、ビル内で農作物を栽培する企業も出てきていて、これらの技術を日本から新興国に輸出する取り組みも始まろうとしていますが、その際には技術を現地目線で翻訳しながら土着化させていくことのできる、連結役となる人材の育成が重要になります。
タイで昔から行われてきた伝統的な農業は、CLMV諸国やインドなど、ほかの新興国でも同じことができるわけで、同じ次元での競争になれば、最終的にはコスト競争になってしまい、タイはこの競争では勝てなくなってきています。

次ページ:現地消費者の立場で考える

THAIBIZ編集部

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