タイ農業の「稼ぐ力」を向上! サイアムクボタの挑戦

THAIBIZ No.161 2025年5月発行

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    タイ農業の「稼ぐ力」を向上! サイアムクボタの挑戦

    公開日 2025.05.09

    農業大国とされるタイだが、生産性の低さや野焼きによる大気汚染など課題は山積みだ。加えてタイの農家は、政府の補助金支給にもかかわらず、過去10年間で債務が増加の一途をたどり、アジアで最も貧しいとの調査結果もある※。このような状況下、独自の取り組みで農家の生産性向上を支援しているのが、農機のトップメーカーであるクボタとタイ大手企業サイアム・セメント・グループ(以下、「SCG」)の合弁会社、Siam Kubota Corporation Co., Ltd.(以下、「サイアムクボタ」)だ。今回はサイアムクボタの谷和典社長にインタビューし、タイ農業の収益力向上に向けた同社の挑戦に迫った。

    ※ 東南アジア最大規模のテック会議、タイのコメ農家はアジア最貧(2023.08.02/THAIBIZ)https://th-biz.com/weekly-news-pick-up-20230802

    Siam Kubota Corporation Co., Ltd.
    President 谷 和典 氏

    1990年にクボタに入社し田植機の開発に従事。2017年に移植機技術部長、2021年に久保田農業機械(蘇州)有限公司の総経理、2023年に作業機事業部長を歴任、2024年11月より現職。

    海外売上高比率は約8割、日本を除くアジアではタイが最大

    バンコク中心部から少し郊外に行くと広大な農場の風景をよく目にするが、「Kubota」とロゴの入ったオレンジ色の農機を見かけることも多い。実はクボタ製の農機は、タイで圧倒的なシェアを誇っている。

    稲作と畑作を支える世界有数の農業機械メーカーであるクボタは、1890年に鋳物メーカーとして創業したのが始まりだった。1922年に農耕用石油発動機の製造を開始したことを皮切りに、1947年には戦後の食糧難への対応として耕うん機、1960年には、高度経済成長期における農村から都市部への人口流入に伴い農業の機械化が加速したことを受け、畑作用乗用トラクタを商品化した。

    また、1953年には建設機械業界へも進出を果たし、パワーショベルの製造を開始した。現在は、トラクタの総生産台数は世界で累計560万台以上、エンジンの総生産台数は累計3,000万基以上。全グループ会社は200社を超えており、連結従業員数は約5万2,094人(2024年12月期)と、130年以上の歴史の中で圧倒的規模に成長した。

    現在、欧州、北米、アジアなど120ヵ国以上で事業を展開する同社の海外売上高比率は79%にのぼり、海外事業が柱となっている。地域別に見ると、アジアの売上高比率は23%と、北米(42%)に次ぐ2番目の規模だ(図1)。

    出所:サイアムクボタ提供資料に基づきTHAIBIZ編集部が作成

    谷氏は「クボタグループの海外での売上規模は米国が最大だが、その次がタイだ」とした上で、「他国の拠点では独資での会社設立が多い一方で、タイではSCGと手を組めたことが成功の要因でもあり、合弁の好例とも言えるだろう」と胸を張る。

    タイでは年間10万台の農機・建機・エンジンを販売

    クボタは1978年に、SCGとの合弁でSiam Kubota Diesel(SKDC)を設立し、タイに進出した。1980年から農業用ディーゼルエンジンの製造販売を開始し、2002年に水田向けのトラクタ・コンバインのタイ国内販売を開始。2007年にSiam Kubota Tractor(SKT)を設立し、2年後にトラクタの量産をスタートした。2010年にコンバインの量産も開始し、同年にサイアムクボタが設立された。現在の出資比率は、クボタが60%、SCGが40%だ。

    2025年1月時点で約2,780人の従業員が在籍し、2024年の売上高は620億バーツに達した。幅広い農機ラインナップや充実したアフターサービス、40年間にわたり築き上げてきた強固な販売網などが特徴である。谷氏は「中国やインドなど低価格帯のメーカー参入動向も注視はしているが、当社は価格で競争するつもりはなく、高い品質やサービス、安定した部品供給で引き続き高シェアを維持したい」と、揺るがない姿勢を見せた。

    同社の売上の約5割を占めるトラクタの年間販売台数は約5万台、うち約4万台は国内で販売し、残り約1万台は周辺国を中心に輸出している。コンバインやエンジンなどを含めると、全機種の年間販売台数は約10万台にのぼり、米、キャッサバ、トウモロコシ、サトウキビ、パーム、ゴムの「6大作物」の機械化を推進している。

