タイのモビリティ/ MaaS  – 現在地と将来像 –

ArayZ No.122 2022年2月発行

ArayZ No.122 2022年2月発行タイのモビリティ/ MaaS – 現在地と将来像

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    タイのモビリティ/ MaaS – 現在地と将来像 –

    公開日 2022.02.03

    バンコクにおけるMaaS

    統合型サービス実現に向けて

    これまでの考察の通り、バンコクはタイで唯一統合型サービスの前提となる公共交通が発達し、必要性が高い地域であるが、該当するサービスはないのが現状だ。  ここでは、統合型サービス実現に向けた条件と現在地、条件達成に必要な要素に触れることを提言としたい。

    実現に向けた3つの条件

    【条件1】 サービスの推進者・座組

    統合型のモビリティサービスを実現するには、公共交通やその他ラストワンマイルのモビリティサービスの事業者が連携し、取り組みを推進することになる。そのためには、取り組みを主導する事業者の存在や実行の座組が必要である。

    バンコクの現状、公共交通機関ではBTSを運営するBTSC(バンコク大量輸送システム社)や、MRTを運営するBMTA(バンコク大量輸送公社)との連携、水上交通を含む場合はチャオプラヤーエクスプレスの巻き込みも必要だ。

    モビリティサービス事業者を見ると、伝統的なタクシー、トゥクトゥク、バスの他、Grab等12以上の事業者がバンコクに展開し、幅広くサービスを提供している(図表5)。

    【図表5】バンコクに展開している主なモビリティサービス事業者と参入年

    サービス事業者参入年詳細
    Grab2013年タイで最もポピュラー。車、タクシー、バイクの予約から、フード・荷物デリバリーまで提供。カードやモバイルバンキングを含めた各種決済に対応。
    LINE MAN2019年日本ではSNSアプリとして知られるLINEが提供。タクシー予約やフード・荷物の配送サービスを提供し、カードやモバイルバンキング等各種決済に対応。
    Bolt2020年2021年に6億ドルを調達したことで話題となったエストニアのスーパーアプリ。タクシーやバイク、車の予約が可能。
    AirAsia2020年マレーシアの格安航空会社(LCC)であるAirAsiaは、2021年にGojeckのタイ事業を買収。航空券の予約とフードデリバリーサービスを提供。
    BMTA2015年バンコク市交通局が提供するアプリ。バスの運行情報(現在地、行先)を提供。予約には非対応。
    Taxi OK2017年運輸省が作成したアプリ。タクシー予約と安全性の確認(料金の妥当性、緊急時対応、フロントカメラの映像)が可能。電子決済は非対応。
    All Thai Taxi2015年ナコンチャイ・エア社が作成したアプリ。タクシー予約、緊急時のサポート要請、位置情報の共有が可能。電子決済には非対応。
    CABB2020年専用車両でWi-Fi接続や充電ができるプレミアムタクシー。アプリか電話で予約可能。モバイルバンキングやカードなど各種決済に対応。
    Robinhood2013年王室系大手商業銀行のサイアム商業銀行が提供するフードデリーサービス。サイアム商業銀行のモバイルバンキングでの決済が可能。
    Haupcar2015年タイ最大のカーシェアリングサービス。車やE-スクーターのシェアリングサービスを提供。カード決済に対応。
    MuvMi2020年Urban Mobility Tech(UMT)が提供するEVトゥクトゥクのライドシェアリングアプリ。トゥクトゥクの追跡、予約が可能。
    Nakhonchai Air2016年ナコンチャイ・エア社が提供する、各都県をまたぐバスの乗車券予約が可能なアプリ。カード決済か窓口で現金での支払に対応。

    公共交通とこれらのモビリティサービスの事業者から、主導者やコンソーシアムのような座組を決定することが求められてくる。なお、主導者はWhimのように民間事業者である必要もない。

    モビリティサービス事業者のサービスラインナップ・カバレッジ

    フランス・パリでは、「Bonjour RATP」という複数交通機関の検索・決済が可能なアプリが普及しているが、これは公共交通機関を運営するRATP(パリ交通公団)が主導した仕組みである。バンコクでの主導者・座組の在り方を模索するべきであると考えている。
     

    【条件2】 データ統合・連携

    統合型サービスの実現には、移動手段間のデータ統合・連携が必須である。これが成されない限り、ユーザーの利便性を担保した乗り換えの実現は不可能だ。また、データの精度を向上させる対策も重要である。

