ArayZ No.96 2019年12月発行タイの経済を支えてきたファミリービジネス
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カテゴリー: ビジネス・経済
公開日 2019.12.08
あらゆる分野にデジタル化の波が押し寄せ、ビジネスを取り巻く環境は大きな変革期を迎えている。これまで順調に成長してきたファミリービジネス企業(以下、FB企業)も例外でない。PwCコンサルティングが調査・作成した「Global Family Business Survey 2019 – Thailand Report 」に基づいて、タイのFB企業の価値観や成功要因、強み・弱みなどを紐解き、次世代の育成・承継を経て永続的に発展していくためのヒントを探る。
目次
中国には「富は3世代続かない」ということわざがある。
アジアで操業するFB企業で3世代まで生き残るのはわずか3%(米系ベーカー&マッケンジー法律事務所)。これまで経済の重要な原動力として、タイに目覚しい成長をもたらしてきた多くのFB企業もこのジレンマに悩んでいる。
現在、タイ証券取引所(SET)に上場する約75%がFB企業で、国民総生産(GDP)の80%以上を占めている。人材育成や莫大な数の雇用を創出する原動力となっていることに疑いの余地はない。
ほか、貸借対照表や純資産に現れない多大な貢献を社会・共同体にしてきたという自負があり、今後の事業成長に自信を持ち、戦略的に事業計画を練っている。
ただ、世代交代が進む中、実践的な課題に直面するほか、デジタル変革に着手するために必要な戦略(対サイバー攻撃、デジタル技術導入など)を具現化していないFB企業が少なくないのが現状だ。
タイ版レポートのタイトル「Empowering the NextGen: The Key to Achieving Growth and Enduring Prosperity」が物語るように、旧・現世代の期待に応えるために技能と能力で武装した次世代の後継者に、バトンを適宜に渡すことが永続的な成長と繁栄をもたらすためのカギを握っていると言えよう。
PwCタイのクライアンツ&マーケッツ・リーダー・パートナーのブーンラート・カモンチャノックン氏は、「各FB企業には独自の価値観がある。これを明確に理解しているFB企業は、従業員の忠誠心、競争上の優位性、ビジネスの持続可能性にプラスの影響を与える傾向があり、概念が組織文化に組み込まれている」と説明する。
「ファミリービジネス企業」の定義
この調査では「ファミリービジネス企業」を創業または買収した者(もしくはその配偶者、親、子、直系子孫)が過半数議決権を有している会社を指す。
タイのFB企業は、あらゆる産業に手を広げており、総資産は30兆バーツ以上に上り、2018年にアジア太平洋地域(APEC)で7位にランクされた。
現在のFB企業経営者は、事業を多角化し、SETに上場することが、次世代経営者の資金調達と一流企業として認定される条件であると信じているため、今後数年のうちに、新規公開(IPO)するFB企業がさらに増えるだろう。この傾向に連動して、FB企業は近い将来に事業がさらに成長することを固く信じている。
ほとんどのFB企業(71%)は過去12ヵ月間、APECの平均(63%)と比較して高い売上増を達成した。一方、このうち21%が18年に2桁成長したが、これはAPECの平均35%を下回った(図表2)。
また、ビジネスの成長について、タイ(64%)は、APEC(60%)よりもわずかだがより自信があり、企業が今後2年間、着実に成長することを期待している。一方、タイ人の32%は、APECの24%と比較して、ビジネスが急速かつ強力に成長すると楽観視する(図表3)。
調査では、タイの家族経営者が今後2年間に起こりうると予想する上位3つの事業展望として①企業はデジタル技術の面で意義のある一歩を踏み出す、②企業はビジネスモデルを大幅に刷新、③親族以外から経験が豊富な専門家を招き、経営の支援を仰ぐ――を挙げる。これらの結果は、APECのリーダーの考えと一致している。
