カテゴリー: 組織・人事
連載: Asian Identity - タイ人事お悩み相談室
公開日 2024.08.26
「Question:タイ人の遅刻をはじめ、社内ルールの緩みが気になります。あまりうるさく言いたくないですが、規律が緩んで不正が起きても困ります。どうしたらよいでしょうか。」
「Answer:性悪説でルールを作り、性善説で運用しましょう。」
コラム第3回です。今回は、「社員に対してどこまで厳しくするか?」という海外拠点の典型的なお悩みを取り上げます。
海外拠点においては、コンプライアンスをはじめとするルール管理は国内よりも高い感度が求められます。タイ人だから不正を働く人が多いわけではありませんが、商習慣の違いや言語の問題によるルール理解のズレ、あるいは採用ミスで倫理観の低い人を入れてしまうなど、国内よりは不正が起こりやすい土壌があると言えるでしょう。
また、不正とまではいかないまでも、毎日の時間管理や、社内申請などに関して、「おや?」ということが日々頻発するのが海外でのマネジメントです。こうしたことにいちいち目くじらを立てたくないものですが、一方できちんと取り締まらないと社内のタガが緩んでしまう。こうした葛藤を抱える日本人リーダーは多いのではないでしょうか。
かくいう私も、以前は細かいルール違反にいちいちイライラしてしまうマネージャーでした。
タイ人のルールを無視した経費申請や、許可を得ない行動が目に付くと、「なんで勝手なことをするの?聞いてないけど?」と社内メッセージツールで強めの反応をしていました。今思えば、単なる誤解や悪気の無いものばかりだったので、丁寧に指摘だけしておけばよかったと思います。
しかし、マネージャーとしての経験が浅かった私は、「ルールを破る=自分は尊敬されていない」と解釈し、感情的になってしまっていました。
こうした上司の言動に、部下は敏感にリアクションします。「この上司はこんなことでイライラするんだな」「コミュニケーションは最低限にしたほうが無難だ」と判断し、どんどん距離が離れていってしまいます。その修復には何年もの時間を要しました。
細かなことにイライラする上司は、タイでは尊敬されません(日本でも同じかもしれませんが)。海外勤務歴が浅いマネージャー、あるいは日本でマネジメント経験を持たない方などは、まずここに躓かないように注意しましょう。
では対応を甘くすればよいのかというと、もちろんそうではありません。海外拠点ならではのマネジメントスタイルを身に着けることが重要です。
私は、海外拠点でのマネジメントでは性善説と性悪説の2つを「併用する」ことがカギであると考えています。
「性善説」と「性悪説」という言葉は、マネジメントの世界でしばしば用いられます。前者は中国の儒教の思想家・孟子(もうし)、後者は荀子(じゅんし)により提唱されたと言われています。
日本企業はしばしば「性善説」で経営していると表現されます。つまり「どんな人でも、最終的には話し合えば何とかなる」という信念のもとに、愛情を持ってマネジメントをするというものです。
しかし、不祥事やコンプライアンス違反が起きたり、あるいは業績が厳しくなる中で、「性悪説でマネジメントしよう」とガバナンスの強化をする企業が増えています。基本的にはその方向性は間違っていません。
ただし、ひとつ注意すべき点があります。
一般的に「性悪説でマネジメントする」というと、「部下を信用せずに疑ってかかる」というイメージがあるのではないでしょうか。実はその解釈は完全には正しくありません。
「性悪説」を唱えた荀子(じゅんし)の言葉をよく読むと、「人間は放っておくと悪いことをしてしまうものだ。だからルールの強化が必要だ。それがあれば、人間は正しい人物になれるのだ」と言っています。
つまり、荀子は「人間は絶対的に悪人である」と言いたいわけでは決してなく、むしろそうならないために努力することの重要性や、人間の成長の可能性を説いているのです。
そう考えると、「人は善人である」と唱えた性善説とさほど根本は変わらないように思えます。つまり両者は二律背反の概念ではなく、同時に適用することが可能なのです。
これをビジネスの文脈に当てはめてみましょう。
まずルールは「性悪説」で厳格に設定し、チェック機能もしっかりと持たせることが必要です。
例えば弊社では、遅刻したらチャットツールの指定のチャンネルに自己申告で報告するルールになっており、チーム全員に通知が行きます。それがなされたかどうかはお互いにわかりますし、HRが最終的にはチェックしています。遅刻を一定回数すると有給休暇が取り消しになります。
タイ人スタッフも、自分が損することはしたくありませんから、遅刻しないようにできる限り自己管理します。あまりに遅刻が続く場合は指導を入れますが、基本的にはルールだけで社員が自分を管理できることを目指しています。
上司は、ルールをしっかりと適用した上で「まぁそういうこともあるよね。次は気を付けてね」と対応します。ルールですでに罰されていますから、さらに言葉で罰する必要はないのです。
ポイントは、「誰しも何かしらの理由で、ミスを犯すことがある」という前提に立つことです。
読者の皆さんの中で、うっかり経費精算を間違えたり、ちょっとだけ仕事をサボってしまったということが一度もない人はいるでしょうか?
少なくとも私は、時々そういうことはありましたし、今もないとは言えません。人間、そんなに完璧ではないのです。自分が完璧でないのに、部下には完璧を求めるのは、健全とは言えないでしょう。
「誰でも悪人になる可能性がある」という性悪説によって、漏れの無いルールを作る。一方で、「目の前の人は悪人ではない」という性善説で、愛情を持って接する。これが私が考える、性善説と性悪説の併用です。
今回の例で見てきたように、私たちは多くの場合、対立する「二軸」の間で悩みます。
厳しくするか、優しくするか。
口を出すか、見守るか。
攻めるか、守るか。
論理で答えが導けるものには、人はそれほど悩みません。THAIBIZの読者の皆さんであれば、論理的な問題解決スキルはすでに身に着けている方が多いでしょう。
一方で、上記のような対立する問いには、論理的な答えはありません。答えが無い問いに直面した際に、人は悩むのです。
私は多くの経営者と接していますが、優れたリーダーはこの「答えの無い問い」に「自分なりの答え」を見つけることに長けています。
ポイントは、「矛盾を統合する」ことです。これを同じく儒教の考え方を用いれば、「中庸」と表現することができます。
中庸とは、「偏りがなく調和がとれていること」という意味ですが、なんとなく足して二で割ることでもありません。中途半端に問題を放置しておくことでもありません。
矛盾から逃げずに考え抜き、知恵を絞って自分なりの最適解を見つけだす。そうした忍耐力や思考力を発揮することで、矛盾がより高次元のレベルで解決されていく。そうしたリーダーの姿勢が、ビジネスの文脈における「中庸」です。
中庸に至っている人は、すっきりと腹落ちしたような表情をしています。腹落ちするまで考え抜くことで、自分の中でのブレークスルーが得られているのです。
タイでの仕事は答えの無い問いにたくさん直面すると思います。ぜひそこから逃げずに、中庸の姿勢で立ち向かっていってください。
お読みいただきありがとうございました。本コラムではこれからも皆さんからのお悩み相談をお待ちしています。
株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役
中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)
愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。
人事に関するお悩み・ご質問をお寄せください。
「タイ人事お悩み相談室」コラムで取り上げます!→ [email protected]
Asian Identity Co., Ltd.
2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。
◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com
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