    例えば、MRTからライドヘイリングへの乗り換えの際、渋滞が反映されず、待たされてしまうとユーザー体験が損なわれ、人々になかなか定着しないサービスになってしまう。

    19年3月より、Grabは「Trip Planner」というサービスをインドネシア・ジャカルタから順次展開している。バンコクでも過去同サービスを展開していた。

    現在はサービスへのアクセスができなくなっているが、同サービスでは公共交通とGrabBikeやGrabCar等のGrabサービスを組み合わせた旅程を提案し、出発地から目的地への全ての移動の検索・予約のサポートを提供していた。

    サービス停止までの経緯については、Grabは生活者のあらゆるニーズに対応するいわゆる「スーパーアプリ」として顧客基盤を保有していたため、クロスユースでの一定の需要は存在した。一方で、公共交通側の事業推進のスピードやデータ連携に課題があったのではないか、と推測されている。

    サービス統合

    このケースから考えられるのは、条件1に述べた座組の構築や運営力が重要であること、さらに、バンコクでのデータ統合・連携は一筋縄ではいかないということである。

    まずは正確かつ十分なデータを収集する所から始め、リアルタイムデータの反映やAIなどを用いた学習が適用されるようなデータ統合・連携の仕組みを構築する必要がある。

    タイにおいては最近、バンコクの一部のバス停がデジタル化され、バスに積んだGPSよりリアルタイムで到着時間を確認できるようになったばかりだ。

    しかし、渋滞の不確実性をはらんでいる限り、全旅程での提案の精度向上は困難だ。それゆえ、定着するサービスのバックボーンとなるデータ統合・連携には、渋滞の起きづらい都市・インフラ計画とも連携し、課題を根本的な解決へ繋げる工夫が期待される。

    例えば、シンガポールでERP(電子道路課金制度)を用いて実施してきたような渋滞課金や、アメリカで採用されているようなHOVレーン(High Occupancy Vehicleレーン:規定以上の人数が乗車する車両向けの優先車線)の導入等、バンコクの現状から考えると本条件の達成には都市のルール作りまで議論がなされてほしい。
     

    【条件3】 ステークホルダーや地域のニーズの把握・ インセンティブ設計

    さて、ここまでバンコクでは統合型サービスの社会的な必要性が高い、と述べてきているが、現時点ではこのようなサービスに対して、エンドユーザーの認知度は低い。

    そのため、ニーズを掘り起こしながらインセンティブを設計することで、アクセスしてもらえるサービスに仕立てていく必要がある。

    また、エンドユーザーだけでなく、1つ目の条件に記載したようなステークホルダーにとっても、ビジネスとして参入するインセンティブがなければ、持続可能なサービスにはならない。

    地域で生活するエンドユーザーに対しては、移動ニーズや価格の受容度を把握し、魅力的なサービスパッケージを設計することが重要だ。

    例えば、エンドユーザーの移動費がトータルで抑えられるようなサブスクリプションパッケージを用意することが挙げられる。バンコクには移動手段が多数存在するため、ライドヘイリングとBTSのマンスリーパッケージ、水上交通とバイクタクシーのマンスリーパッケージ等個人がカスタマイズできる組み合わせのサービス提供も魅力的かもしれない。

    バンコクに暮らす人や移動手段の多様性を理解しながら、地域の細やかな移動ニーズを把握するための仕組みが求められる。

    事業を共創していく供給者側のステークホルダーに対しては、事業者間でWin-Winとなるビジネスモデルの設計が求められる。

    1社では成り立たないモデルであるため、座組の中で売上や利益を分配するレベニューシェアの仕組みや、事業で収集したナレッジやデータが共有される仕組み等工夫が求められる。また、公的な支援によるインセンティブにも期待したい。

    以上、タイの多様性から、バンコクでの統合型サービス実現の3つの条件を論じてきた。

    小括でも触れた通り、一貫して伝えたいのは、人類を育んできた環境や発展の原動力となってきた産業が織りなす地域固有の価値観を受け止め、その地の未来に求められるモビリティや地域の姿を実現してほしいと考えている。また、我々もその姿を共に実現できるように支援していきたい。
     

    モビリティサービス事業者インタビュー

    モビリティサービス事業者インタビュー

    タイ発カーシェアリングサービスHaupcarのCDO(Chief Data Officer)であり、カセサート大学の土木工学部教授でもあるBoonsiripant氏に、タイのMaaS/モビリティに関する現状認識と推進に向けた考えをインタビューした。

    *インタビュアー:アビームコンサルティング

    Haupcarのサービスについて

    Haupcarは6年間カーシェアを提供しています。新型コロナウイルスの感染拡大によるロックダウンの中、狭いエリアの移動ニーズに応えるe-スクーターのサービスも新たに開始しました。

