タイのEV販売、今年も急増続くか ~SMAT×SMBC共催セミナーから~

タイのEV販売、今年も急増続くか ~SMAT×SMBC共催セミナーから~

公開日 2024.03.28

世界の経済ニュースの大きなテーマとなりつつある電気自動車(EV)をめぐり、特に今年に入り米国、欧州でバッテリーEV(BEV)販売の急減速とハイブリッド(HV)車へのシフト、そして中国でもEV販売の伸びの鈍化が伝えられている。一方、タイでは依然、中国系BEV販売の急増、メーカーの進出ラッシュが続いている。先週も「NETA」ブランドのEVを製造する中国の合衆新能源汽車、そして奇瑞汽車(Chery)によるタイ国内でのEV生産計画が明らかになった。

中国系EV関連企業のタイ進出では、上海汽車(SAIC)が昨年10月にEV用バッテリーの生産プラントを稼働させたのに続き、長城汽車(GWM)が今年1月に中国の自動車メーカーとしては初の海外EV生産となるタイ・ラヨン県でのEV生産を開始。その後も、EV最大手の比亜迪(BYD)、長安汽車(Changan)、広州汽車(AION)など続々、今年から来年にかけてのタイ国内生産計画を公表している。一方で、これら中国系EV販売ではBYDの一人勝ちの構図も出始めている。こうした中で、SMBCグループは先週21日、タイでのBEVの利用環境と消費者の受け止め方など、タイのEV市場の今後を占う手がかりを提供する興味深い報告を行った。

中古EV市場の形成始まり、資産価値上昇か

「昨年10月に行われた中古車オークションでは5車種合計49台のバッテリーEV(BEV)が出品されたが、結局、売れたのは3台だけだった。(BEVは)やはり新しいもので、知見がないので、バイヤーも買いにくい状態だった。しかし今年2月のオークションでは、1メーカー1車種、21台出品され、19台が売れた」

住友三井オートリーシング&サービス・タイランド(SMAT)の戦略計画・IT担当ディレクターの角藤雅敏氏は、21日にSMATと三井住友銀行(SMBC)が共催した第3回自動車セミナー「~ユーザー目線で実地調査~タイのEV販売急進、今年も続くのか」と題するウェビナーで、注目の中古EV市場の最新動向をこう紹介した。

角藤氏は、今年2月のオークションで売買成立が増えた理由について、「前回との大きな違いは、今回、販売ディーラーがモーターの状態、バッテリーの劣化具合、車両コンディションを点検して、一定期間、品質を保証しますという保証書を発行した。特にバッテリーの残容量について判断しやすくなった。昨年の場合は、最初出した値段からどんどん下げないと売れなかったが、今回は最初の値段より全部高く売れた」と報告。このようにバイヤーが安心して買うための仕組みができてくれば、市場が形成され、資産価値も上がってくるのではないかとの認識を示した。

欧米、中国、そしてタイでのEV普及が急速に進む中で最大の懸念要因の1つに浮上したのが、バッテリーの劣化問題とそれに伴う中古EVの再販価格の大幅下落への不安だ。特に自動車のリセールバリューが日本などに比べ高いとされるタイでは最も気がかりなポイントだった。この角藤氏の報告では少なくとも現時点では、当初の懸念は少し和らぎ、EV普及見通しをめぐる1つの判断材料を示してくれている。

タイ人のEV購入動機は主に経済的メリット

この日のSMBCグループのウェビナーでは、角藤氏と三井住友銀行アジア・太平洋営業第1部の井浦佑紀部長代理との対談の形で行われた。ウェビナーの参加者のEVに対する利用経験、不安要因などに関する事前アンケート結果や、SMATが今年2月末に行ったEV試乗会での参加者の感想などの報告があった。井浦氏はアンケート調査結果で今年のEV販売は踊り場を迎えて頭打ちするとの見方が半分近くあった一方で、「意外にもこれから伸びる余地があると回答も多かった」と報告した。

また、試乗会での感想も含め不安要因として挙げられるのが、ICE車と比べた燃費、電費などのランニングコストがどうなるかだという。これについて角藤氏は、ICEであるカローラ・クロスの場合、1カ月に3000キロ走ると燃料代は1カ月で3万円程度だが、BEVのMG4の場合には、2万円程度と大幅に安く、特にタイでは電気料金が安いことがランニングコスト面でEVのメリットだと説明。メンテナンス費用は「EVはICEモデルに比べ定期的に交換する部品が3分の1と少ない」ことでメンテナンスパッケージの料金もEVの方が安くなるという。懸念されるバッテリーの劣化についても、「8年、18万キロというかなり長期間、長距離の保証がついており、安心して利用いただける」との認識を示した。結局、タイのユーザーにとってこうした経済的メリットが現在のEV購入の動機になっているようだ。

