連載: 在タイ日系企業経営者インタビュー
公開日 2024.04.22
タイ大手財閥サハ・グループとの合弁で1987年に設立されたタイセコムセキュリティは、タイ向けのセキュリティサービスを開発し、着実にローカルでの裾野を広げている。最近では、高齢化社会へ突入していくタイのニーズを汲み取り、高齢者向けの新サービス「セコム・スマートセキュリティ・ケア」を開発した。従来の「日本式セキュリティサービス」から、どのように現地化へと繋げていったのだろうか。同社の江頭恵太代表取締役社長に話を聞いた。
(インタビューは4月3日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTJRI編集部)
目次
江頭社長:1987年、タイの大手財閥サハ・グループとの合弁でタイセコムセキュリティが設立された。当時は日系企業がタイに積極的に進出していた時代。サービス内容も価格も「日本と変わらない水準」をコンセプトに掲げて事業を展開し始めた。お蔭様で多くの日系企業からご支援をいただき、創成期は順調に経営基盤を整えていくことができた。
2000年代より、タイの方々にも「日本式セキュリティサービス」を広げるべくタイ人の営業社員を増やし、現場に密着した形での事業展開に注力。当時は常駐警備員の雇用が一般的だったが「機械のほうが正確かつ24時間休まずに働いてくれる」という認識を徐々に広めていくことで、危機意識の高いセンシティブなタイの方々から徐々に受け入れられた。タイのお客様と日系のお客様とで、比率が逆転し始めたのはこの頃からだ。
江頭社長:様々な外部環境の変化に伴い、セキュリティ会社としての課題も多くあった。
特に2015年~2016年にかけて、タイでスマートフォンが普及したことも弊社にとって大きな出来事だったと思う。映像、写真、インターネットが手のひらサイズのスマホに凝縮され、人々の生活に入り込むと、日常的な使用感や直接感じられる利便性がサービス価値の一つとなった。セキュリティサービスは、何か事態が起こらなければ使用感なくサービス料金だけが発生する感覚になる。当然この状態が「安心の証」なのだが、人々の中でスマホ使用料とセキュリティサービス料金が比較され易くなり、情報量と価格感のギャップが生まれるようになってしまった。
これはタイだけでなくASEAN全体で「従来のセキュリティサービスから脱皮しなければ」と大きな課題を感じた時期だった。
江頭社長:日本でスマホが普及した2009年頃、マーケットは既に確立されており「セキュリティシステムの導入は当たり前」と言える時期に突入していた。
一方で、スマホ普及時期におけるタイやASEAN地域では、まだオンライン・セキュリティサービスは広いマーケットが確立されていなかった。それまで頑なに「日本と変わらないサービス」を謳っていた弊社だが、2017年頃から「タイのニーズに合ったサービス」を提供する必要性を強く認識し始めた。
江頭社長:この長期ビジョンも、弊社が変化するにあたり大きな指針となっている。同ビジョンでは「『あんしんプラットフォーム』構想の実現により、変わりゆく社会に、変わらぬ安心を。」をコンセプトとしている。つまり「安心の本質を提供するために、従来の発想からあらゆるものを変えていく」姿勢を表したものだ。
創業以来「日本式セキュリティサービスのモデル」を創り上げてきた弊社は、当然ながら従来のモデルに思い入れがある。だからこそ、モノ、サービス、バックヤードすべてにおいて自前主義を徹底してきた。しかし同ビジョンでは、世の中の変化やニーズの多様化に伴って「組織も加速度的に変化していく」覚悟を掲げている。『あんしんプラットフォーム』は、これまで弊社が培ってきた社会とのつながりをベースに、産・官・学などのパートナーが「共想」して創り上げる社会インフラを意味している。
このビジョンを策定したほぼ直後に私のタイ赴任が決定。「自分のミッションは、長期ビジョンに合わせてタイの組織を変えていくことだ」と理解して着任した。
江頭社長:日本では「事を起こりにくくする」「事が起こった時に被害を最小限にする」「復旧までのロスを最小化する」の3要素が揃った時に初めて安全が手に入るといったリスクマネジメントの考え方でサービスを設計している。日本の方々は諸外国と比べて一般的に慎重な国民性なので、従来のセコム式リスクマネジメントとの相性が非常に良く、保険やセキュリティサービスの普及率は高い。
一方、タイでは「万が一の備えのための掛け捨てサービス」は普及が難しい。そのため、日本式をそのまま持ち込むのではなく、オーバースペックと捉えられている部分を削ぎ落とす工夫が必要だった。具体的には、事が起こった時に、お客様に事実を伝えるところまでは行うが、その後に警備員(人)が駆けつけるか否かはお客様に選択を委ねる、など。人を呼ぶ場合には当然ながらコストがかかるため、それを「必須」ではなく「オプション」とすることで、本体のスペックも料金もタイの方々のニーズに近づけていった。ベースのサービス内容で安心感を得つつ、何か事が起こった時に「やはり解決時間を短縮するにはオプションが必要だ」と気づいた方々には、ベースを変えずに本物の安心をお届けできる「日本式」にアップグレードしていく形が現時点での最適だと考える。実際、2021年にタイ向けに開発した新サービス「スマートセキュリティ」を機に、未開拓の層への扉がパッと開いた。
