THAIBIZ No.154 2024年10月発行なぜタイ人は日系企業を選ぶのか
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公開日 2024.10.10 Sponsered
目次
今回は、「日系企業に勤めていたが辞めた人」と「今も残り続けている人」合計6人のタイ人と座談会を行った。
対象は、タイのトップクラスの大学を卒業したエリート層たちで、いずれも30歳前後の世代から人選をした。安定的雇用と福利厚生に強みがある日系企業においては、40代以上は比較的定着しやすい一方で、より成長機会を求める20〜30代の定着に大きな課題があるからだ。若手優秀人材がどのような本音を持っているのかを見ていこう。
まず、以前は日系企業に勤めていたが離職して今は非日系企業に勤めている方にお話を聞いてみた。
Aさん: 日本企業は組織の中に誠実さがあるといつも感じていました。問題を正しく認識し、粘り強く解決する姿勢があります。ひとたび問題があれば、日本人の上司がしっかりと工場を見てくれて、解決しようとしてくれる真剣な姿勢が印象に残っています。今いるタイの会社の上司はずっと適当ですよ(笑)。
その一方で、仕事への姿勢は時に厳しすぎると感じました。仕事の手順もルールも細かく定められており、息が詰まります。オフィスには緊張感が漂い、みんな一言も発していませんでした。時間管理も、1分でも遅れれば遅刻です。ルールはわかりますが、そこまで厳しくしなくても私たちは仕事を頑張るのに、力点の置き所がずれているんじゃないかと思っていました。
最終的に離職した理由は昇進のスピードが遅かったためです。マネジャーになるまでに8段階のグレードがあったのですが、5年間いたのに1段階しか上がりませんでした。私の直属の上司も「あなたの仕事ぶりなら昇進すべき」と言ってくれているのに、会社全体のバランスで上がれず、そこに明確な説明はありません。直属の上司が評価してくれているのに上がれないのでは、もう辞めるしかないと思いました。
Bさん: 日系企業の素晴らしい点は、まずは理念です。理念があることで、従業員は会社の考えを理解し、一体感を感じることができます。欧米企業にも理念はあるのですが、そんなに熱心には語られません。また、従業員教育への投資も日系企業の特徴だと思います。できるようになるまで繰り返し、丁寧な教育が用意されていました。
欧米企業はすべてオンラインで教材が用意されたオンデマンド型の教育です。一見すると合理的ですが、形式的になっていて実際の効果はあまりないように思います。社内のイベントなども日系企業の方が多く、従業員を大切にしてくれていると感じました。
一方で、日系企業の組織は硬直的で、コミュニケーションが回りくどい(Indirect)ことがストレスでした。階層の距離感が大きく、上司にメールや上申書を書くのに多くの時間をかけて言葉を選ばなければならないのです。今の上司はフランス人ですが、なんでも直接相談できて、すぐに意思決定してくれます。だから仕事がどんどん進みます。
最終的に退職した理由は、給与です。実は、手当てとボーナスを入れると総額は日系企業とあまり変わりません。しかし、ベース級だけで見ると私がいた企業のサラリーは低かったです。ベース給与は転職する際の基準になるので、ベース自体が高いことはキャリアにとって重要です。このままいてもベースが大きく上がる見込みが無さそうだと思ったので、転職する道を選びました。
他1名も、離職理由についてはおおむね同様のコメントが見られた。では、日系企業に残り続けている人はどのような魅力を感じているのだろうか。
Cさん: 私はアシスタント的な仕事で入社しました。定型業務ばかりでつまらないなぁ、と思っていたら、上司が私の仕事ぶりを見て職種転換させてくれました。今はこれをやってみたい、と言えばどんどんチャレンジさせてくれる環境です。新しい業務の経験はスキルアップに繋がります。このような仕事の柔軟性は私にはフィットしています。ただし、程度にもよるかもしれません。私の友人のタイ人は自分の専門性とは関係のない雑用や、ゴルフコースの予約までやらされて、嫌がっていました。
私は上司に恵まれていると思います。私の上司はとても優しく、コミュニケーションにおいて配慮が行き届いています。一方で、仕事にはとても厳しい。普段はフランクで、仕事においては真剣な上司と働けるのは幸せなことです。でも、上司のレベルにはかなりばらつきがあり、経験の少ない上司の下で不満を感じているタイ人もいます。また、仕事熱心なあまり、夜にまで業務のLINEが飛んでくるのを嫌がっているタイ人同僚も少なくありません。日本人はオン・オフのバランスについてもう少し考慮が必要かもしれません。
Dさん: 日本企業の凄いところは業務の標準化がしっかりしているところです。例えば、現場で事故が起きたらどう対応するかなどのルールがしっかりと定まっています。業務のワークフローも明確なので、新人には助かります。若い人が自分で業務を覚えることを想定したノウハウの蓄積がされているなと感じます。
一方で、標準化されたプロセスが障害になることもあります。例えば稟議のプロセスがものすごく複雑で、社内資料を作っているうちにビッディング(入札)のスケジュールに間に合わないなど、チャンスを逸することが時々起きています。もう少し臨機応変に判断できればよいのですが、日本人駐在員でも決められないことが多く、彼らも苦しんでいるように見えます。
私は2人の上司の下で働いてきましたが、その2人のコミュニケーションスタイルが真逆でした。最初の上司は、仕事の目的の説明もなく一方的に業務を渡されて、後から「それは違う」とやり直させられて、すごくストレスでした。ところが今の上司に代わって、こちらの意見をよく聞いてくれるようになりました。ちゃんと私の意見を聞きながら、仕事を任せてくれます。上司のコミュニケーションは私のモチベーションに直結しています。今の上司と働けるうちは私はこの会社にいたいです。