ピックアップEVが購買層拡大につながるか

同ウェビナーはこのようにEVユーザー目線で気になる点について現時点での見解を示した上で、「EVは今後も伸びるか」についてのシナリオを検証する。井浦氏はまず、マーケティングにおけるイノベーター理論を紹介。新商品が普及していくステージには「普及初期」「普及加速期」「普及拡大期」の3段階あり、タイのEVシェアは10%を超えたところで、普及加速期から普及拡大期に移る間にある「16%」というクリティカルマスを超えられるかがカギだと前置きする。そして、このクリティカルマスを超えるためのシナリオとして、①購買層の拡大②技術革新とインフラ拡充③中古車市場の形成-の3つを上げた。

井浦氏は「購買層の拡大」について、「Aセグメント」と呼ばれる最も小型の乗用車でEVが出てくる可能性があるかと問題提起したが、角藤氏は、タイでは交通渋滞やバイクの普及などからAセグメントの需要は増えていないとの認識を示した。一方で、タイの自動車販売台数の半数近くを占めるピックアップトラックで、EVが増えてくれば、EV購買層の拡大につながる可能性はあると指摘。特に、バンコク市内ではコンドミニアムを含め自宅に充電器を設置するのが難しいものの、郊外や農村では、「農家は土地を持ち平屋に住んでいるので。自分の家の庭にホームチャージャーを設置するのは容易であり農作業が終わって帰ってから、 休んで間に充電をして翌日使える」と説明した。その上で、「ピックアップのシングルキャブのBEVを、今のICEモデルと変わらない値段で出せるのであれば伸びる余裕があるだろう」と述べ、購買層の拡大につながる可能性があるとの認識を示した。

日系の充電設備会社もタイ進出

一方、2つ目のシナリオである「技術革新とインフラ」のうち、技術革新ではやはりバッテリーで、半固体電池や全固体電池がいつ実用化されるのかがカギを握るという。角藤氏は、中国系OEMメーカーと情報交換する中で、「日進月歩の中でも急に半年後に新しい半固体電池が出ますとかっていう話ではないようだ」とし、そこで今、買ったBEVを乗り換えるタイミング、あるいは当面はICEがいいと考えている顧客が次に乗り換えるタイミングで半個体、さらには全個体が出てくるという形となり、革新的な電池が出てくるまで買い控えるなどの影響はないのではとの認識を示した。

一方、充電インフラでは、BEVは戸建てユーザーに普及する一方、集合住宅では難しいのが現状だが、コンドミニアムなどにターゲットを絞って充電器を導入する交渉をしている日系の充電設備専門会社がタイに進出してきているとし、将来の充電インフラの拡大につながる可能性があるとの見方を示した。

そして、3つ目のシナリオである「中古車市場の形成」については、冒頭で紹介したように、中古車市場が大きくなる兆しが出始めており、自動車リース会社の全体のコストが下がっていき、そしてユーザーにとってもリース料金が下がるメリットがあるようだ。

着実に浸透する中国EVに日系はどう対応するか

特に欧米で今年に入り、特に中国系などのEVに対するネガティブなニュースや情報が急増する中で、今回のSMBCグループのウェビナーでは、世界のトレンドに逆行するかのようにEV傾斜を一段と強めているようにも見えるタイのEV販売の現場での意外な現実、現状認識を知ることができた。タイはEVにネガティブな極寒の地ではない一方、エアコンは不可欠であり、交通渋滞も激しく、電欠の不安も大きいというデメリットもある。しかし、バッテリーの問題、中古車のリセールバリューで新たな知見も出始める中で、中国勢の動向を冷静に見守りながら、技術革新含めEVの可能性も軽視してはいけないのだろう。その中では、特に「日系がほぼ市場を独占し、市場環境を熟知、ノウハウが詰まっている」ピックアップトラックのEV化にどう対応するのか。そして、中国勢が海外での生き残りを目指し、特にタイ市場に猛攻をかけ価格競争が激化、市場が激変する中で日系企業がどう対応していくのか目は離せない。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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