カテゴリー: 自動車・製造業, ASEAN・中国・インド
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.08.02
7月11日付バンコク・ポスト紙はビジネス8面で、「中国の電気自動車(EV)はタイの自動車市場を狙っている」というロイター通信の記事を転載している。この記事は長年、日産自動車と提携してタイの自動車産業の発展の担い手となり、タイ有数の財閥企業となったサイアム・モーターズが現在、EV市場をにらみ複数の中国の自動車メーカーと交渉しているという内容だった。
中国のEV関連企業のタイ進出自体は最近ではごく日常的なニュースでしかないが、日本企業に最も近いと思われていたタイ財閥の一角であるサイアム・モーターズもいよいよ中国EVメーカーに傾斜しつつあると国際通信社が伝えたインパクトは大きかった。そして今号で報告したエナジー・アブソリュートの工場見学はタイでも始まっているEVとバッテリー製造現場を見ることができたという意味で非常に印象深いものがあった。
「東南アジアの電気自動車(EV)導入、国内生産開始の取り組みは成功しつつあるように見える。東南アジアでのEVの販売は急増しつつあり、世界のEV、バッテリー大手は東南アジアでの巨額投資を約束した」
米金融情報大手ブルームバーグ傘下のエネルギー調査会社ブルームバークNEFは7月3日、タイ・バンコクで、「電気自動車(EV)見通し2023」リポートに関する記者会見を行い、東南アジアでのEV市場の現状をこう概観した。
同社のアジア太平洋運輸部門担当上級アナリストのアレン・トム・アブラハム氏は、EVはより多くの分野で広がりつつあり、全世界でのシェアは乗用車で14%、バスでは38%、2輪・3輪では49%に達する一方、バンやトラックでは3%にとどまっていると報告。また、地域別のEV乗用車の販売台数伸び率で東南アジアは前年比219%増と、トップのインド(220%増)とほぼ同水準だったことを明らかにした。ちなみに日本は100%増、中国は95%増、米国は50%増、欧州は17%増だった。
同リポートによると、2022年の東南アジアのEV乗用車の販売台数は5万1000台と前年比でほぼ3倍増。EVのうち特にバッテリーEV(BEV)の伸びが顕著で、2021年の約5000台から3万3000台に急増。特に中国・上汽通用五菱汽車(ウーリン)、韓国・現代自動車、ベトナム・ビンファストなどがEV生産能力を増強したインドネシア、ベトナムでBEV急増。また、政府が補助金、減税、輸入関税免除などが乗用車市場におけるEVのシェアを拡大、トップのシンガポールが13%、タイも前年の2%から5%まで拡大した。
同リポートは、東南アジア市場での中国メーカーの台頭ぶりについて、「インドネシア、タイ、ベトナム、シンガポールのBEV販売台数の約57%が中国ブランドだ」とし、特にウーリンがインドネシアを中心に東南アジアのトップブランドで、ベトナムのビンファストが2位だという。一方、中国の長城汽車、上海汽車グループのMGブランドはタイでの販売が大半で、米テスラ、中国のBYDはシンガポールで優勢だ。
また、2022年の電動バス販売台数は約1600台と前年の400台から急増したが、そのうちタイが1200台超と大半を占めているのが興味深い。同リポートによると、タイ政府はバンコクの一部バス路線の運行免許を民間企業に認可し始めたことで、「タイ・スマイル・バス」が2023年第1四半期までに71路線で約1250台の電動バスを運行しているという。これはエネルギー大手エナジー・アブソリュート(EA)が製造している電動バスだ。
また、充電装置の設置状況では、東南アジア全体(ベトナムを除く)で2022年までに6700カ所に公共充電ポイントが設置され、国別ではタイがトップで、シンガポールが続く。ただ、充電装置1基あたりのEV台数ではシンガポールが5台と最も少なく、EV台数に比べた充電装置の密度(普及率)が高くなっている。続いて、タイは16台、インドネシアが19台で、世界平均の10台を上回っているが、日本と米国の21台、英国の22台、ドイツの25台より少ないのが意外だ。ちなみに中国は8台となっており、普及率はシンガポールに次いで高い。また、タイの充電ステーションの運営業者についての調査では、EA系の「EA Anywhere」が最も多く、地方配電公社(PEA)系のPEA Volta、PTT、SHARGEなどと続いている。
