
連載: 在タイ日系企業経営者インタビュー
公開日 2026.06.10
タイで30年の歴史を刻む日立ハイテクタイランドが、いま、大きな転換期を迎えている。中国企業の台頭や日系製造業を取り巻く環境の激変により、従来の商事取引だけでは厳しくなるなか、昨年着任した薄(すすき)社長が掲げるのは、日立グループの総力を結集した事業ポートフォリオの転換だ。部材販売から、顧客の課題を解決するソリューションプロバイダーへ。同社長が描く、タイの未来に寄り添う成長戦略を聞いた。
(インタビューは3月31日、聞き手:THAIBIZ編集部)
目次
日立ハイテクのタイ法人である当社は1994年の設立以来、半導体デバイスや樹脂材料、機能部品といった部材の輸出入を行うトレーディング事業を主軸に成長してきました。OA機器や家電、自動車部品など、タイの日系製造業の発展と共に歩んできた30年と言えます。しかし、現在は大きな岐路に立っています。日系製造業を取り巻く環境は激変しており、単に「部品を買って売る」という従来のトレーディングモデルだけでは、もはやお客様に十分な価値を提供し続けることはできません。
私が昨年着任した際の最大のミッションは、この30年の顧客基盤を活かしつつ、事業ポートフォリオを「変革」することです。グループトップである日立製作所の德永社長が掲げる「真のOne Hitachi」を実現するために、グループが持つ多様なプロダクトをデジタルでつなぎ、新しい価値を生み出す。いわば、31年目の再出発を切った段階です。
われわれの最大の強みは、長年の活動で築き上げた深い「顧客基盤」にあります。これを活かして、日立グループ各社が持つ優れたプロダクトやデジタルを掛け合わせていくことで顧客の課題を解決していきます。タイで需要が急増している省エネ分野もその一つです。現在、データセンターの拡大に伴う電力不足や、工場の再エネ活用はタイの大きな課題です。そこで、日立アジアのICE(日立産機システム)部門と連携し、工場にある設備の稼働状況とエネルギーの使用状況を可視化・監視するIoTソリューションを提案しています。

また、自社グループだけで解決できない課題に対しては、外部パートナーとの連携をいといません。例えば、タイでニーズが高まっている蓄電池事業では、タイ大手企業のグループ会社と連携しています。日立グループが持つプロダクト・ソリューションに現地パートナーの技術や製品を組み合わせ、顧客の提供価値を創出する。この「フロント機能」こそが、今のわれわれの役割です。
省エネ分野に加え、タイ政府が後押ししている成長産業である人工知能(AI)・デジタルトランスフォーメーション(DX)、中長期的には半導体やヘルスケアといった成長分野の社会課題に対し、日立グループにしかできない“尖った技術”で挑んでいきたいと考えています。
AIについては、インフォマティクス技術を活用した研究開発(R&D)支援も行っています。タイ人のデータサイエンティストを採用し、チュラーロンコーン大学などの現地アカデミアと連携しています。具体的には、素材の研究開発期間を短縮することを目指したマテリアルズ・インフォマティクス(MI)技術の活用などです。

半導体産業においては、タイ政府が掲げる「タイ国産チップ」の実現に向け、測長SEM(走査電子顕微鏡)をはじめとした最先端の技術で、製造における課題解決に貢献することを目指しています。 またヘルスケア分野では、タイが官民一体で進めるウェルネス・ツーリズム(医療観光)のハブ化という高い目標に対し、日立アジアと連携。粒子線がん治療装置(PBT)などの高度な治療装置を提供することで、社会課題の解決にグループの総力を結集して挑んでいます。これらは単なる製品販売にとどまらず、中長期的な視点でタイの未来を共創する、難易度の高いプロジェクトと言えます。

着任後すぐに感じたのは、社員のエンゲージメント(貢献意欲)が低いという課題でした。上司からの指示を待つ姿勢が強く、「自分たちで会社を良くしていこう」という意欲に欠けていたのです。そこで、全社員60名との1on1(個人面談)を行いました。タイのスタッフは、大勢が参加する会議の場ではなかなか本音を言いません。しかし、一対一で向き合うと、「実はこう変えたい」「ここが不満だ」という切実な思いが見えてきました。
さらに、匿名で意見を出せる目安箱も設置しました。匿名にすることで、より率直な意見を吸い上げる仕組みです。上がってきた意見を一つずつ吟味し、スピード感を持って改善に繋げる。そうした対話を重ねることで、ようやく「自分たちの意見で会社が変わる」という実感が芽生え、前向きな雰囲気が少しずつ醸成されてきたように思います。
現在、日本人駐在員がマネジメントを担う体制から、タイ人スタッフが主役となるよう役割を変えているところです。日系企業の顧客が多いため、いきなり営業体制を変えるのは難しいですが、この1年で日本で留学経験・営業経験のあるタイ人やデジタルリテラシーの高いタイ人を新たに4名採用し、先を見据えた人材育成を進めています。最近では、タイ人スタッフが新しい企画を提案したり、展示会の出展・運営を自立的に行い新規顧客のリードを獲得したりと、少しずつですが成果にも現れはじめています。
近年のタイにおける中国企業の勢いは凄まじく、経済合理性の意識が高いタイの顧客に対して、コストやスピードだけで戦うのは厳しくなってきています。しかし、われわれが目指しているのは単に「どこでも買えるモノ」を売ることではなく、顧客が抱えている真の課題を探求し、日立ハイテク・日立グループが持つプロダクトやデジタルを掛け合わせて、タイの社会課題に直結する解決策を提供することです。
タイにおける日立グループのフロントとして、「日立と一緒にやれば、課題を解決してくれる」と信頼してもらえる存在になりたい。これまでの歴史とグループのネットワークを基盤に、タイ人スタッフの感性を合わせて、タイの成長と社会課題の解決に貢献していく。それが、31年目を歩む日立ハイテクタイランドの決意です。
Hitachi High-Tech(Thailand)Ltd.
薄浩毅 社長
1997年、日立ハイテクの前身である日製産業に入社。グローバル営業を歩み、2011年から6年間、中国・深センに駐在。本社のサプライチェーン・プラットフォーム統括本部戦略本部長を経て、2025年より現職。長年の海外営業の経験を武器に、グループの連携を軸とした事業構造の転換を牽引する。

THAIBIZ編集部
和島美緒


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