短期的な事業目標に関して、タイの経営陣は、「収益性の向上」、「優秀な人材の獲得と引き留め」、「事業の専門化」の実現が最重要であることに気付いた。
このビジョンは、タイ企業が長期的な目標を達成することを可能にする事業形成の方向を示している。これらは、最も重要な家族資産としての事業を保護し、正の財産(レガシー)を生み出し、親族に利益をもたらす。
ビジョンを現実のものにするために、事業主は、明確で十分に練られた計画が、中期経営計画と長期的な熱望・願望を結びつける橋であることを認識する必要がある。
家族経営の企業が通常、事業を拡大するための資金調達先を探す場合、懸念の1つにその決定が次世代にどのように影響を及ぼすかが挙げられる。
調査結果はさまざまな手法を示しているが、タイの意思決定者の38%が銀行融資/クレジットライン、債券などの資本市場、社債発行など(22%)と、家族の現金、キャッシュフローなどの内部資金(16%)を資金源として利用し始めるだろう。
しかし、証券取引所は次世代のリーダーが資金を市場から調達するよう促す見通しだ。従って、より多くのFB企業が上場する可能性が高い。主な理由として、①少ない費用で大量の資金を工面できる、②専門経営者を登用し、事業を強化する、③事業を維持する――ためなどが挙げられる。
過去にうまくいった戦略が、今後もFB企業を支えるとは限らない。消費者行動や新興技術、激しい競争などのビジネス環境が急速に変化する中で、FB企業は戦略計画(承継含む)を練り、企業を永続させるために、これらの変化・状況・条件に適応しているようだ。
96%が、今後3年〜5年の戦略計画を立てており、うち86%が市場にとどまるために戦略計画を策定する可能性が高いと回答した。
しかし、具体的な計画を整備し、正式に文書化し、承認され、社員に周知させていると答えたのはわずか25%だった。
APECと比較すると、回答者のほぼ半数(43%)が、計画に費用をかけ、正式に文書化したと述べた。
起業家・民間企業(EPB)リーダー・パートナーのニパン・シリスッククムバウォーンチャイ氏は、「タイのFB企業が戦略計画を考えているのは間違いない。ただ、ほとんどが正式なものではない。課題は、権力の委譲を円滑にするために、どのように適切に文章化し、周知させる計画を練り上げるかだ」と指摘する。
タイのFB企業が直面している主な課題については、APECの回答者と結果が一致している。
国内市場での競争、適切な技能と能力へのアクセス、および経済環境は、タイのFB企業が直面する重要な課題だ。
一方、APECの幹部にとっては、競争相手の先を行くために革新を続けて適切な技能と能力にアクセスし、経済環境を改善することが大きな課題となっている(図表6)。
適切な技能と才能を持った人材を探すことは、長年の課題になっている。企業が最も必要とする技術は開発されたが、それらを活用できる技能を備えた才能あふれる人材の育成および開発が進んでいない。
従って、意思決定者はこの問題に細心の注意を払う必要があり、彼らの才能を伸ばすことをビジネスの戦略的優先事項とすることが求められる。技能を高め、維持することに重点を置く企業は、より持続可能な結果を得る傾向にあるからだ。
デジタル技術があらゆる産業に創造的なディスラプション(破壊)をもたらす時代にあって、タイのFB企業はデジタル化がどのような影響を及ぼし、対応するべきかを認識しているようだ。しかし、必ずしもこの変革に準備万端という意味ではない。タイのFB企業の半数以上(64%)がデジタルディスラプションに対して脆弱であると感じている(図表7)。また、回答者の61%が自社の事業はサイバー攻撃に対して脆弱であると考え、46%が今後2年間でデジタル機能を強化することを明らかにした(図表8)。
デジタルディスラプションに対する脆弱性の程度や、特にどのような技術が必要かに関して、タイ人経営者の間にいくつかの共通点・考えがある。
