タイの産廃リサイクルの現状と課題 ~サンアップの挑戦とEVバッテリーの将来~

タイの産廃リサイクルの現状と課題 ~サンアップの挑戦とEVバッテリーの将来~

公開日 2024.04.08

タイで電気自動車(EV)ブームが続く中で、徐々にEVバッテリーの寿命、自動車のリサイクル、廃棄の問題の重要性も認識され始めている。それはタイの消費者がEVの再販価格、中古車価格に敏感になりつつあることもある。世界的にもどのようなEVバッテリーのリサイクル・廃棄の仕組みが整備されていくのかはまだ分からないが、タイではその前に、そもそも寿命を迎えた「使用済み自動車(ELV)」のリサイクルの市場や制度自体が未整備だ。

昨年末に「環境・リサイクル分野の総合事業会社」を標榜し、2017年9月にタイ法人「Sun-up Corporation (Thailand)」を設立した「株式会社サンアップ」を取材する機会があった。タイには日本の製造業者が集積しているが、これらの工場から出る産業廃棄物がどうなっているのかはタイにいる日本人でもほとんど知らないかもしれない。サンアップの取り組みなどを紹介することで、EV含む自動車のリサイクル問題も考えてみたい。

産廃処理ではタイは東南アジアの先進国

「環境意識はアジアの中でタイは非常に良い。特に産業廃棄物は完全に分別されている。タイ工業省工場局の『E-マニフェスト』というシステムがあり、排出事業者(製造業者)や産業廃棄物処理業者・リサイクル業者が、有害廃棄物の排出・収集・処理に関する情報をオンラインで報告する仕組みがある。この法律とモニタリングシステムが非常に厳しく作られている。また、2023年11月に工業省告示が改訂され、これまで製造業者(=排出事業者)が実質的に問われることがなかった排出者責任を排出事業者も問われることになり、責任が厳格化した。これができている国は東南アジアの中でタイだけだ」

タイ東部チャチュンサオ県のゲートウェイ工業団地に処理施設、本部を構えるサンアップのタイ法人の杉山淳・最高経営責任者(CEO)は、タイの産業廃棄物処理の仕組みをこう高く評価する。タイに駐在して、一般家庭ごみの分別収集の習慣がまだほとんど定着していないことを知っている日本人からすると、産業廃棄物は違うのかと驚く。一般ごみでは最近、ショッピングセンターや公共施設では分別可能なゴミ箱が増えているものの、消費者段階でせっかく分別しても、すぐに一緒にされてしまい、別なところで改めて分別されるという不合理な話もよく聞く。そこには何らかの利権が絡んでいるとの指摘もあり、問題は根深いようだ。

一方、産業廃棄物に関して杉山氏は、「タイは1960年代に市場を非常にオープンにして、外資の進出、投資を奨励してきた。その中で工業団地などは一足飛びに良いルールをどんどん取り入れていった。日本やドイツのように公害問題を受けて地域住民を巻き込んで手探りでルールを作っていくというプロセスではなく、工業団地レベルで良いものをいきなり持ってきた」とタイで産廃処理の仕組み作りが進んだ経緯を説明する。

タイ東部チャチュンサオ県のゲートウェイ工業団地に処理施設、本部を構えるサンアップ
チャチュンサオ県にあるサンアップの処理施設

廃棄物の出元から対処し、付加価値高める

日本の本社である株式会社サンアップは杉山淳氏の父親が茨城県つくば市で創業した会社で、いわば家業だ。淳氏は前職を辞めて事業承継をすることになった時、自分の強み活かすために海外事業の検討を始めた。当初、中国進出を考え、2014年頃に広東省の深圳市や東莞市を調査したが、中国の環境対策やリサイクルはまだ先の話だと気づき、日系企業などの投資が多いタイに目を付けたという。「環境やリサイクルの事業は経済発展とともに伸びていくことは統計的にも明確で、タイが次に来るのは間違いない」と確信し、タイ進出を決めたという。

日本の本社であるサンアップは、産業廃棄物の処理、リサイクルの最適化を図り、アレンジするコンサルティング的な事業がメインだったが、淳氏の代になって、リサイクルする機械や装置の販売や水処理の事業も始めた。技術に特化して、廃棄物の出元から対処したり、排出後も技術的に量を少なくしたりして付加価値を上げていくことを目指したという。具体的には、「廃溶剤」「廃油」「廃水」のリサイクルにもともとの強みがあるが、現在は「鉄・非鉄スクラップ」「廃プラスチック」「廃容器」「重金属スラッジ」のリサイクルなども手掛け、さらに、エアコン、モーターポンプなどの省エネ事業も始めている。

