再開発の波、消える人気店街 ~急な立退き、邦人店主が対応苦慮~

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再開発の波、消える人気店街 ~急な立退き、邦人店主が対応苦慮~

公開日 2025.10.06

NNA掲載:2025年9月29日

タイの首都バンコクのスクンビット通り・ソイ26とソイ24/1の多くの飲食店が、期限を1カ月余りとする急な立ち退きを求められている。応じなければ1日1万バーツ(約4万6,000円)の追加費用が請求される厳しい条件に経営者は困惑し、常連客からは長年通った店の閉店を惜しむ声が上がる。バンコク都心部の地価高騰を背景に再開発計画が進む中、国籍を問わず賃借人が不利な立場に置かれるタイの構造的な問題が浮き彫りとなった。

今月30日を期限とした立ち退き要求を受けているスクンビット・ソイ26の一画=24日、首都バンコク(NNA撮影)

ソイ26にあるイタリアンダイニング「Ichigo’s Dining」の石津由紀子オーナーが、土地の所有者から通知書を受け取ったのは8月27日。立ち退き期限は元々の契約更新日だった9月30日に設定され、10月7日までに店舗を明け渡すよう求める内容だった。急な立ち退きに対する補償はなく、10月8日以降も退去しない場合は1日1万バーツの支払いを求める記述もあった。

Ichigo’s Diningが営業するソイ26の一画では、100メートルに満たない通りの両側に20以上の飲食店や宿泊施設が立ち並ぶ。一帯の土地は同じ人物が所有しており、立ち退き通知はそれぞれの店舗に同時期に届いた。

「タイでは、店子(たなこ)は勝てないと聞いていた」。交渉せずに店舗の移転を決めた理由を、石津氏はそう明かした。係争に発展した場合、次のビザの更新や会社自体の存続に影響するかもしれない。そのような危惧があった。

イタリアンダイニング「Ichigo’s Dining」の石津由紀子オーナー(右)=24日、首都バンコク(NNA撮影)

NNAが話を聞いた法律専門家によると、タイには日本の「借地借家法」のように賃借人を保護する法律はない。賃貸人が契約更新を拒むことに制限はなく、全ては契約書に準拠することになる。

「契約書もうまくできていた」と石津氏は続ける。3年前の更新時、契約書には「立ち退きに際し事前告知をする必要はない」との条項が追加され、他にも賃借人に不利な内容が盛り込まれていた。一帯の店舗が同じ条件を提示されたが、「みんなサインするしかなかった」という。タイでは借り手が弱い立場にあることは、当事者間でも認識されていた。

Ichigo’s Diningは2021年9月に開業した。売り上げは堅調で、カウンター席がメインの小規模店舗ながら7人の従業員を雇用している。

利用客は日本人駐在員を中心に、出張者や旅行者がリピーターとして数多く訪れる。取材日も午後7時を前に店内はほぼ満席で、予約のない客は入店が難しい状態だった。カウンターでは、閉店を惜しみ、移転先を心配する声が飛び交った。「行き場がなくなる」との駐在員の声もあった。最近では外国人客も増えていたという。

拡大する客層に対応するため、今年の年始とタイ正月(ソンクラーン)を利用して改装した。団体客を受け入れられるよう約200万バーツを投じた2階と3階の工事が、3カ月前に完了したばかりだった。

3年前の更新時から不安を覚えていた石津氏は、管理人に対し何度も「次の更新はできるのか」との確認を取っている。そのたびに「大丈夫だ」と言われたために踏み切った改装だった。回収できない設備投資に加え、移転となればさらに500万バーツ程度の資金が必要になる。外国人事業者に対する銀行融資の条件は厳しく、石津氏は現在、常連客の協力でクラウドファンディングを立ち上げ、資金繰りと移転準備を急いでいる。

年末まで継続の可能性

ピアノバー「WAON」の隅田つかさオーナーは、可能な限り営業を続けようと考えている。店舗によっては管理人を通じて土地の所有者と交渉を続けており、WAONも先方の弁護士から「年末までは営業できるのではないか」と伝えられている。ただし、期限が迫る中で不確定要素が多い上、継続する場合も、家賃の増額などの追加条件が課される可能性は高い。

WAONでは、プロのピアノ演奏とともに本格的なスコッチウイスキーを提供している。楽器経験者によるセッション参加も歓迎で、生演奏をバックに好きな歌を歌うこともできる。隅田氏が取材に応じた24日も、午後8時の開店時刻から次々と客が入店し、9時までに半数以上の席が埋まった。日本人を中心とした客の中には、出張のたびに必ず寄るという元駐在員や、10年来の常連だという人も。利用客からは、「接待の後などに1人で訪れる憩いの場だった」といった声が聞かれた。

隅田氏が立ち退き通知を受け取ったのは8月15日。現在も、移転の見通しは立っていない。

地価高騰で進む再開発

一部の店舗には立ち退き通知が届いた数日後、ソイ26周辺店舗の郵便受けに一束の書類が投函(とうかん)された。タイの不動産・ホテル開発会社エラワン・グループとコンサルティング会社が主催した、近隣住民や関係者を対象とした説明会の資料だった。そこで明かされていたのは、「プロジェクト S26」と銘打った開発計画。ソイ26の入り口に、3~4階建ての商業ビルと高層ホテルを建設するとの内容だった。

資料によれば、建設予定のホテルは地上34階建てで客室数は449室。延べ床面積は約4万平方メートルに及ぶ。場所は、シンガポール系商業銀行UOB(タイ)の本社ビル「UOBプラザ・バンコク」に隣接すると説明されていた。

エラワン・グループはNNAの問い合わせに、計画は進行中であり、すでに投資家への説明も完了していると回答した。建設費は20億バーツで、29年の開業を予定しているという。

同社は昨年12月、バンコクの高架鉄道(BTS)プロンポン駅近くの一等地で、2ライ(3,200平方メートル)を超える土地のリース契約を締結したと発表している。事業開発に80億バーツを投じ、うち60億バーツは土地のリースに充てられる計画が示されていた。ソイ26入り口が該当するとみられ、再開発は既定路線だったようだ。

前出の法律専門家は、バンコク都心部で近年、土地価値が急騰していると指摘した。このため、コンドミニアムや商業施設の建設など、より収益性の高い再開発のために既存のテナントが立ち退きを命じられるケースは珍しくないという。

説明が不十分な立ち退き要求を受け、店舗オーナーや利用客の間では「UOBのビルが建つ」「(ソイ26の入り口付近に位置する)アライズ・ホテル・スクンビットが立ち退きを受け入れたために展開が加速した」などのうわさが広がっていた。しかし、UOBはNNAの取材に対し「事業所の新設や増築の予定はない」とうわさを否定。アライズ・ホテルも、「立ち退き通知は受け取っておらず、営業を続ける」と回答した。

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