これらの新しい技術は、消費者の行動・嗜好・日常生活を変えている。人工知能(AI)、ビッグデータ、ブロックチェーン、「FinTech(金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語)」、「ロボット工学」、「電気自動車」、「自動運転車」が例として挙げられる。
また、コミュニケーションおよびマーケティングチャネルは、伝達を一瞬のうちに可能にする通信手段、大量のデータ、および透明性の高さに急速に軸が移りつつある。これは、消費者が製品とサービスに多くの選択肢を持っていることを意味する。ニーズと期待はより高くなり、需要と要求を同時に満たしながら売上と収益を最大化する方法を見つける必要がある企業に課題と複雑さをもたらす。
これはFB企業がビジョンを持ち、先を見据えて考える必要があることを意味する。これは、ビジネスチャンスをつかむための準備であるだけでなく、最悪の事態に備えるための準備でもある。例えば、コーヒーやエナジードリンク(栄養飲料)の企業は、自動運転車の挑戦を受けることになる。ハンドルを握って長時間運転する運転者が、好んで飲むコーヒーとエナジードリンクの需要が減ることを意味するからである。
FB企業は、他の経営手法で事業を行う企業に比べて、従業員による深い関与、覚悟や情熱、忠誠心といった部分でいくつかの利点がある。従って一族は、事業とその所有権を完全に掌握していると感じる。従業員は、会社の業績に共通の関心(利害)を持っており、FB企業で働くことにより愛着を感じる。例えば、意思決定が迅速で、株主に報告する圧力をかけられることなく、顧客・消費者の期待を上回るための長期的な時間枠がある。
一方、次世代が現在の指導者から事業を引き継ぐために必要な権限と経営能力は、FB企業にとって永遠の課題だ。これらの課題には、感情移入、正式な帝王学の欠如、および職業倫理に反する振る舞い、曖昧な責任領域、プロ意識に欠ける態度が含まれる。
そして、後継者育成計画は、慎重で繊細、敏感な話題なので、誰もそれを議論したがらない。期待される有望な後継者は適切な教育と経営の経験を身につける必要があるが、一部のFB企業はこれらの要因を軽視している。ほとんどのFB企業は、専門外のやり方で後継者育成計画を採用しており、権限委譲時期が到来すると、計画が非常に曖昧で、困難な状況に直面する。
この問題に関して、タイ家族経営者に彼らの承継計画について尋ねた。回答者の76%は次世代の家族の一員が企業内で働いており、APEC家族経営者(67%)より高いことが分かった(図表9)。タイの回答者は、企業の主要メンバーは後継者育成計画を認識していると満場一致。うち75%は後継者計画が家族の間で議論されていることを明らかにした。
興味深いことに、APECの22%と比較して、タイはFB企業の経営陣に占める女性の割合が高い(26%)ことが分かった。さらに、FB企業に勤務する次世代家族メンバーの31%が女性で、APECの平均19%と比較して非常に高い。
これには2つの主な理由がある。まず、より多くのタイ人女性が教育を受ける機会に恵まれていること。米総合情報サービス大手ブルームバーグによると、タイ人女性の大学に入学する割合が世界で最も高い。第二に、ビジネス環境の中で、タイの企業文化は女性リーダーに自由裁量の余地と、組織を経営する機会を与えていると分析する。
タイの意思決定者の半数以上(57%)は、後継者育成計画が準備万端に整っていることを明らかにした。また、回答者の3人に1人(32%)が、家族憲章もしくは経営協定を導入していると答えている。
後継者育成計画は整ったが、正式な規定・協定・規則・計画の欠如が問題になる可能性がある。現世代が次世代のリーダーに権限を譲るとき、彼/彼女はまだ準備ができていない、もしくはあらゆるレベルでの責任領域を把握していない可能性がある。
