自動車と人間のエネルギーとは

自動車と人間のエネルギーとは

公開日 2023.04.25

タイ投資委員会(BOI)は20日、中国の自動車メーカー「ビッグ5」の1社である長安汽車が98億バーツを投資してタイに右ハンドルの電気自動車(EV)の生産工場を開設する計画だと発表した。これで、2014年にタイ財閥最大手チャロン・ポカパン(CP)グループと合弁の形でタイ現地生産を開始した上海汽車から始まった中国の大手自動車メーカーのタイ市場参入は、長城汽車、比亜迪(BYD)に次ぐ実質4社目となり、いよいよタイでの日中自動車戦争が本格化することになる。それはタイでも中国勢がけん引するEVが一気にシェアを拡大するのか、内燃機関(ICE)車が一定のシェアを維持して改めて存在感を世界にアピールすることになるのかを占う試金石ともなりそうだ。

EV推進の中国系とICEの日系の激突

各種メディア報道によると、長安汽車が生産を予定しているEVは、バッテリーEV、プラグインハイブリッド車(PHEV)、レンジエクステンダー式EV(REEV)など。バッテリーの生産、販売も計画しているという。タイでの年間生産台数は10万台を予定、タイ国内販売のほか、東南アジア諸国連合(ASEAN)やオーストラリア、南アフリカなどへの輸出を検討している。タイでの中国系メーカーは上海汽車、長城汽車、BYDのほか、既に「NETA」ブランドのEVを販売する新興の合衆新能源汽車も参入済みで、今回の長安汽車の進出表明、さらに大手の広州汽車も参入を検討していると報じられている。社数だけ見ると、タイ自動車販売台数の9割弱を占め、ほぼ独占してきた日系に迫りつつあると言える。

そして「MG」ブランドを展開してきた上海汽車などはこれまでICEも生産・販売してきたが、今後、中国系はEVに特化してくるとみられており、まさにEVの中国系とICEの日系との激突の構図が鮮明になりつつある。今号のNEWS PICK UPで紹介した米調査会社ガートナーの分析にもあるように、ここにきて世界的なEV急傾斜の中で、EV産業が直面する課題が山積していることも再認識されつつある。それは、①電力価格の上昇②バッテリー原料の不足と偏在、高価格③充電インフラ不足④半導体供給不足⑤政府の支援策の縮小-などだ。さらに、このコラムで何度も指摘しているように世界の多くの国が電源の大半を石炭・天然ガスという化石燃料に頼っている中で、全面EV化がどうして大幅な温室効果ガス削減につながるのか、相変わらず不明だ。

EV問題とはエネルギー問題

今号のEVENT記事で紹介したAZECワークショップで、経済産業省資源エネルギー庁の国際資源エネルギー戦略統括調整官の小林出氏は、日本の2030年までに現在の約2倍の36~38%まで高めるという再生可能エネルギーのシェア目標について、日本は平地が少なく、再エネ設備の設置スペースが限られ、送配電グリッドが弱いなどの障害があり、「恐ろしく高い目標」だと苦渋に満ちたコメントをしている。一方、タイの再生可能エネルギーのシェア目標は、2036年までに30%というものだ。平地の多いタイの方がまだ目標達成の可能性は高いだろうか。

EVだけでなく、燃料電池車(FCV)や水素エンジン車にしても原料となる水素の製造には一般に化石燃料を使う場合もそうだが、水を電気分解する方法でその電気が再生可能エネルギー由来でない場合、二酸化炭素(CO2)排出ゼロとはならない。その再生可能エネルギーでも、太陽光パネルにしろ風力発電装置にしろ、製造過程等でCO2を排出している。結局、人間が輸送機関を利用し、社会活動を続ける以上、CO2排出を完全にゼロにすることはできない。であれば、各分野で最もCO2排出が少ないのはどのようなエネルギー源を使う場合なのか、あるいはCO2 吸収では、どの方法が環境負荷が少ないのかをきめ細かく調べて対応するしかない。そして経済力、物理的限界からすぐにEVに移行できない国・地域では当面、何がCO2排出、環境負荷がより少ないかを精査する必要がある。やはり既存のICEを活用し続けなければならないとした場合、少なくとも将来実現するかもしれない合成燃料までのつなぎ役としても当面、エタノールなどのバイオ燃料が最も有効だろう。

