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公開日 2025.12.22
日本では近距離移動で当たり前のように使っていた自転車や電動自転車も、バンコクではほとんど利用しなくなった。未整備の歩道や冠水対策として設置された大きな段差、道路の狭さなどから、自転車での移動は不便だと容易に想像できるためだ。
アジア太平洋地域における交通部門の二酸化炭素(CO2)排出量は、世界全体の約40%を占めている(アジアン・トランスポート・オブザーバトリー、2024)。CO2削減には、短距離移動の手段をガソリン車からアクティブモビリティ(徒歩や自転車など身体の力を使った移動)や電動モビリティへ転換することが効果的だとされる。しかし同地域の多くの国では、こうした需要に応えるための交通インフラ投資が依然として大きく不足しているのが現状だ。
こうした中、アジア開発銀行(ADB)は12月1~4日、「アジア太平洋地域における電動モビリティ拡大のための資金確保に関する地域会議・ワークショップ」を、バンコクの国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)で開催。12月1日に開催された専門家グループ会議「アクティブモビリティと電動モビリティのための都市計画」には様々なステークホルダーが招かれ、多角的な議論が交わされた。
本記事では、12月1日の会議で共有された知見や事例の一部を紹介する。さらに、バンコクで電動タクシードライバー向けバッテリーサブスクリプションサービスに関する有償の実証実験を予定している株式会社東芝の石井張愛氏に話を聞き、タイにおける電動モビリティ拡大の課題や解決策について考える。
目次
同会議では、「現在のインフラ整備と都市開発の傾向が続けば、2050年までに徒歩や自転車などによるアクティブモビリティが40%減少する」という調査結果が示され、アクティブモビリティへの効率的な転換をいかに進めるかが議論された。
ESCAPによれば、アクティブモビリティがもたらす利点は、①身体活動による健康促進、②歩道整備などによる安全性の向上、③経済格差に左右されない公平性、④CO2排出量の削減、⑤関連投資による経済活性化、⑥公共交通との効率的なファースト/ラストマイル接続によるマルチモーダル交通の強化-の6点に整理される。

アクティブモビリティを代表する手段の一つが自転車である。会議では、自転車普及の成功例としてオランダの取り組みが紹介された。同国インフラ・水管理省でアクティブモビリティを担当する国際政策官のTeun Zeegers氏は、「公共交通ハブ周辺に安全な自転車インフラや駐輪場を整備することで、公共交通と自転車の相乗効果を最大限に引き出せる」と説明した。実際、オランダでは鉄道利用者の約半数が駅までの移動に自転車を使用し、自転車移動距離の4分の1が駅との往復に充てられているという。
さらに興味深い点として、「自転車+鉄道」の利用者の66%は自動車を保有しているにもかかわらず、あえて自動車ではなく自転車と鉄道を組み合わせて移動していることが明らかになっている。
Zeegers氏は、オランダで自転車利用が根付いた背景として、ソフト・ハード・オルグウェア(仕組みづくり)の3側面からの政策アプローチが大きく寄与したと指摘し、「自転車利用を交通システム全体に統合することが重要であり、各国・各都市に適した方法を見つけることが鍵となる」と強調した。
会議では、公共交通利用率が高く、自転車インフラ整備が進むシンガポールでシェアサイクル事業を展開するAnywheel社の事例も紹介された。同社はシンガポールで3万5,000台の自転車をレンタル提供しているが、タイでは7,000台(2023年)にとどまる(同社ウェブサイトより)。こうした数字からも、タイではまだ交通システム全体に自転車利用を組み込む段階には至っていないことがうかがえる。
国際交通開発政策研究所(ITDP)によれば、「2030年までに11の重点都市で6,600台のバスを電動化すれば、温室効果ガス排出量を90万トン(CO2換算)削減できる」とされ、会議内では電動バスをはじめとする電動モビリティ普及の方向性についても議論された。
タイでは、アクティブモビリティが思うように促進できていない半面、公共交通における電動モビリティの普及は近年急速に進んでいるように感じる。例えば、バンコクでは電動バスを見かける機会が確実に増えている。赤い車体で知られる日系メーカーの旧式路線バスは、2027年までにすべて電気自動車(EV)に切り替えられることが決まっている(朝日新聞 2025年10月4日)。
電動化の動きはバスにとどまらない。短距離移動で最も身近な存在であるバイクタクシーの電動化も進みつつあり、その取り組みを牽引しているのは日本企業だ。
株式会社東芝と、島根大学発スタートアップである株式会社ナチュラニクスは、2024年9月から今年3月まで、電動バイクタクシードライバー向けバッテリーサブスクリプションサービスの実証実験をバンコクで実施した。この実証では、東芝が供給するリチウムイオン電池「SCiB™」をベースに、ナチュラニクスが開発・製造したバッテリーパック、充電器、バイクが使用された。
そして今年12月からは、対象となる台数や地域を拡大し、有償でサービス提供を行う次段階の実証実験が予定されている。
東芝の電池事業部で同実証を担当する石井張愛氏は、THAIBIZ編集部のインタビューに対し、バイクタクシー電動化の最大の障壁を「①初期費用の高さ、②稼働率が非常に高く充電時間の余裕がほぼないこと、③電池劣化が進んだ後の安全リスクーの3点」に整理する。
「タイではバイクタクシーが都市交通において非常に重要な役割を果たしているが、一般ユーザーとは異なり、ほぼ一日中稼働し続けたい“プロ用途”であるため、電動化のハードルも高く、適切な電池技術と運用モデルが求められる」と、同氏は課題を指摘する。
さらに、「東芝としては、長寿命・高安全性・急速充電性能という特徴を持つSCiB™がこの領域に貢献できると考え、現地でモビリティ事業展開を予定していたナチュラニクスと協力し、実運用に近い形の実証を始めた」と、これまでの取り組みの背景を説明した。

従来型のリチウムイオン電池は、高い充放電レート(バッテリーの容量に対する充電・放電電流の速さを示す指標)や深い充電深度(充電された容量に対する放電の割合を示す指標)を繰り返す運用では劣化が早まりやすく、交換頻度が増えることでコスト負担が重くなるという課題がある。
その点、SCiB™は急速充電と長寿命を両立できるという特性を持つ。石井氏は「ドライバーの昼休みに、10分間の急速充電で十分に回復できる。年間走行距離が圧倒的に長いバイクタクシーでも、長寿命で安定した運用ができることは、コスト面で大きな優位性となる」と胸を張る。
2024年9月に開始した第一回実証実験では、バイクタクシーの稼働パターンにもSCiB™が適しているという手応えを得たという。次の有償実証実験について、石井氏は「利用台数は比較的小規模に始め、最大100台程度を目途に考えている。充電ステーションは5か所に増設する予定だ」と説明する。
同氏はさらに、「バイクタクシー分野で電池交換式インフラが普及すれば、電池への初期投資が大幅に軽減され、車両の導入費用も下げられるため、電動化のハードルは大きく下がる」と期待を示した。
バイクタクシーという“東南アジアならでは”の交通手段に対し、日本企業が現地の課題に根ざした技術と運用モデルで挑んでいることは、日本企業の新たな可能性を示す好例といえる。こうした取り組みの積み重ねが、交通インフラへの投資を後押しする力ともなり、タイの交通と環境の未来を着実に変えていくのだろうと期待が高まる。

THAIBIZ編集部
白井恵里子

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