さらに、他の親族や主要な利害関係者が新しいリーダーを全面的に支援していないため、非公式な規定や憲章が曖昧な権限の委譲につながる可能性がある。
調査対象となった役員の約半数は、10年後またはそれ以降に会社の主導権/管理/所有権を次世代の家族一員に委譲する予定であり、29%は3年~5年、24%は6年~10年での委譲を計画している。次世代のビジネス指導者を育てるために、現在のリーダーは主に次世代の親族に(1)家族企業で職務経験を積む(23%)(2)家族企業以外で職務経験を積む(23%)(3)ビジネススクールを卒業する(19%)――ことを期待している。APECでも同様の傾向がある。
PwCの「次世代のファミリービジネス(FB)リーダー調査2016」によると、次世代のビジネスリーダーは、まず自社以外の企業で経験を積み、適切なスキルに加えて、将来の役割・責務に備える必要がある。これは、現世代が次世代に期待することの1つ。適切でない役職を与えることで失敗することがある。若いリーダーは貴重な技能を身につけ、単に同姓を語ってFB企業で働いているわけではないことを、他の従業員に認められること。他の企業から家族企業に戻る場合に、信頼感を構築するのに役立つからだ。
第二に、繊細な変化に対処する。前の指導者が築き上げたFB企業の体質を変えることは困難で慎重に扱うべき。この感度を管理することは、家族や仲間である従業員との対立や抵抗を避けることになる。
最後に、適切な評価を行う。建設的なフィードバックを伴う評価は、若いリーダーを育成し、成長させ、適切な手法で旧世代との隔たり(ビジネス手法やビジョン、戦略など)を埋めることに役立つ。成功のために環境を整える作業の一つで、負担にならないようにすることが重要で、長期的な将来への可能性に結びつく。ディスラプティブ世代(ミレニアル)を認め、権限を与え、彼らのやり方で仕事をさせる。
これらの推奨事項は、権限の委譲を滞りなく確実に遂行するだけでなく、次世代の期待に応えることになる(図表10)。
FB企業のリーダーとしての重要な役割を認識してもらうことを目的に、PwCタイランドは「NextGenClub」を始動。若いリーダーと後継者に、学習、指導、交流することができるような総合的なトレーニングプログラムを提供しており、将来のリーダーが刺激を受け、技能を向上、関係を構築させる場になっている。NextGenメンバーが自立し、FB企業の「正の遺産(レガシー)」を永続させることを支援する(図表11)。
図表11 PwCタイの「NextGen Club」
学習、指導、交流するための包括的な取り組みを提供
家族企業のリーダーとしての重要な役割を認識してもらうことを目的に、PwCタイランドは「NextGen Club」を始動。若いリーダーと後継者に、学習、指導、交流することができるような総合的なトレーニングプログラムを提供。将来のリーダーが刺激を受け、技能を向上させ、NextGenメンバーが自立し、家族経営企業の将来の財産を存続させるために設立された交流の場として活用されている。
企業価値を明確に理解しているFB企業は、従業員の忠誠心、競争上の優位性、ビジネスの持続性にプラスの影響をもたらすだけでなく、株主の利益増大に結びつく傾向にある。これは、すべての従業員が「やればできる」と長期的なコミットメントの姿勢が取り入れられているためと言える。従業員の豊かな発想を引き出す組織風土作りも重要だ。
タイの管理職は所有する事業への明確な期待を定義・規定した行動規範があり、企業の社会的責任(CSR)に熱心に携わり、尽力していることを家族の価値観と規定している。日々の慈善活動を長期的な投資として捉える傾向もある。
一方、APECの管理職は、企業として合意した価値観と目的を明確に認識し、CSRを遵守し、尽力していることを価値観と定義した。特権と評価の基準を可能とする価値感をビジネス戦略、日常業務および運用に統合するFB企業が、業績の向上と事業でより大きな成功をもたらしていることは明らかだ(図表12)。