江頭社長:基本的には、変わっていないだろう。今でも機械に全てを任せることはしていない。例えば、事が起こった時にお客様のスマホに通知が来るとしても、その通知にすぐ気が付くとは限らない。セキュリティにおいて時間は一番のリスクであり、常に「気付く時間をどう短縮するか」が課題でもある。そういった場合に、お客様が通知に気付いていないことを認識したオペレーター(人)が、別の手段で連絡したり、他の人に連絡したり、対応を考えて行動する。機械がリスクマネジメントを担い、人がクライシスマネジメントを担う形だ。
江頭社長:長期ビジョン策定前は、「日本と同じ水準のサービスの提供」がセコムグループ全体の指針だったため、例え「タイのマーケットに合わない」「サービス内容がオーバースペックだ」と現場が感じたとしても、タイ法人の独断で指針を簡単に変えるわけにはいかなかった。その分、葛藤を感じる部分があったのも事実だ。
一般的に警備会社は、トップが「これをやる」と決めたら、全社員それに従うため、現場の判断で「やらない」と決めることはあってはならない。サービスの品質を守るため、トップダウンの組織体制が良しとされてきた。
しかし、時代の変化に伴い「トップダウンを死守すべきなのは、サービス提供の場のみではないか」と考えるようになった。スマホ普及に伴う「脱皮せねば」の覚悟と長期ビジョンの策定を機に「タイに合ったサービスを作ろう」と組織的に前を向いたタイミングで、弊社のカルチャーも一新。マネジメントの場において中間幹部以上は「物事を自分でドライブすることを諦めなくて良し」とした。
年功序列から能力型の組織体制へシフトしたのも、この頃だ。長年の間「独断は許されない」と言われてきた社員たちなので、当然「本当に自分でドライブして良いのだろうか」と不安に思う人もいたが、徐々に新しいカルチャーの基盤整備を進めていった。
江頭社長:おっしゃる通りだ。私の着任前からマーケティングの課題は認識されていたが、具体的な施策に落とし込めていなかったため私の着任後、セコム株式会社本社の積極的なサポートのもとマーケティング調査を本格的に実施することになった。それまでは内部の体感で「タイにおけるセコムの認知度は一定数あるだろう」と思っていたが、調査結果では、実態と大きな乖離があることが判明。我々が想像していたほどサービスもブランドも伝播していないことがわかった。
実は、サービス内容のみならずマーケティングについても、弊社は「日本の古い方法」を踏襲していた。つまりセコム導入のお客様を一軒一軒増やしていき、玄関先に赤いセコムのシールを貼っていただき、お客様の数を増やすことでセコムの文化を広げていくという方法だ。このやり方が長きにわたりアップデートされていなかった弊社はここでも「柔軟な変化」が求められた。
変化の皮切りとして2022年、人気タレントを起用してセコムのブランドキャンペーンを大々的に実施した。
江頭社長:現在セコムグループは台湾や韓国をはじめ12の国と地域でセキュリティ事業を展開しているが、その中でもタイは歴史があり、過去36年間で培ってきた基盤と体力を理由に「セコムとして実験を行うパイロット的な拠点」でもある。2022年のマーケティング企画についてもセコム株式会社本社と共に企画することで「これまでやったことがない取り組みだからこそやってみよう」といった色のゴーサインだった。
本社から積極的なサポートが得られ、一体感を持ちながら実施に踏み切ることができたのは心強かったが、広告やマーケティングは一朝一夕で結果が出るわけではなく、経営者として「本当にここに予算を充てるべきなのか」の判断は非常に難しいものだと思っている。
認知活動は何年、何十年にも渡って継続して行う必要があるため、情報を広くオープンに共有し、組織全体で長期的に取り組めるような体制づくりを意識している。特に新しく発足したマーケティングチームには積極的に関わってもらい、「巻き込まれて」もらっている。ちなみに新チーム発足にあたっては、人財を一から採用し、全く新しい部署として社内に設置した経緯がある。
江頭社長:まずサハ・グループには、頼りになるアドバイスをいただきながら、基本的には弊社に全てのオペレーションを任せてもらっており、常に温かく見守っていただいていることに感謝している。
また、コロナ禍で急速に進んだ社内のDXには、幾多のタイ企業が関与してくれた。ベースにあるのは「国籍にかかわらずベストなものを取り入れたい」思いなので、タイに限らず色々な国の商品やサービスを組み合わせて活用している。
江頭社長:事業の究極の目的は「あらゆる不安のない世の中へ」。これを目指してずっとやってきた。2027年までのセコムグループ事業計画では、年平均4%アップの推移を目指しており、タイでは実際それ以上のペースで成長している。単に売上を伸ばそうと思えばビジネスとして色々な手段があるかもしれないが、少し「不器用さ」を見せながらも、セキュリティの代表カンパニーとして今後も柔軟に変化しつつ成長を続けていきたいと思っている。
江頭社長:2018年からタイに赴任し、怒涛の6年間を過ごしてきた中で、一番の学びは「固定観念を捨てることの大切さ」だ。タイ人社員の中には、のんびり気質の人もいれば、非常に真面目な人もおり、一概に「タイ人は〇〇だ」といった固定概念を持つことはできないと思っている。特に事業戦略の組み立て等を担うオペレーションラインの人たちについては、個々のスキルで結果が大きく変わってくると実感している。
そのため、駐在員の皆さんにも、先入観を持たずに、タイの人たちと直接会話をしながら「自分の判断として」仕事を進めていってほしいと思う。経験もせずに思い込むことは、良い結果を生まない。ぜひ「自分はどう感じ、どう考えるか」を常に意識してください。
THAIBIZ編集部
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