世界を席巻する中国EV業界の実態とは ~低価格化の背景には技術革新もある~

世界を席巻する中国EV業界の実態とは ~低価格化の背景には技術革新もある~

公開日 2024.05.07

世界最大規模とされる北京国際モーターショーが4月25日~5月4日の日程で4年ぶりに開催された。中国自動車メーカーの電気自動車(EV)での攻勢ぶりは日本やタイでも大きく報道されている。自動車の未来に対する世界的な議論が昨年前半ごろまでのEV礼賛、「EV完全シフトは当然」的な論調から、特に昨年末ごろから欧米などでの極寒下のバッテリーと充電性能の問題、再販価格の下落懸念など現時点でのEVのデメリットの大きさなどから、EVシフトは限定的ではとの見方も広がった。

しかし、自動車の動力源を巡る見解の相違だけでなく、「自動車のスマホ化」など、内燃機関(ICE)車などの伝統的な自動車製造方法を打破する技術革新に改めて注目が集まる中で、EVを再評価する流れも生じつつある。その背景には北京国際モーターショーでも明らかになった、ボディーや運転席周りの未来的デザイン、そして自動運転などに象徴される中国系EVの先鋭性への驚きもあったかもしれない。中国系が少なくともEVで世界をリードする構図が鮮明となる中、中国勢の主要海外進出ターゲット国となったタイでも中国本土の最新動向から目が離せなくなっている。

IEAの世界EV見通し2024

「電気自動車(EV)は競合が激しくなるにつれて、特に中国でより安くなっている。ただ、他の市場ではまだICEよりも高い。EVへの急速な移行にはより手頃な価格のモデルを市場に導入する必要がある。われわれの推計では、中国で2023年に販売されたEVの60%以上が既に同クラスのICE車よりも安くなっている。しかし、欧州、米国では国とそのセグメント次第で、EVはICE車より10%から50%高いままだ」

国際エネルギー機関(IEA)は4月23日に公表した「グローバルEVアウトルック2024」リポートで世界でのEVの競争激化と価格動向についてこう概観した。さらに具体的には、「2023年に世界で販売されたEVの3分の2は大型の車やピックアップトラック、スポーツ用多目的車(SUV)であり、平均価格を押し上げている。市場ごとに違うが、中国以外の主要なEV市場の大半のモデルで、2030年までには(EVとICEの)価格が同水準になるだろう」との見通しを示した。

同リポートによると、2023年の世界のEV販売台数は前年比350万台(35%)増の1400万台となり、全自動車販売台数の18%(2022年は14%)に達した。この世界のEV販売台数の約半分は中国メーカー製だったという。ちなみにICE車での中国のシェアは10%に過ぎない。そして、2024年の世界のEV販売台数については約1700万台と予測、新車販売の5台に1台がEVになる見込みだ。そしてEV販売の地域別シェアは中国が45%(2023年60%)、欧州が25%(同25%)、米国が11%(10%)になると予想している。

一方、これら主要3市場に比べて新興国市場でのEV販売は遅れているものの、2023年に急拡大し始め、全自動車販売に占めるEVの比率はベトナムが15%、タイが10%になったと指摘。購入補助金やEVやバッテリーのメーカーに対する投資インセンティブなどの政策がさらなる成長につながるとし、タイでは主に中国ブランドからの低価格モデルも販売台数の押し上げ要因になるとしている。

NETAのタイでの低価格EV販売を紹介

同リポートは中国以外の新興国でのEV普及のカギは手頃な価格だと強調する。実際にこうした手頃な価格のEVが新興国や途上国などで導入され始めていると報告している。「主要新興国で2023年には販売されたEVの55~95%は平均的な消費者には手にとどかない大型のモデルだったが、2022~2023年に、特に中国メーカーが海外で販売を開始したより小型で、より低価格のモデルは急速にベストセラーになった」と指摘。さらに、新興国市場での現状に関するより詳細に分析をしたパートでは、「2022~2023年には、インドネシア、タイ、ブラジルでは、低価格の中国製モデルが導入され販売が急増、EV販売の40~75%を中国メーカーが占めた。例えば、合衆新能源汽車が2022年にタイで発売したNETA・Vモデルは55万タイバーツ(1万5600ドル)で価格設定されベストセラーになった。9000ドルと最も安価なICE車と比較した時の値ごろ感が原因だろう」と指摘している。