査結果は、国民総生産(GDP)や社会的な影響、雇用創出への貢献という点で、タイのFB企業が市場を支配していることが明らかになった。FB企業はタイ証券取引所(SET)に上場するか、好ましい機関と株式を共有することに関心があることを示している。
これは、より厳格な過程を確立し、明確な企業統治(ガバナンス)を形成し、外部から優秀な人材を登用することにより、さらに専門的なアプローチで業務を遂行することを意味する。一方、意思決定の権限はまだ家族のリーダーの手中に残っている。
数世代にわたって続くFB企業は、卓越した先見の明と優れた経営能力が必要だ。そして、彼らがビジネスで実践している家族の価値観があれば、競争優位につながる。これらは、日常の業務慣行を通じて全従業員を団結させ、次世代のための指針になるという長期的なコミットメントを生み出している。
永続的な家族経営を発展・成長させるもう1つの主因は、妥協せず、正式に文書化され、周知される後継者の立案過程だ。これにより、ビジネスの所有、継続性、および成長が保証される。また、全責任・権限を引き継ぐ後継者に心構えをさせることで承継を円滑にする。後継者がビジネスをよりよく理解するほど、彼らのFB企業はより長く存続し、成長していくだろう。
最後に、ビジネス環境の変化に適応していくことが重要だ。複雑さが増す経済・社会環境にありながら、成長を確実なものにするために、FB企業は引き続き課題と機会に直面するだろう。
経営陣は、危機を事業機会に変えるのに十分な革新的で迅速な対応が求められる。他社より先に好機を捉えて、会社の包括的な利益のためにそれを最大限生かす必要がある。
旧世代から次世代へとバトンを渡すFB企業経営者は、思い付きでこのようなことを行わない。上述の主要な要因を重視するFB企業の経営者は、円滑な権限委譲を滞りなく行い、事業を永続と繁栄に導くだろう。
デジタル化ですべての流れが数倍早い現代においては、次世代の方が現・旧世代よりも教育水準が高く、能力や先見性、変化に対する柔軟性で優れていることもある。
アジアでは日本企業を先輩として仰いできた先代らと、米国や英国などの一流大学・大学院で国際的な潮流を学び、視野を広げてきた次世代経営者では根本的に思考が異なる。デジタル技術に慣れ親しんで分析力を持つ次世代は、旧世代とは異なる人物像であり、考え方も違う。タイ企業と長年取引する日系企業も次世代の経営者との付き合い方を再検討する時期に来ている。
取材協力
起業家・民間企業(EPB)リーダー・パートナー
ニパン・シリスッククム・バウォーンチャイ氏
クライアンツ&マーケッツ・リーダー・パートナー
ブーンラート・カモンチャノックン氏
Pricewaterhouse Coopers Consulting (Thailand) Ltd.
15th Floor Bangkok City Tower, 179/74-80 South Sathorn Road, Bangkok 10120, Thailand
Tel: 0 2344 1000
免責事項: 本稿は、一般的な情報の提供を目的としたもので、専門コンサルティング・アドバイスとしてご利用頂くことを目的としたものではありません。情報の内容は法令・経済情勢等の変化により変更されることがありますのでご了承下さい。
米『フォーブス』誌、多くの家族企業経営者が上位に連なる
1960年代~70年代に導入された最初の国家経済開発計画を背景に、いくつかの大規模なFB企業が、主要な政府機関や銀行との関係を発展させた。さらに80年代後半の金融自由化の恩恵を受けて、製造業が拡大し始めた。この間に、不動産・観光・通信関連の企業が新たな道を切り開き、新しいFB企業が市場のリーダーとして成長していった。
米経済誌フォーブスがまとめた2019年版のタイの富豪上位50位の合計純資産は、前年の1,625億ドルからわずかに減少し、1,605億ドルだった。 うち同族経営する企業は以下の通り。