    最近の傾向として谷氏は「田植機の売上が少しずつ伸びている。タイは温暖な気候であるため、人の手で種もみをばら撒く栽培方法がメインであったが、最近では機械導入によるメリットが普及しつつある。

    今年は、田植機の操縦に不慣れな人でも真っすぐ進むことができる『自動直進田植機』も発売予定だ」と説明。さらに同氏は「2025年は海外市場の拡大などを見据え、8%増の売上高を目指す。花卉(かき)栽培など、これまで対象としていなかった作物にも参入していきたい」と、積極的な姿勢を見せた。

    タイの社会課題はビジネスで解決を目指す

    タイの農家では、収穫時の負担軽減を目的に収穫前に不要な部分を燃やす「野焼き」が行われることが多いが、今年に入ってタイ政府がPM2.5による大気汚染対策として野焼き禁止措置を打ち出したことは記憶に新しい。谷氏はこれを「ビジネスで社会課題を解決する機会」と表現する。

    サイアムクボタは藁をブロック状に圧縮する農機「ヘイベーラー」の販売を通じて、従来野焼きされていた農業残渣をバイオ燃料や家畜飼料などに活用する取り組みに挑戦中だという。同氏は「当社、SCG、そしてクボタの3社で共同研究を行っている。カーボンニュートラル事業としての側面もあるが、タイの社会課題を解決することを目指して、今後もこのような事業には積極的に挑みたい」との考えを示した。

    ヘイベーラー(写真提供:サイアムクボタ)

    タイの実情に合ったビジネス展開が鍵

    サイアムクボタの成長戦略の一つが、タイの農家の実情に合った製品開発や訴求方法だ。タイの土壌や育てる作物の特徴を踏まえた製品開発について同氏は、「2019年に当社の研究開発部門を分社化し、Kubota Research and Development Asia(KRDA)を立ち上げた。

    ここでは、各種トラクタやコンバインなどの開発や、現地適合性や耐久性の検証などを行っている。当社はKRDAと連携して、タイの事情に合った設計の農機や、トラクタに装着する機器である『インプルメント』を開発している」と説明する。

    タイの特徴として挙げられる最大の要素は、農機の稼働時間の長さだという。四季のある日本での平均稼働時間は年間100〜200時間であるのに対し、タイでは平均800〜1,000時間と大きな差がある。同氏は「農機の耐久性は、タイに合わせておけば他の国にもだいたい適用可能だ」と、タイ製品の高い耐久性についても明かした。

    農家の農機購入に対する認識も日本とタイでは大きく異なるため、訴求方法にも工夫が必要だ。例えば日本では「農作業の労力削減のための機械化」といった考え方が主流である一方、タイでは「機械導入は所得増に向けた投資」という意識が一般的だという。そのため「農機は、所得を増やすための提案をしなければ売れない」と谷氏は話す。

    機械導入の提案の前に立ちはだかる壁もある。それは「農機への投資の余裕を持たない貧しい農家」の実態だ。そこでサイアムクボタは、主力事業以外の側面からも、農家の生産性を底上げするための取り組みを積極的に推進している。

    タイ実証型農場クボタファーム

    クボタファーム(写真提供:サイアムクボタ)

    タイ農業の生産性向上に向けた同社の取り組みとして、タイ実証型農場クボタファーム(以下、「クボタファーム」)の存在が挙げられる。2020年8月にチョンブリー県にオープンしたクボタファームの敷地面積は、35万ヘクタールと広大だ。精密稲作ゾーン、畑作物ゾーン、トレーニングゾーン等の10ゾーンに分かれている。

    谷氏はクボタファームの設立目的について、「ここで新しい農法や、農家の所得向上に繋がるソリューションを提案することで、精密農業による生産性向上を実現させることだ」と説明する。

    世界のクボタグループ会社を見渡しても、クボタファームのような取り組みを行っているのはタイのみだという。この農場の役割は、発売前新製品の「実証試験」、農家の所得向上に向けた「ソリューションの提案」、後継者問題の解決を目的とした「農業の担い手育成」など多岐にわたる。

    最新の機械や技術を用いた研究・実証の場

    クボタファームで行われている研究や実証実験について、谷氏は「ゼロバーン(Zero Burn)」の例を挙げ、「サトウキビの葉を燃やさずに人の手で刈り取るのは農家にとって大きな負担だ。野焼き禁止措置への対応策としてクボタファームでは、収穫前にサトウキビの葉をヒモのようなもので絡めとる機械を開発し、実演している」と説明。

