ArayZ No.136 2023年4月発行ASEAN-EV市場の今〜タイ・インドネシアEV振興策および主要自動車メーカーの戦略〜
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カテゴリー: 自動車・製造業, ASEAN・中国・インド
公開日 2023.04.10
目次
【GWMの戦略】
● タイをEVの生産拠点とする方針。2021年にHVの生産を開始し、24年までにタイでのEV生産開始を計画
● SUVブランドの「HAVAL」、EVブランド「ORA」に加えて、2023年に新型オフロードのブランド「TANK」を発表
● 3ブランド×毎年3つのモデル⇒3年間で9つのxEVモデルを展開する計画「Mission 9 in 3」
● 2023年には、「ORA Good Cat」、「TANK 300」、「TANK 500」など5モデルのxEVを投入する計画
● ディーラーを介さない直販を業界で初めて開始し、ディーラーは在庫をもたず、納車、サービスの機能に特化
タイのEVメーカーとして台頭しているのが、中国系のGWM(長城汽車)である。GWMは、2020年の進出時に3年で毎年3モデルのEV・ハイブリッドを発売する「9 in 3」戦略を発表。21年10月末から小型EVの「ORA Good Cat」の販売を開始し、22年には約4,000台を販売、EV市場で首位に立った。
同社が掲げるブランドポリシーは、「カスタマー・セントリック(顧客中心主義)」。5年間の車の保証期間、無料のデジタルアプリケーションの全車種への標準搭載、単一の車両価格などで顧客の歓心を買う。ディーラーを「パートナー」と呼び、ディーラーに在庫をもたせず、販売はGWMが自ら行い、ディーラーは納車、アフターサービス、CRに専念する新しい売り方で業界に旋風を巻き起こしている。購入者層は主に若年層や女性が中心であり、若者が集うサイアムスクエアに店舗を構えるなど若者向けのブランド戦略を展開している。
23年3月に筆者が面談したGWMの幹部によると、社長の方針として、全て自社でコントロールするよう日頃から言われているとのこと。そのため同社は、タイでは他の中国メーカーと異なり販売会社も現地パートナーと組まずに独資で展開している。その結果、現地ディーラーに頼らない販売体制になっており、全車種のワンプライスでの展開を可能としている。
【BYDの戦略】
● 2022年10月に「ATTO 3」の販売を開始した後、BEV・HEVの3モデルを2023年4月までにタイで販売する予定
※ タイ国内販売では現地財閥(サイアムモーターグループ)に独占販売権を付与
● タイで2024年から生産能力15万台の工場を稼働予定。右ハンドル車の生産拠点とし、東南アジア、欧州、 その他の国に輸出する計画
2022年8月末に中国最大のNEV(新エネルギー車:BEV(電気自動車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)の総称)メーカーであるBYDがタイでで2024年までに179億バーツを投じ、年産15万台規模の工場設立を発表した。同社初の海外工場であり、タイからASEANや欧州などに輸出を拡大する。
同社がタイ東部ラヨーンのWHA工業団地から600ライ(96ヘクタール)の広大な用地を購入し、将来的にはサプライヤー向け用地も含めてさらに500ライを追加購入する計画である。また、子会社で38億9,000万バーツを投じ、タイ国内および輸出市場向けにEVとPHEV向けのバッテリーを生産する。
同社の強みは、中国ではバッテリー、モーター、BMS(バッテリ・マネジメント・システム)など主要部品を全て内製していることである。また、前述のように、タイでバッテリーの生産を開始し、ベトナムでも2億5,000万ドルを投資する予定であり、ASEANでもサプライチェーンの構築を進めている。
同社は22年10月からEVモデル「ATTO 3」の販売を発表。初年度に1万台を販売し、5年以内にタイ国内販売でトップ5入りを目指す。23年1月には「ATTO 3」の販売は既に3,000台を超えており、初年度の目標達成は確実だ。
同年3月のバンコクモーターショーでは、「DOLPHIN」と「SEAL」を発表。「DOLPHIN」は内燃機関と競合する80万バーツ以下の販売価格での発売を発表し、攻勢をかける。強靭なサプライチェーン、高い価格競争力、高いバッテリーの技術力を有する同社が今後、ASEANでのEV市場をリードする存在になる可能性がある。
【Hyundaiの戦略】
● インドネシアで生産拠点を設けて東南アジアでのプレゼンスを引き上げる
● インドネシアでの販売目標は10万台、早期にシェア10%を目指す。東南アジア域内やオーストラリアへ完成車の輸出も開始
● 進出する際に、インドネシア政府に対してロビー活動を積極的に行い、有利な投資優遇策を勝ち取った
