カテゴリー: 組織・人事
連載: Asian Identity - タイ人事お悩み相談室
公開日 2024.10.22
「Question:当社は長年にわたって離職者がほとんど出ていませんが、組織がぬるま湯のようになっているのではないかと危惧しています。タイでの離職をどのように捉えたらよいでしょうか?
「Answer:悪い離職と良い離職があります。良い離職は肯定的に捉えましょう。」
経営、人事の立場から見ると「離職」というものは起こってほしくないものです。
戦力がダウンする、会社にネガティブな雰囲気が漂う、新たな人材を採用するコストもかかる、などマイナスな影響が多くあります。特に、重要な社員が辞めてしまった場合、私たちはしばしば大きな精神的ショックも受けます。
一方で、「離職が全く無い会社」は良い会社なのでしょうか?これも手放しで良いとは言えないでしょう。今日は「離職」を多角的に捉えてみたいと思います。
私が海外で仕事をし始めた頃、ある欧米企業のマネジメントとディスカッションした際の話です。彼は日本人ビジネスパーソンのキャリアの傾向を評してこう言いました。
「日本人ビジネスパーソンは、とても優秀だと思うんだよ。だけど、1社だけの経験しかない人が多い。そういう人は、“経験の幅が狭い”とみなされ、人材マーケットでは高く評価されないんですよ。」
なるほどそう見えるのか、と驚きました。日本人が「経験が狭い」とは思いませんが、確かに伝統的に日本人は一社に長く勤める傾向があります。
一方で、日本人がタイに来ると、どんどんジョブホッピング(短期的に転職を繰り返すこと)をしていくタイ人に驚き、時に眉をしかめます。しかし、転職をしながらキャリアアップをしていくのは世界のスタンダードで、一社に長く勤めるのが良いとされている日本の方が、残念ながら少数派です。
一般的に、日本企業は「離職率の低い組織」を志向してきました。これは特に製造業においては合理的でした。人が定着することは、安定的な経営につながります。離職率をなるべく抑えてじっくりと人を育成し、また組織内の人間関係をはぐくむことで、安全で高品質なモノづくりを行ってきたわけです。
しかし、労働市場や雇用慣行の異なる日本以外の国では、その常識は当てはまりません。優秀な人材は一定の経験を得たら次の会社へ、次の会社へ、と移っていくことでキャリアアップをしていきます。
もちろん、1年そこそこで辞めてしまうのはタイ人にとっても「(悪い意味での)ジョブホッパーだ」とみなされることが多いようですが、3年くらい頑張って次に行く、というのは特に若いうちは当たり前の感覚のようです。
海外でマネジメントをする日本人は、最初にこの感覚に慣れる必要はあるでしょう。
じゃあ離職に手をこまねいていればいいのかというと、もちろんそうではありません。離職の中にも避けなくてはいけない「悪い離職」があります。
それは、「社員が会社に失望して辞めていく」という現象です。
会社の方針が見えない、頑張っていても評価されない、上司が尊敬できない。こうした理由での離職は、撲滅しなくてはいけません。「なんでこの人が辞めてしまうんだろう」という人材が退職してしまった場合は、退職者インタビューでその原因を突き止めて、解決策を打ちましょう。
一方で「良い離職」もあります。
それは「会社にとって望ましくない人材が辞めること」です。会社の理念に反するような態度・行動がみられる人材、何度もチャンスを与えても成長がみられない人材など。こうした人材は、厳しく評価をし、結果として会社を去ってもらう方が経営にとって合理的であると言えます。
もちろん、どんな人材であれ、個々の人生を考えると別れることに胸は痛みます。ですが、「適切な新陳代謝」を生むことは会社の成長にとって大切なことです。冒頭の質問にあった通り、成果を出さなくても給料が上がっていく会社は「ぬるま湯」になる危険性があり、優秀人材のモチベーションを削いでしまいます。
より頑張っている人にチャンスや処遇を厚くし、常に新しい人を迎え入れて会社を成長させられるように、適切に「別れを受け入れる」ことも必要でしょう。
冒頭に触れた「優秀人材がステップアップする」パターンは、「良い離職」とまでは言いたくありませんが、ある意味で「やむを得ない離職」です。
「会社に不満は無いが、環境を変えてチャレンジしてみたい」という人材が、最大限の誠意を尽くしても自社に残ってくれない場合は、気持ちよく送り出してその後も良好な関係を続けましょう。タイ人も恩義を大事にする国民性ですから、そこで誠意ある対応をしておくことで、後からまた何かの形で関係が復活することも珍しくありません。
一般的に言って、20代のタイ人社員に10年間勤めてもらうのは至難の業です。特に優秀人材であれば、「3年から5年で辞めてしまうかもしれない」という想定を持ち、結果的に長く勤めてくれたらラッキーと思って準備しておく方が現実的でしょう。
日系企業でしばしばみられるのが、20代だけがグルグルと入れ替わり、一方で35歳以上の世代がずっと固定化しているという状態です。上下の流動性のバランスがあまりに悪いと、ますます若い人が社内になじみづらくなります。結果として、常に若い人材が不足し、いつまでたっても次世代が育ってこないという現象が起こりがちです。
20代の離職を所与の条件として考慮すると、20代の人材は少し厚めに確保しておく方が良いという結論になります。要員計画上は負荷となりますが、それでもマネジメント人材の半分以下の給与で採用できるはずです。
若い世代に厚みを持たせておくことで、退職者が出てから慌てて補充的採用をする必要もなくなります。また、若手人材は社内の活力となり、長期的な組織力にも繋がるのではないでしょうか。
株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役
中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)
愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。
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Asian Identity Co., Ltd.
2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。
◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com
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