1位は、チャラワノン兄弟(CPグループ)で、総帥のタニン氏は食品大手CPFの上級会長職を4月に辞任したが、セブンイレブンを運営するCPオール会長の座にある(図表5)。2位は、小売りのセントラル、ホテルのセンタラなどを展開するセントラル・グループのジラティワット家。4位は飲料・不動産大手TCCグループのシリワタナパクディ家だ。
6位は免税店最大手キングパワーのアイヤワット氏。父親で創業者のウィチャイ氏が18年にヘリコプター事故で死去し、後を継いだ。7位はサミティベート病院などを傘下に持つドゥシット・メディカル・サービシーズやバンコクエアウェイズを展開するプラサート・プラサートン・オソット氏。8位はエナジー飲料「M150」などを製造するオーソットサパーを経営するオサタヌクラ家だった。
政治家では、大手自動車部品メーカー、タイ・サミット・グループ創業者一族であるジュンルンルアンキット家のタナトーン氏が56.3億バーツで1位。野党新未来党の党首でもある。また、叔父で与党パランプラチャーラット党のスリヤ工業相は22億バーツで5位にランクインされた(下院議員の資産報告書)。
電気送配電設備・機器の製造・販売や再生可能エネルギーによる発電などを行うガンクン・エンジニアリングは、1982年に設立された。日本でも太陽光発電事業に参画。東京に支店を置き、仙台、君津、宇都宮、岩国で事業を展開している。
国立チュラロンコン大学工学部を卒業後に、米ハーバード大学でマネージメント修士(財務)、ボストン大学でMBA(経営学修士)を取得。創業者で現会長のガンクン・ダムロンピヤウット氏の長女ナルーチョン氏に第2世代に期待される役割や苦労話などを聞いた。
「私の父親は9歳まで言語障害を患い、満足な教育を受けられなかった。だが、自力で猛勉強して製造した機器が、長い下積みを経てようやく世間に認められた」――ガンクン氏の生い立ちを映像で紹介するナルーチョン氏は、心から尊敬の念を示す。
「(父親は)教育と経験のない私が基礎を築いた。子供には企業をさらに成長させてほしい」と激励するが、ナルーチョン氏は、「苦労して築き上げてきた企業を衰退させるわけにはいかない、プレッシャーを感じている」。すでにタイ証券取引所(SET)に上場する一流企業だが、そのさらに上を目指す期待を背負っていると吐露する。一方、家族の一員として現在の地位にいる特権を与えられていることも意識して行動しているという。
ナルーチョン氏は米留学から帰国後にすぐに同社に入社せずに、投資銀行に就職した。ファイナンシャルアドバイザー(財務顧問)としてM&A(合併と買収)や上場を目指す企業の支援などにかかわり、約3年間経験を社外で積んだ。「家業で働く前に他の企業で職務経験を積むことは資産になる。他の業界の人々との人脈も築ける。最大の利点は外部で成功すれば自信につながること。そこで得た知識や経験を後に活用できる」と強調する。
従業員や株主と価値観を共有し、中長期的な個人的な信頼関係が築けるほか、会社に対するコミットメントと忠誠心の強さといった利点が、ファミリービジネスにあると説明。基礎となる理念を共有し、経営者と従業員と同じ方向を目指しているので、非家族企業と比較すると、意思決定が迅速に行える。
弱みは他の大手企業と比べると組織化されていない点である。経営の面でも従業員の役割(職務記述書など)に対して曖昧さが残るので、外部の専門家を雇い改善を図っているという。
仕事と家庭をどう切り離しているのか。起業している長弟と経営学を勉強中の次弟がいるが、ナルーチョン氏は、「両親と3人で率直に話し合い、意思を決定し、問題を解決するので家族争議はほとんどない」としながらも、両親との間に隔たりがあると認める。
2代目の方が教育水準が高く、1代目と価値観が異なることがある。ナルーチョン氏は、米国で大学院教育を受けたため、タイに帰国したときに逆カルチャーショックを受けた。率直に意見することが煙たがれることがあり、自信をなくすこともあったが、感情指数(EQ)は高まったと苦笑いする。