このように、日系企業を去ったタイ人と、残り続けているタイ人のコメントを比較すると、日系企業の強みと弱みが見えてくる(図表2)。
変えるべきでない強みは「理念」、「品質意識と業務の標準化」、そして「教育とコミュニケーション」である。逆に変えていくべき弱みは、「異文化理解の不足」、「ルールの硬直性」、そして「給与と評価制度」である。また、「上司」については、個々の努力によって在職理由にも離職理由にもなっており、強みとも弱みとも言えない。
ここで重要なのは、強みと弱みは、光と影の関係にあるということである。
企業には、強烈な強みがあるからこそ、反対にそこから弱みが生まれてくる。かつて経営学者C・クリステンセンが書籍『イノベーションのジレンマ』で指摘したように、「優れた経営を行ってきた結果、必然的に失敗する」ことが経営にはしばしば起こる。日本企業の海外拠点においてはこうしたいくつもの構造的ジレンマが起きており、そこに目を向けずして、望ましい変革は得られない。
まずは、「理念経営のジレンマ」である。日本では、江戸時代に普及した儒教的価値観をベースとして、明治以降に数多くの企業が誕生した。代表例として、『論語と算盤』を著した渋沢栄一は、企業経営においても道徳や公益性を重視した経営を行い、数多くの会社を発展させた。そうした日本の企業達は、島国という地政学的な好条件にも恵まれ、ユニークな経営スタイルを維持したままグローバル市場においても著しい成長を成し遂げた。
一方で高尚な理念は、同質性の高い日本人同士では暗黙的に伝達可能だが、外国人にニュアンスを伝えることが難しい。日本経済が好調なうちは、外国人が進んで「日本企業を理解しよう」としてくれていたが、現在はそれが逆回転を始めている。日本人から能動的に伝達する努力が一層必要になっているとともに、コミュニケーションは本来双方向なものであるので、日本人の苦手な「異文化理解」無くして理念の素晴らしさが伝わらない。苦手だからとそれを怠っている企業は、徐々に「目指す方向がわからない」と思われ、社員から見放されてしまうのである。
2つ目は「標準化のジレンマ」である。日本企業の強みは安定的に高品質な仕事ができることであり、「誰でも同じ仕事ができる」ための標準化のノウハウが蓄積されている。それを可能にしてきたのは、チームワークを重視する日本人の国民性である。そのため、日本企業には情報共有のルールが非常に多く、また稟議をはじめとする合議制のもとに組織が運営されている。
こうしたノウハウは日本企業の財産だが、マニュアルやルールは時間の経過とともに肥大化し、複雑化するという宿命がある。適切なタイミングで強いリーダーシップとともに「捨てる」「止める」という判断を入れて見直さないと、システムの運用が難しくなる。ところが、任期の短い海外拠点では大ナタを振るう改革が難しい。調和を乱す声を上げることを良しとしないタイの風土も相まって、タイ人からも変革の声が上がりづらい。結果として、標準化の仕組みが硬直化したルールとなって放置されているということが起きる。それゆえに、他社から転職してきた外国人スタッフにとっては「過剰に複雑な社内システム」と映ってしまうのである。
3つ目は「雇用制度のジレンマ」である。昨今よく言われるように、日本企業は所謂「メンバーシップ型」と呼ばれる、会社と従業員の間の長期的な関係性を重視する経営スタイルを取ってきた。職種を限定しない代わりに、積極的に従業員に教育を施して育成する。また人材を短期的な成果で判断せずに、丁寧にコミュニケーションを図りながら活用していく。こうした経営スタイルは特に製造業においては高い効果を発揮し、またタイをはじめとする東南アジアの文化とも比較的相性が良く、うまく機能してきた部分が大きい。
しかし、産業の中心がモノづくりからサービスやITにシフトし、製造業も地道なカイゼンに加えてイノベーションが求められるようになると、より優秀人材の確保が競争優位を決めるようになった。その際には、いかに優秀層を評価して厚遇し、また市場相場を意識した報酬を用意できるかがカギになってくる。こうした処遇の柔軟性は欧米企業に一日の長があり、また最近ではトップダウンの意思決定構造を持つ中韓系企業の後塵を拝するようになっているのである。
このように見てくると、かつては強みだったことが、環境変化の結果として弱みになっていることがわかる。そうした構造的ジレンマを乗り越えるためには、強みに甘えているだけでも、弱みを悲観するだけでもいけない。「強みの強化と、弱みの克服の両立」を意識していくことが必要である。
自社の全体像を俯瞰し、強みと弱みの相互依存関係に着目しながら、強みを強化し弱みを是正していくという順序で考えないと、日本企業らしい競争力を失ってしまうので注意したい。
ではここから先は、そうした変革に取り組んでいる企業事例を見ていこう。
THAIBIZ No.154 2024年10月発行なぜタイ人は日系企業を選ぶのか
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株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役
中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)
愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。
人事に関するお悩み・ご質問をお寄せください。
「タイ人事お悩み相談室」コラムで取り上げます!→ [email protected]
Asian Identity Co., Ltd.
2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。
◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com
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