一方、東南アジアのバッテリー製造能力は2022年時点ではわずか2ギガワット時(GWh)に過ぎないが、2025年までに66GWhまで急増する見通しで、国別ではマレーシアが31GWh、インドネシアが25GWh、タイとベトナムがいずれも5GWhと見込まれている。
同リポートは世界でのEVの普及については今後も順調な伸びが続くとの見通しを示している。世界については、2026年の段階で乗用車EV(BEVとPHEV)の販売台数は2660万台となり、全乗用車に占めるシェアは30%に達すると予想。さらにバッテリー価格の下落が長期的にはEV導入の主要けん引役になるとした上で、2040年までに乗用車におけるEVのシェアはメーンシナリオで、75%に達するとの強気の見方を示している。
一方、東南アジアについてはまず、「インドネシア、ベトナム、フィリピンなどでの人口増加と富の拡大により、東南アジアでの全乗用車の販売台数はメーンシナリオで2022年の250万台から、2040年には460万台に増加する」と予想。インドネシア、マレーシア、タイでの乗用車販売台数の東南アジア域内でのシェアは2022年の75%から61%に低下し、東南アジアの新興国のシェアが拡大するとしている。その上で、東南アジアでのEV乗用車の販売台数は2022年の約5万1000台から2030年には50万台を上回り、2040年には290万台になるとの予測を明らかにした。この結果、東南アジアにおける全乗用車に占めるEVのシェアは2030年には14%、2040年には64%に達するという。
同リポートは「シンガポールとタイが東南アジアでのEV導入を先導している」とした上で、両市場は、インドネシアやベトナムに比べEVに対する最も支援的な政策、1人当たりGDPの高さなどがあるためだと指摘。さらに両国は電力インフラが安定的で、充電装置の配備に積極的なこともあるとした。一方、中国と韓国が現地国内製造施設を開設しているインドネシアは2040年には乗用車の新車販売の60%以上がBEVになるなど、EV導入が加速していると指摘した。
ブルームバーグNEFはもともと今回の「EV見通し2023年」リポートを全世界では6月8日に発表している。そのプレスリリースによると、全世界でのEVの走行台数は今年の初めの2700万台から、2026年までには1億台を超え、2040年には7億台超に達すると予測している。同社のEV担当ヘッドのアレクサンドラ・オドノバン氏は、「バッテリーを通じた直接電動化が最も効率的で、コスト効率も高く、道路輸送の完全脱炭素化に向けた商業的に可能な方法だ。ただ、大型トラックや充電インフラ、原料供給などの分野では強力な政策の後押しが必要だ」と概観している。
同プレスリリースは、こうした世界的なEVシフトにより、内燃機関(ICE)車は既に2017年にはピークアウトし、長期的な減少トレンドにあると強調。また、「道路輸送における石油需要は2027年にピークを迎えるだろう」と予測している。ちなみにこの道路輸送における石油需要は、既に欧州と米国ではピークを過ぎ、中国も2024年にピークを付けるという。
一方で、「バッテリーサプライチェーンの全分野で大型の投資が必要」、「バッテリー向けの金属では供給面でリチウムが最も懸念される」などの課題も指摘。また、EVシフトの自動車の分野別分析では、バスと2輪車のCO2のネットゼロ化への軌道は順調だが、「大型トラックはネットゼロへの軌道までははるかに遠く、政策当局者の重点施策にすべきだ」との認識を示している。
このブルームバーグNEFのEV見通しは、特に欧米の政策当局、業界が従来から主張しているEVシフトの意義と見通しについて、その姿勢がほとんど揺らいでいないことを示している。バッテリーの資源問題、充電インフラの整備の遅れ、そして特に、EVの原動力である電力不足と、その原料が化石燃料に依存していることへの問題意識は薄い。「クリーン電力への投資は道路輸送の電動化と手を携えて行われるべきだ」と提言している程度だ。トヨタ自動車のマルチパスウェー戦略のように、世界各地での電源構成の相違に伴う自動車の脱炭素化のさまざまな道筋についてはほとんど考慮されていない。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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