中古市場の成長とバッテリーリサイクル

同リポートではこのほか、中国や米国、欧州で「EV市場が成熟するにつれて、中古EVがより容易に購入できるようになるだろう」と指摘。実際にも2023年の中古EV市場の規模は、中国で約80万台、米国で40万台、フランス、ドイツ、スペイン、オランダ、英国で合計45万台だと紹介し、「中古EV価格は急落し、ICEと競争できるようになりつつある。中国以外の新興国での中古EVの国際取引も増えると予想される」としている。

さらに、バッテリーリサイクル産業についても、2030年代に向け準備が整いつつあると言及。「リサイクリング、リユースが(EVの)サプライチェーンの持続性と安全保障に必要だ。…世界のバッテリーリサイクルの処理能力は2023年に300ギガワット時(GWh)だ。発表済みのすべてのプロジェクトが実現した場合、その能力は2030年には1500GWhとなり、その70%は中国になるだろう。世界的には発表済みリサイクル容量は、2030年にリサイクルされる可能性のあるバッテリー供給量の3倍以上になる。…しかし、EVバッテリーの廃棄は2030年代後半から急増すると予想されている」と見通している。EV先進国では既に、中古市場やバッテリーリサイクルへの準備が進んでいるようで、EV時代が始まったばかりのタイではEV先進国から学ぶことは多くなりそうだ。

バンコク・ポストの中国EVリポート

「中国が何としても必要なのはEV市場の競争を激化させ、勝者より敗者を増やし、利益を犠牲にしてでも価格を押し下げ、中国以外でシェアを獲得する戦いを続けることだ。そしてそれは今、現実化しつつある」

25日付バンコク・ポスト(ビジネス5面)の北京国際モーターショーに関する記事はこう書き出している。同記事によると、中国では今年、ほとんどの中国系自動車メーカーが110モデルの新エネルギー車(NEV)の発売を予定しており、既に中国市場に投入されている約400のNEVのラインナップに加わることになる。一方、米国で昨年販売されていたEVのモデル数は50超でしかなく、2つのEV先進国の現状は好対照だと表現した。その上で、「中国の過剰生産能力は危機的である一方、競争激化の中で力を強めている」との業界関係者のコメントを紹介している。

同記事によると、中国の今年のEV市場では比亜迪(BYD)と米テスラの合計で半分以上のシェアを獲得、またBYDが今年に入り9%超の値下げに踏み切った。さらに、情報通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)と家電大手の小米科技(シャオミ)という異業種大手企業の新規参入が市場に大きなインパクトを与えている。同記事は、自動運転のためのセンサー技術「Lidar(ライダー)」の大手メーカーである「HESAI」のデービッド・リー最高経営責任者(CEO)の「スピード化とイノベーションにより、より低価格になっている。多くの人がこのことを十分に理解していない」とのコメントを紹介し、中国製EVの低価格化が単に過剰生産による投げ売り的値下げだけでないことを示唆している。

低コスト化、スピード化の中国標準確立へ

さらに、赤字覚悟で新規参入してくる状況を「不健全だ」と批判している独フォルクスワーゲンの中国担当幹部のコメントを紹介する。一方で、大半の中国製EVの設計・エンジニアリングを手掛けている「Launch Design」が低コスト化、スピード化で中国標準の確立を目指すプラットフォームの開発を進めていると報告した。同社創業者兼会長であるWang Xun氏の「われわれは可能な限り参入障壁を下げられるよう取り組んでいる。これが実現すれば、自動車業界に新たな革命をもたらすだろう」との刺激的なコメントを引用している。同社は既に海外ブランド向けにもEVの設計、調達、安全テスト、製造を行えるよう準備ができているという。少なくともバンコク・ポストの記者が執筆したこの記事を読む限り、EVを巡る中国の現状、そしてタイだけでなく世界の主要国の攻防の現実を的確に把握している印象だ。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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