サンアップのリサイクル事業の哲学

杉山氏は、「ものづくりでは原料、設計から組み立てを含めて全部ロジックがある。排出されるものも、燃やしたり、埋め立てたりすれば非常に簡単だが、その前後に必ずあるロジックを使って技術的に物事を解決することは不可能ではない」と指摘。同社が得意な有機溶剤や廃液以外でも、プラスチックや繊維も「お金に糸目をつけなければ基本的に全部、リサイクルできる。しかし、お金は湯水のようには使えないので、いかに最適化を図っていくかに知恵を使う。経済合理性を保ちながら、廃棄物も少なくし、お客様、当社にとってもきちんと収益構造が作れるような形をいかに構築するかがカギを握る」と強調。日本も含め従来の産廃処理業者は場所を用意し、とにかく引き取って埋め立てたり、燃やしたりして終わりにしていたが、「工場の製造ライン、仕組みのところから変えていく提案をしており、知る限りほとんど競合他社はいない」と説明する。

さらに、「お客様のホームページを見ると、製造工程がどうなっていてどういうものが作られているか見当がつく。こうした製品を作っているということは、このプロセスの中で何か問題が起きていませんかとコンサルテーションをしていく。工程の中で見過ごされていることがあり、結果的にこういうゴミになっていますと解決策を1つずつ紐解いて考えていく」としている。

自動車リサイクル整備事業始まる

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2021年3月、タイのチョンブリ県シラチャで「使用済み自動車(ELV)」のリサイクル実証事業(3年間)の成果報告会を開催した。タイでは自動車販売台数の増加に伴いELVの急増が予想されているものの、ELVを適正処理できるインフラが未整備なため、フロンの大気放出、廃油、廃液による土壌汚染、水質汚濁などの環境被害が懸念されている。さらに日本の「自動車リサイクル法」のようなELV規制や、自動車解体業に限定した許認可・監査に関する法制度がない。このため2019年2月にNEDOとタイ工業省、タイ工業団地公社(IEAT)がこの実証事業で協力する覚書に調印。実際の事業は同年11月~21年2月に実施された。

実証事業では豊田通商が全体設計を、同社子会社のグリーンメタルズがELV解体モデル工場の開設など技術面の実証を、トヨタ自動車が自動車リサイクル制度に関する助言をそれぞれ担当。計51台のELVが日本の手法で適正に解体(廃液の漏出防止、フロン回収)された。特にタイでは初となる解体専用重機を導入した結果、手で解体する従来方法と比べ、作業時間は半減し、1日当たり平均9台の処理速度を実現したという。成果報告会では、ELVリサイクルシステム構築に必要となる制度づくりの必要性も提案された。

関係者によるとNEDO実証事業終了後、タイの廃車リサイクル法制化に向けて国際協力機構(JICA)技術協力プロジェクトが今年8月スタートに向けて準備されている。そこでは、解体業者の許認可制度の運用や、3品目(フロン、エアバッグインフレーター、Automotive Shredder Dust)の処理費、OEMメーカーの負担、自動車抹消登録システムの厳格化などが検討対象になる見込みという。

EVバッテリーのリサイクルはどうなる

世界的EVブームの中でリチウムイオンバッテリーのリサイクル・廃棄問題にも目が向くようになり始めているが、内燃機関(ICE)車にも昔からエンジン始動用のバッテリーとして鉛蓄電池が積まれている。業界筋によると、その主要部材である鉛はタイでも廃棄、解体、精錬までのルートがかなり確立されており、リサイクル性は優れているという。鉛蓄電池の不法投棄はタイでも若干あるようだが、廃鉛蓄電池には市場価値があり、バッテリーのサプライヤーである精錬業者による廃バッテリーの回収量は相当量に達し、リサイクルにつながっているという。一方で、リチウムイオンバッテリーのリサイクルに関してはまだ技術は確立されていないようで、現時点での事業化は難しいようだ。

EVの価値の4割はバッテリーだと言われている。そのバッテリーの劣化度合いがどうなるのか一般市民にはまだ良く分からない。中国製EVのネガティブな話だけでなく、自動車のスマホ化、自動運転など世界の最先端の技術や取り組みではいかに中国が進んでいるかを再認識することはもちろん必要だ。一方で、今回紹介したトヨタ自動車などが取り組んでいる自動車リサイクルの取り組みをタイの消費者、そして産業界がどこまで知っているのだろうか。過去1~2年、価格競争が激化する中国を逃れ、会社の生き残りを目指してタイに大挙押し寄せている中国系EVメーカーは、バッテリーなどEVパーツのリサイクルシステムを構築して、長期にわたりタイ社会に根ざしていく覚悟はあるのだろうか。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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