● 地域でのEVトップメーカーを目指し、インドネシアで2022年から一早くEVの生産を始め、24年までにバッテリーの現地生産化を計画
Hyundaiは、インドネシアで15万台規模の工場に投資し、2021年末からインドネシアで東南アジア最大の工場(年産15万台)を稼働した。22年からインドネシア初のEV生産を開始している。また、来年にはHyundai、韓国系バッテリー会社大手のLG Nickel Solutionとインドネシアの国営バッテリー会社のIBCと共同でEVバッテリーパックから23年末に生産を開始し、24年以降にバッテリーのセルの生産を計画している。インドネシアはバッテリーの正極材に使うニッケルの世界最大の産地であることから、国内資源の活用により地域で最大のバッテリー生産拠点になること目指している。
Hyundaiはインドネシア政府の方針に沿うことで、厚い投資恩典を勝ち取り、日系が95%以上のシェアを占める市場でシェア10%達成を目標にしている。タイでもHyundaiグループは、100%Hyundai資本のHyundai Mobility Thailandを設立し、グループ企業の起亜の進出が噂されるなど水面下で活発に動いており、今後の展開から目が離せない。
ジャカルタでは、Hyundaiはロッテモール(写真)など主要なショッピングセンターにショールームを展開しており、所得の高いターゲット層に照準を合わせたブランド・販売戦略を展開していることが特徴的である。
【SAIC-MGの戦略】
● 四半期ごとに1台、年に最低3車種の新車を投入し、シェア拡大の方針。2030年までにトップ5入りを目指す
● 短期間のうちに、乗用車、ピックアップ、EVまでフルモデルを揃える
● コネクテッド機能やデザインを重視し、若者・女性をターゲットに
● 販売拠点をインドネシアやベトナムに拡大し、タイを地域ハブとして注力
SAICは中国勢では最も早くタイに進出したパイオニア。CPグループとの合弁で2017年から現在のライン工場での生産を開始した。車種では乗用車から、ピックアップ、MPVまで、パワートレーンではICE(内燃機関)、PHV、HV、EVまで、フルラインアップで展開することでシェアを4%近くまで伸ばしてきた。19年6月に他社に先駆けてEV社のZS EVを投入し、EV市場をリードしてきた。EVでは現在、「MG4 Electric」「MG ZS EV」「MG EP」の3モデルを販売しており、モデル数は最も多い。22年の販売台数ではGWMに次ぐ2位につけた。また、同社は23年末までにEVの現地生産を始める予定であり、それに合わせて25億バーツを投じてタイ国内にEV用のバッテリー工場を建設する。タイからはインドネシアやベトナムなどに輸出を開始しており、タイを域内の供給拠点として位置付けている。
【Teslaの戦略】
● ASEANではシンガポール以外には正規販売店がなく、長らく香港からの並行輸入で販売
● 2022年から直営店をタイ、マレーシアに設け、販売を本格化
● 高所得者に照準を合わせて、大手ショッピングセンターで直営方式で販売
世界最大のBEVメーカーであるTeslaは2022年12月7日にASEANでシンガポールに続いて2番目の正式販売店をバンコクでオープンした。「Model 3」と「Model Y」の販売を開始し、3日で5,000台以上の予約をオンラインで受け付けた。これまで並行輸入車として販売されていたために、新車価格が約半分に大幅に下がったことが、購買欲を高める形となった。
店員の話では、車両価格190万バーツ以上のSUVの「Model Y」が全体の販売の65%、より小さい170万バーツの「Model 3」が35%を占める。「Model Y」の販売の方が多いのは、タイではファミリーで乗るユーザーが多く、より大きなサイズを好むからである。また、購入層は元々価格をあまり気にしない富裕層であることも背景にある。 Teslaは、タイでは当面はフランチャイズのディーラーを使わず、直営店で販売する方針である。現在のショールームは、ショッピングセンターのセントラルワールドのオープンスペースに1ヵ所、他にサービスセンターを市内に1ヵ所のみ設けている。
ASEANでは主要市場で今後直営店を展開する方針であり、今年3月にマレーシアに3ヵ国目の拠点を設けることを発表した。マレーシアは、電子産業が集積している背景から、Teslaは地域の事業拠点とする計画だ。その一方で、同社は域内で生産拠点の設立に関心を持っているとの報道があり、ニッケル資源国のインドネシア政府と完成車工場ないしバッテリー工場への投資の交渉を進めていたが、最近政府との交渉がストップしたようだ。当面、ASEAN地域では、中国の拠点からの自動車の輸入・販売が継続することが予想される。