食料は人間のエネルギー

「人間以外を動かすのが通常のエネルギーだとすれば、人間を動かすエネルギーが食料だ。農業も総合的なエネルギー産業の1つとしてとらえるべきだ」

このコメントは、2010年出版の拙著「米国農業革命と大投機相場~バイオ燃料ブームの向こう側で何が起きたのか!?」(時事通信社)の中で引用したもので、廃食用油を回収してバイオディーゼル燃料を製造していたベンチャー企業ロンフォードの早藤茂人社長(故人)が2001年ごろに語ってくれたものだ。早藤氏は、1997年に京都で行われた第3回気候変動枠組み条約締約会議(COP3)に触発されて創業した。この時、初めてバイオ燃料という言葉とコンセプトに出会った。それ以来、食料との競合で悪玉視され、表舞台から消えた時期を経ながらもひそかにウォッチし続けてきた。

今年4月4日付のこのコラムで、欧州連合(EU)は2035年にICE車の販売を事実上禁止する法案で、CO2と水素で製造する合成燃料(e-Fuel)を使用するICEが例外として認められることになったことを紹介したが、このニュースはその後、着実に注目度が上がっている。合成燃料が認められるなら、同様にCO2排出削減効果のあるバイオ燃料はなぜ認められないのだろうか。これまで自動車のエネルギー源は化石燃料の原料の1つである植物であり、人間のエネルギーも植物などの食料だ。

また、昨年11月15日付のこのコラムでは日本でコメを原料としたバイオエタノール事業が実施されたものの、2014年に自民党の「無駄撲滅プロジェクトチーム」によって葬り去られたことを紹介した。その後、バイオ燃料は経済産業省によって再び見直され、日本の燃料の選択肢の一つとして復権しつつある。今月、日本に一時帰国した際に、業界関係者に取材したところ、日本でもバイオ燃料に対する企業や政府の見方は、「半年ぐらい前から印象が変わってきた」「潮目が変わったようだ」との声が聞かれた。

EVシフトはBCGモデルに沿っているのか

「地球環境問題が世界的なテーマとなる中で、毎年生産でき、化石燃料に比べてCO2排出では問題が少ないとされる植物由来のバイオ燃料は、夢の燃料というより、燃料電池などより即効薬となる、現実的な代替燃料になりつつある。ただ現時点ではバイオ燃料はガソリンやディーゼル燃料と比較してコスト高であり、何らかの政策誘導が必要な段階だ。また、植物を生産する際に多大なエネルギーを消費するとの批判もある」

この文章は、筆者が時事通信社のニュースレター「時事解説」(2001年12月18日号)への寄稿記事の一部で、前出の拙著にも転載した。バイオ燃料が批判される論拠となっている食料との競合については、この記事の中で下記のように説明している。

「世界全体の食料事情を見た場合、確かに現時点でも飢餓地域がある一方で、米国など主要食料輸出国は、常に過剰基調となっている。これは富の偏在という現在のグローバル資本主義の限界を反映したものだ。・・・常に豊作と不足のリスクと背中合わせの穀物生産にとって、燃料需要は今後、一時的な需給ギャップを埋めるバッファー的役割を果たす可能性があるのかもしれない」

米国ではバイオエタノールは飼料用トウモロコシ、バイオディーゼルはパーム油を原料としている。タイでは、エタノールはサトウキビ、キャッサバで、バイオディーゼルはパーム油が原料で、いずれも人間の少なくとも「主食」ではない大型商品作物だ。

タイ政府は現在、中国勢のロビー活動もあってEVシフトを急加速している。しかし、バッテリー原料の生産地では資源争奪戦による環境破壊が伝えられ、バッテリーのリサイクル問題は世界的にもようやく研究が始まった段階だ。完全EV化はタイ政府が最重要経済戦略に据えているバイオ・循環型・グリーン(BCG)モデルに沿ったものなのかもじっくり精査する必要もありそうだ。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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