「父親が提案した計画が軌道を逸れたときは、私のやり方を採用することを約束してもらっている」と落としどころを見い出す。一方で、「私の方が慎重で保守的と言われることもある」と父親のリスクを恐れない姿勢に感嘆する。
父親からバトンを受け継いだときに直面するだろう課題や機会はなにか。エネルギー関連技術の変革のスピードは速く、自身の考え方や能力を時代に合わせていかなくてはならない。「完壁な人間でないので、客観的に自分の弱みをわかるまで時間がかかる。どうやってそれを克服するか、もしくは親族以外の適当な人に埋めてもらうか。強い指導力があっても技術的なアドバイスや人材管理などのソフト面での能力が大事。両親の意見を聞いて最善だと思えば従う」と企業の存続と従業員の利益を何よりも重んじる。
Assistant Managing Director
Ms. Naruechon Dhumrongpiyawut
タイでもワインが幅広い層に受け入れられるようになった近年。バンコクから約160キロ離れたカオヤイ国立公園に隣接した地域は、ブドウ栽培に適した気候や土地に恵まれている。ワイン好きのオーナー、ウィスット・ロヒットナウィー現最高責任者CEO兼マネージングダイレクターが1999年に設立したグランモンテのアソーク・バレーで醸造された製品は、国際的な賞を受賞するなど、国内外で知名度を上げている。妻と娘2人の4人でワイン製造に情熱を注ぐウィスット氏とマーケティングや広報などを担当する次女のミーミー氏(早稲田大学に1年間、交換留学生として在学)に家業の在り方などについて聞いた。
「すでに経営方針の設定以外は娘に任せている。2人には近い将来、約20年間で築いた正の遺産とブランドを経営者として引き継いでもらう。事業のさらなる国際化も進めてほしい」と、ウィスット氏は娘に託す考えを示す。現在、4つのブドウ園を所有しており、オーストラリアでワインの醸造方法を学んできた長女のニッキー氏が、製造の責任者を務める。
父の大きな期待に対して、ミーミー氏は、「それほどプレッシャーはない。現在描いている将来像を実現するための挑戦と捉えており、自分自身を奮い立たせる要因になっている。日々の難題・日常業務をこなすことにも慣れてきた」と自信を示す。
ブドウ園と共に成長してきた娘2人。創業当初は家族全員がワイン造りの素人で試行錯誤を繰り返した。ウィスット氏は英国の企業に長年勤めた後に独立したが、「会社勤めと家業経営では大きな違いがある。家業の強みは良い悪いにかかわらず、率直に話して折り合いがつけやすいこと」と指摘。弱みはビジネスをビジネスとして割り切れるか、家族のためにATMとなるのか、親子の世代ギャップなどで悩むことがある。
ただ、親子2代で通ったサシン経営大学院で得た知識や価値観を共有。考え方が似ており、互いに分かり合える土壌があるという。
ニッキー氏はオーストラリアのブドウ園で働き、醸造技術を習得したオノロジスト。ミーミー氏も大学卒業後に即座に家業に入らず、大手会計事務所や娯楽大手企業、非政府機関(NGO)での就業経験があり、3年前からフルタイムで現在のポジションに就いている。「各組織によって経営手法が異なっていることが分かった。世代・経歴の異なる同僚と働いたことが糧になった」と、管理職になる前に部下として働くことを重視する。
父親が築いてきた経験や顔の広さには及ばないが、事業が承継されても経営体質は変わらないとミーミー氏。「家族全員が仲良く同じ場所にいると必ずビジネスの話をする」と明かす。中華系タイ人の家業経営者と話すと、「両親や祖父母の指示が、仕事上の命令なのか、家族上の命令なのかが曖昧で混乱すると聞く。逆に我々は4人と少数で方向性が決定できるので、経営のかじ取りが比較的に容易。喧嘩もするし、意見が合わないこともあるけど、どこで線を引くか理解している」と将来を楽観視する。
同ブドウ園をツアーで訪れる外国人の半数が日本人。ウィスット氏は、「数百年以上続いている長寿の同族経営企業が多い日本から学ぶことが多い」と笑顔を見せる。
Granmonte Co., Ltd.
