インバウンド消費額アップに向け「点ではなく線で提案できる仕組みを」~ JNTOバンコク事務所、土居所長インタビュー

インバウンド消費額アップに向け「点ではなく線で提案できる仕組みを」~ JNTOバンコク事務所、土居所長インタビュー

公開日 2024.04.08

日本政府は2023年、新たな「観光立国推進基本計画」を閣議決定。訪日観光客の消費額を指標のひとつに掲げました。一人あたりの消費額アップを念頭に置きつつ、より多くのタイ人に訪日してもらうために必要な考え方とは。観光業とビジネスの掛け合わせとして想定される具体的な形とは。日タイ共創の側面から、日本政府観光局(JNTO)バンコク事務所の土居佳以所長に話を伺いました。

<聞き手=mediator ガンタトーンCEO、THIABIZ編集部>

JNTOバンコク事務所の土居所長(左)、mediator ガンタトーンCEO(右)
JNTOバンコク事務所の土居所長(左)、mediator ガンタトーンCEO(右)

Q. 日本政府がインバウンドの量より質を重視し始め、「消費額」が一つの指標となりました。これを達成するためには、具体的にどのような付加価値が必要だと思われますか

安倍首相時代に訪日観光客の目標人数を6,000万人と設定し、この目標数値はまだ変わっていませんが、昨年閣議決定された「観光立国推進基本計画」では、より消費額にフォーカスする方針となりました。

2023年の訪日外国人旅行消費額は約5.3兆円と過去最高を記録し、目標の5兆円を突破。コロナ前の2019年と比較して約10%上回る結果となりました。

消費額アップのための高付加価値旅行の推進については、例えばプライベートリムジンなどの移動手段の確保、日本人にも人気な有名料理店の予約手配、一流のサービスを提供するホテルの手配など、「VIP用サービス」をまずは確立する必要があると考えています。

日本では階級社会がそこまで厳密ではないため、どちらかと言うと「誰に対しても平等なサービス」が得意です。しかし外国人富裕層をターゲットに一人当たりの消費額アップを目指すなら「VIP用の特別サービス」は欠かせないでしょう。移動のストレスを減らし、トラブルのない旅行体験を、お金を払ってでも実現したい外国の方は多いです。お金はあるけど忙しい方ほど、手間や煩わしさなく最高のサービスを受けられることにメリットを感じると思います。

JNTOバンコク事務所の土居所長、インタビューの様子01

Q. 地方誘客も必須だと思いますが、どのような課題がありますか

人気の集まる地方を見ると、何となく懐かしさを覚えるノスタルジックな、いわゆる「エモい」場所が多いように思いますが、最大の課題はアクセスです。

その地域に行くまでの交通手段はもちろんのこと、目当てのスポットを訪れる前後の動き、例えば食事をする場所や宿泊先までの移動を考え計画を立てることは日本人でも苦労しますが、特に外国の方にとってはハードルが高いのではないでしょうか。

地方誘客に成功している場所を例に挙げると、岐阜県の白川郷ではツアーがすでにパッケージ化されていて「飛騨高山での散策・宿泊と組み合わせる」までが基本、「高速で金沢や郡上八幡にいくのもアリ」など王道プランが確立されています。このように、観光スポット一点だけを提示して「来てください」ではなく、適切な宿泊エリアを提案したり、周辺エリアの観光地とセットにしたりと、立地条件に合わせた戦略が必要だと考えています。その際、前後の移動時間はどのくらいか、どこで休憩をして、どこで食事をして、一日のハイライトはどこか、といった全ての動線を提案できることが大切です。

特に地方は、行くだけで時間も労力もお金もかかるので、それらを上回るメリットが積み上がるよう完成度の高いパッケージを創り上げていく必要があります。わかりやすく効率の良い周り方の重要性は、個人旅行者向けのプロモーションでも同じだと思います。

Q. 数ある旅行先から日本を選んでもらうためには、どんな策が必要でしょうか

日本は治安の良さ、綺麗に舗装された道、定刻通りの公共交通機関、アニメや食べ物など、すべてを含めた「総合力」で人気を得ているのではないかと思います。こういった日本の「良いところ」をまずは維持しつつ、一方で変わっていくべきところもあるかと思います。

例えば、特に地方では接客面で外国人慣れしていないところ。これまで国内旅行客のみを相手にしてきた会社で、管理職から「これからインバウンドも狙っていく」と方向性を示された瞬間に、社員の表情が曇ったという話を聞いたことがあります。「外国の方をおもてなしすることに不安があり日本人相手の方が楽であるのが本音」という現場は多いでしょう。気持ちはわかりますが、この点においては、タイの持つホスピタリティやインバウンドビジネスへの覚悟から学ぶところが非常に大きいと思います。