    さらに「農業用ドローンの実証実験を継続的に実施したことで、タイでドローンを使用した農薬噴霧等が急速に拡大した。クボタの農業用ドローンの売上も好調だ」と、成功事例についても明かした。 

    クボタファーム(写真提供:サイアムクボタ)

    2024年12月末時点で、クボタファームの累計訪問者数は約7万1,000人にのぼる。内訳としては、政府・民間企業・その他団体が62%、農家が35%、都市住民・非農家などが3%だ。ディーラーや農家がクボタファームで農機を試し、実際に購入に繋がる例も少なくないが、谷氏は「利益のための取り組みではない」と明言する。最新の機械や技術を活用した農法や管理手法の研究・実証実験を通じてタイ農業の生産性を底上げすることが、クボタファームの主目的だという。

    農家コミュニティ「SKCE」の形成

    SKCE活動の様子(写真提供:サイアムクボタ)

    サイアムクボタは2011年、農家の所得向上支援を目的とした農家コミュニティ「サイアムクボタコミュニティエンタープライズ(SKCE)」を立ち上げた。当初は東北部の米農家を対象にスタートしたSKCEは、現在7コミュニティにまで増え、対象農地面積は4,000ヘクタール、コミュニティメンバーは1,400人にのぼる(図2)。厳格な審査を通過したコミュニティのみを支援対象としている。

    出所:サイアムクボタ提供資料に基づきTHAIBIZ編集部が作成

    谷氏はSKCEについて、「経済的余裕がなく農機を購入できない個人農家を組織化することで、農家全体の生産性を高めることが目的だ」とした上で、「各コミュニティで支援期間を設定し、コミュニティ農家と一緒に事業計画を策定する。当社の支援から卒業し、コミュニティが独り立ちできることがゴールだ」と説明する。

    農作物の加工や販売支援などで収益増を目指す

    SKCEでは具体的に、ナレッジセンターの設立による農業に関する知識と技術の共有、農作物の加工や販売の支援、トラクタなど農機の寄付などを行っているという。例えば、コンバインで収穫後の稲もみは通常業者によって回収されるが、その場合高額な仲介マージンが取られてしまう。

    SKCEでは、コミュニティで収穫したお米の加工と販売を支援することで、農家のコスト削減および収益増に繋げる取り組みを行っている。販売支援においては、2022年にSCG、クボタ、サイアムクボタの3社による合弁会社「KasetInno Company Limited(カセートイーノ)」が展開するオンラインショップも活用しているという。

    谷氏は「実際に少しずつ、コミュニティの所得は上がっている」と成果を明かした上で、「ただし、この取り組みだけでタイ全体の農家の所得を底上げできるわけではない」と難しい表情を見せる。そのためサイアムクボタは、SKCEの活動を知事やタイ政府関係者に発表する場を設けるなど、SKCEの成功事例をモデル化して国レベルに広げるための施策も行っている。実績を積み上げることによる波及効果も、今後は期待できそうだ。

    SKCE活動の様子(写真提供:サイアムクボタ)

    あらゆる側面から農家を支援し、豊かな暮らしの実現へ

    「クボタファームもSKCEも、農家への恩返しの側面が大きい」と、谷氏は明かす。同氏は、タイ農家の生産性の底上げが彼らの所得向上に繋がり、ゆくゆくはクボタ製品への投資となって返ってくることも想定してはいるが、「それが目的ではない」と強調する。

    そして「営利企業でありながら、ここまで献身的に農家を支援し、かつ活動を継続することは容易ではない。タイに赴任して、自分自身も驚き脱帽した。SKCEはタイ人社員の発案で始まった取り組みだが、タイ人のアイデアからはいつも刺激を受けている」と、自社を評価した。

    最後に谷氏は、今後の展望について「当社の副社長はタイ人で、GMクラスも8〜9割がタイ人だ。会社としてさらに成長していくための施策や農家の生産性向上に向けた取り組みについて、日本人とタイ人で共に議論し、社内の連携を強化していきたい。まずは2030年までのロードマップを策定し、実現に向けて着実に取り組んでいく」と語った。

    クボタのブランドステートメント“For Earth, For Life”は「美しい地球環境を守りながら、人々の豊かな暮らしを支えていく」ことを意味する。そのメッセージ通り、サイアムクボタはあらゆる側面から農家を支え、彼らの豊かな生活の実現に向けて道を切り拓いている。タイ農業が「アジア最貧困」から脱する日も、そう遠くないかもしれない。

    THAIBIZ編集部

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