現最高責任者CEO兼マネージングダイレクター
Mr. Visooth Lohitnavy(左)
マーケティング・広報
Ms. Mimi Suvisooth Lohitnavy
SFコーポレーションは1998年にバンコクで設立。前身はパヌワット氏の祖父にあたるサマーン氏が、タイ東部で映画館を展開していたサマーン・フィルム。99年に複合映画館「SFシネマ」をMBKセンター内に開業し、現在のスクリーン数は、「SFシネマシティ」などのブランド名でバンコクを中心に全国で約400を数える。父親で2代目のスワット現CEO(最高経営責任者)から管理職としての帝王学を学んでいる長男のパヌワット氏(28)に、家族経営企業の内情などを聞いた。
「自分らしさを出せる特別なことをしたい」と、パヌワット氏は乗り気でなかった両親を説得し、ニュージーランドの有名私立校に留学。高校卒業後にオーストラリア・メルボルンの名門モナッシュ大学に入学し、商学士号を取得している。
同社の取締役5人中4人が親族で、パヌワット氏には弟が1人いる。現在は最高財務責任者(CFO)兼最高技術責任者(CTO)を務めると同時に、EMBA(経営学修士号)取得に向け、チュラロンコン大学サシン経営大学院に籍を置いている。また、親日で東京・渋谷で食べたアイスクリームに感銘を受けて設立したという「シブヤ・ソフト」社のマネージングダイレクターでもある。
「我々と父親の世代では娯楽に期待するものが異なる」と、映画鑑賞はかつて贅沢な楽しみだったが、ミレニアル世代は映画館だけで2~3時間過ごすことを贅沢と感じないと事業面での見直しを検討している。
「両親はまったくプレッシャーをかけないが、約3千人の社員を抱え、自分の中で事業を成功させなくてはならない責任や義務を感じている」と本音を漏らす。長年事業にかかわっており、「これが運命と今では慣れて生活の一部になっている」と苦笑するが、まだ50代の父親の地位を引き継ぐにはまだ時間と経験が足りないと実感している。
同族経営企業の強みは、経営者・社員同士の絆が強いこと。「単なる9時~5時までの仕事の関係でない」と、同僚・スタッフを家族の一員としてみなしている。割り切って仕事をしているプロのサービス企業とは違い、企業文化や哲学、価値観を共有しており、企業DNAが組み込まれていることを誇りに持つ。
同族経営企業に入社する前に、他社で価値観などが異なる人々と働いてみる価値があると指摘。大手会計事務所での勤務経験があり、「自社以外で経験を積むことの重要さを認識している。上司になる前に部下として働いてみると、双方の苦労が分かる」と対人関係を良好に保つ秘訣を語る。
家族内でどう仕事と家庭の線を引いているのか。「弊社に限って言うと線はなく、公私を区別していない。情熱を持って仕事に取り組んでおり、100%自分を会社に捧げている。期待を背負っていることは理解している」と腹をくくる。
財務と技術革新の責務を負っているため、複雑な問題が重なることがある。「どうしても外部と接触を断ちたい時は、スマートフォンの電源を切って自分の時間を楽しむ」と切り替えを大切にする。
2020年はパヌワット氏にとって勝負の年となりそうだ。同大学院を卒業するほか、同社がタイ証券取引所(SET)に上場する予定で、「同族経営企業」の枠から脱皮する正念場を迎えるとぐっと表情を引き締めた。
SF Corporation PCL.
最高財務責任者(CFO)兼最高技術責任者(CTO)
Mr. Panuwat Thongrompov
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THAIBIZ編集部
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