タイ石油公社PTTは2022年に台湾のFoxconnと合弁会社Horizon Plusを設立した。22年11月に同社はロジャナ・ノンヤイ工業団地にてEV組立工場の起工式を行い、24年にEV生産を開始することを明らかにした。当初の生産能力は5万台から、30年までに15万台まで増やす。同工場は委託生産工場として、他社ブランドの生産の受け皿となる予定である。生産委託先としては、タイで生産設備を持たない新興メーカーが候補となる。
また、同社ではFoxconnが開発したEVプラットフォームを生産し、EVメーカーに供給するビジネスモデルを志向している。22年11月にFoxconnはEVピックアップの「Model V」とSUVの「Model B」の2台のモデルを公開しており、タイや米国での生産を目指す。同モデルはプロトタイプであり、委託する会社の要望に従い仕様を変更することが可能であると説明している。
一方で、Foxconnはインドネシアでインドネシアの鉱山・エネルギー関連会社大手のIndika、台湾のスワップバッテリー会社のGogoroと組んで二輪車向けのバッテリー工場を予定している。インドネシアでは、23年3月から補助金を拠出して電動二輪の普及に力を入れており、25年までに100万台、35年までに450万台の販売を目指しており、二輪車向けバッテリーのポテンシャルは高い。
EAは再生エネルギー・バイオ燃料大手であり、自動車産業とは関わりは元々なかった。しかし、2019年のバンコクモーターショーでEVのプロトタイプの乗用車「MINE SPA1」を発表し、タイ初の国産EVメーカーとして一躍注目を浴びた。しかし、それ以降、中国ブランドとの競合が厳しいと判断し、EV乗用車の開発は中止。
現在の主要なEV関連事業は、EVバッテリー事業、EV組立事業(トラックなど商用車中心)、EV充電ステーション事業となっており、アジア系(台湾、中国)から技術供与を受けながら、全バリューチェーンでの参画を目指している。バッテリー事業では、台湾系のAmita Technologyに出資し、21年から国内でバッテリー生産を開始している。
将来的には50GWhまで拡大する計画であるが、主要なEVメーカーは大手バッテリーメーカーから調達する方針のため、自動車メーカー向けの供給は限られるとみられる。当面は、EAで生産するEVバス・トラックやソーラーエネルギーの蓄電池用のバッテリーエナジーストレージシステム(BESS)向けに注力すると推測される。
EAの事業注目されるのは、EVバス事業である。中国のバスメーカーからの技術供与を受けて、EAは子会社のNexとの合弁会社であるAbsolute Assembly社の下で、バス組立を開始している。運輸省から路線権を取得した民間バス会社に2,000台近くを出荷し、年内に1,200台強を出荷する予定である。
石炭会社であるBanpuの子会社であるBanpu NEXTは、EVエコシステムへの進出に積極的である。シンガポールのバッテリー会社Durapowerに出資するほか、日本のスタートアップが立ち上げた小型モビリティ―メーカーFOMM、カーシェアリングのHaupcar、EV充電ステーション大手のEVoltに出資。最近、特に注目されているのは、電動トゥクトゥクのライドシェアのMuvMiへの出資であり、MuvMiのトゥクトゥクは既にバンコクで200台以上稼働しており、サイアムやスクンビッド付近で最近よく見かけるようになった。
ArayZ No.136 2023年4月発行ASEAN-EV市場の今〜タイ・インドネシアEV振興策および主要自動車メーカーの戦略〜
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NRI Consulting & Solutions (Thailand)Co., Ltd.
Principal
山本 肇 氏
シンクタンクの研究員として従事した後、2004年からチュラロンコン大学サシン経営大学院(MBA)に留学。CSM Automotiveバンコクオフィスのダイレクターを経て、2013年から現職。
野村総合研究所タイ
ASEANに関する市場調査・戦略立案に始まり、実行支援までを一気通貫でサポート(製造業だけでなく、エネルギー・不動産・ヘルスケア・消費財等の幅広い産業に対応)
《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション
TEL: 02-611-2951
Email:[email protected]
399, Interchange 21, Unit 23-04, 23F, Sukhumvit Rd., Klongtoey Nua,
Wattana, Bangkok 10110
Website : https://www.nri.com/
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