JNTOバンコク事務所の土居所長、インタビューの様子02

Q. 特にFIT(海外個人旅行)では、現地での案内に頼らざるを得ないケースが多いので、外国人へのホスピタリティの欠如は軽視できないように思います

そうですね。地方を開拓することは、日本の治安の良さや交通インフラの整備がなせる技で、非常に冒険心をくすぐられるエキサイティングな経験である一方、不安もいっぱいあることについて、旅行者に寄り添ってリアルに想像してあげることが大事だと思います。その流れで言うと、例えば「指定の複数観光地を全制覇したら『日本観光マスター』になれる」など、タイ人旅行者のコンプリート欲をくすぐる施策も有効かもしれません。また、タイ人の旅行の情報収集では口コミが最も重要視されているのですが、旅行コンシェルジュのような、旅行プランに関して気軽に相談できる人の存在は大きいはずです。

特に私は3年前にタイに赴任し、タイ人の心のゆとりやマイペンライ精神に共通するものは「女性的なコミュニケーション」ではないか、と考えるようになりました。女性同士でお喋りするような、井戸端会議をするような、オープンなコミュニケーションがタイ社会を動かしている力なのでは、と感じています。

ネットで色々と検索するようになったのはここ数年の話で、タイの方は、調べるよりも誰かに聞いて情報収集することが得意。「聞く前に調べる」日本人とは逆の文化かもしれませんが、観光業でもその考え方を生かせるのではと思います。日本に行く前に相談できる訪日旅行に詳しい達人のような方が身近にいて、自分で立てた計画にお墨付きをもらえたら、より旅行へのハードルが下がるでしょう。

Q. 個人旅行客を誘致する目的で「ビジットジャパンFIT(海外個人旅行)フェア」もタイで開催されていますね

はい。直近では2023年10月、バンコクのショッピングモール「サイアム・パラゴン」にて15回目のFITフェアを開催しました。地方自治体、商業施設、旅行会社など日本側出展者は58団体、タイ側からも航空会社、旅行会社や保険会社など40社が出展し、フェア内での訪日旅行商品の購入額が約8,500万バーツに達しました。

このようなイベントでは、タイ人来場者の方々が、私たちに「日本のここに行ってみたいが、アクセスの方法がわからない」など具体的な質問をしてくださる場面も多く、タイの人たちがどんな情報を求めているかをBtoCで消費者に直接ヒアリングできる貴重な場ともなっています。

Q. 観光業とビジネスコンテンツのコラボレーションの可能性については、どうお考えですか

タイ企業の社員研修やインセンティブツアーとして、日本の会社や工場を訪れるケースも増えています。また、例えば、日本における高齢化問題に対する取り組みを、これから同じ問題に直面するタイ人が視察するなど、広義での「ビジネスきっかけの観光」がもっと増えることを期待しています。

JNTOは昨年12月、チュラロンコン大学のサシン経営大学院と連携して、タイの一般企業を対象にインセンティブツアーに関する調査を行い、調査結果を発表するためのセミナーを実施しました。タイ企業は日本へのインセンティブツアーにおいて、先端技術やノウハウの学習、ビジネスマッチングの機会を求めています。旅行業界においてそのアレンジがスムーズにできてタイ企業と日本企業の交流が増えれば、単なる観光消費額にとどまらない経済的・文化的なインパクトを生むことにつながるのではないかと思っています。

Q. 最後に、インバウンドに取り組むTHAIBIZ読者へメッセージをお願いします

繰り返しになりますが、観光では、誰もが簡単に楽しめる方法を「点ではなく線で」提示することが大切です。

目当てのスポットには、どのような交通手段で行くのか。休憩や買い物場所はどこなのか。いつ、どこでランチするのか。何時に開いて何時に閉まるのか、事前予約は必要か。具体的なスケジュールや段取りこそ、訪日観光客が求めているものです。旅行者の情報収集の労力や決断コストを肩代わりして、地方に行く背中を押してあげるようなイメージです。

在タイ日本人がタイ国内を旅行する時、日本語で観光地名を検索すると、すでにその場所を訪れた人が詳細なレポートを書いてくれているブログなどがヒットします。私も旅行の際には、こういった情報をありがたく活用しています。同じように、リアルで細かい情報にタイ人が簡単にアクセスできる状態になれば、地方を訪問する楽しさが花開き、日本はさらに他国とは一線を画した唯一無二の人気の旅行先になると期待しています。JNTOの活動でも、特定の観光コンテンツについて投稿する際に、詳細なアクセス情報や周辺のコンテンツ情報も取り上げるなど「線」を意識しています。また、日本の自治体等からモデルコース情報を収集してJNTOのホームページに掲載するなど取り組んでいるところです。

観光業における日タイ協業の可能性については、ノウハウの相互共有が挙げられると思います。日本の強みはインフラ、タイの強みはホスピタリティ。互いの強みを学び合って相乗効果が生まれることを期待しています。

THAIBIZ編集部

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