    スクーター事業者と提携して、大学やチャイナタウン近くのホテルから実証を進めたサービスです。

    また、現在は内燃エンジン車がほとんどですが、EVも増やしている所です。

    タイは交通ネットワークの発達が不十分です。そのため、自家用車が必要ですが、皆が購入できる経済状況ではありません。Haupcarは、車を持てない人々の代替手段なのです。

    MaaS/モビリティの現状認識

    MaaSは渋滞や大気汚染の課題を解決するだけでなく、格差を解消する手段にもなり得ると考えています。バンコクで車を購入できる層は、BTSの駅の真横にあるコンドミニアムに住める層です。低所得の人々は車を持たず、駅から離れた所に住んでいます。もし皆がカーシェアにアクセスできれば、このような格差の是正に繋がります。

    また、MaaSはバンコクでは通用しますが、人口密度の低いウドーンターニーやコーンケーン、プーケットといった県では、事業コストがユーザー数に対して高すぎるのでなかなか難しく、工夫が必要だと思います。

    アビームコンサルティングが本稿で指摘している通り、タイのMaaS市場は分散しておりコラボレーションができていません。事業者がアライアンスを組んで駐車場や顧客情報といったアセットを共有できれば、事業は進むでしょう。ですが、競合の一面も持つ事業者同士が協働するインセンティブや理由付けは難しい所だと思います。

    例えば、利害対立の起きないタイの運輸省交通政策局が支援して、関連事業者の統制をとったり、銀行のATMのように全事業者が提携してステークホルダーの関係になったり、そういった体制が必要だと思います。バンコクでは多様な移動手段がありますが、それらを取り纏めるようなコーディネーターはいません。

    ユーザーの認知・教育も課題ですね。BTSのようなビックプレイヤーがライドヘイリングと組めば、MRTも追随し、認知度が高まるということはあるかと思います。

    事業者間のデータ連携が課題

    また、次の統合型サービスに向けては事業者間のデータをシームレスに連携させる必要がありますが、これは難しいポイントです。電子決済はタイでは普及してきていますが、モビリティ事業者から保険会社や公共交通システム等へのデータ連携はまだ十分にできない状況です。

    いくつかの課題はありますが、今後の推進に向けては公共交通の動きが肝になるはずです。彼らが動き出せば他の事業者も追随してその動きに加わるという流れが生まれ、協働でのサービス創出と実現に向けた連携が始まる第一歩になるのではないでしょうか。

    日本・タイ政府スキームのモビリティ案件

    日本やタイの政府のスキームで行われているモビリティの取り組みをいくつか紹介する。財政的な支援、データ活用からスマートシティまで、幅広く取り組みが存在し、計画されているが、本編でお伝えした通り、先進性地域の住民、既存のモビリティサービス・環境に向き合ったモビリティが成功すると考えられる。

    日本政府

    1. ASEANにおける高効率物流テレマティクスサービス実証事業
      【実施事業者】パイオニア 【省庁】JETRO 【採択年度】2020年
      タイ及びメコン地域の陸上輸送を定量的に計測・評価するとともに、貨物追跡性、定時運行性、安全運行性など各物流パフォーマンスの向上効果を検証し、同地域のサプライチェーンの強靭化への貢献を目指す。
       
    2. タイ国交通安全対策のための
      道路空間データプラットフォーム事業にかかる案件化調査

      【実施事業者】パスコ 【省庁】JICA 【採択年度】2020年
      タイ国の交通事故問題の解決に資する情報管理の課題解決のため道路空間データプラットフォーム事業にかかる基礎調査の実施。タイ国の交通安全事業へのDXの導入による円滑な事業運営、交通安全対策強化への貢献を目指す。
       
    3. タイ国・マレーシア国・ベトナム国・フィリピン国・インドネシア国における
      交通情報を軸としたデータ利活用プラットフォーム事業展開可能性調査事業

      【実施事業者】村田製作所 【省庁】経産省 【採択年度】2021年
      インドネシアにおいて、リアルタイムの交通情報を取得するIoTデータサービスプラットフォームが新しい社会インフラとして導入され始めている。交通問題を抱える他のアセアン諸国への導入とサービスの高度化を目指し、経済性及び技術的実現可能性を調査する。
       
    4. タイ王国・プーケットにおけるスマートシティ実現に向けた
      MaaS等に関する調査検討業務

      【実施事業者】オリエンタルコンサルタンツ、豊田通商 【省庁】国交省 【採択年度】2021年
      プーケットが抱える公共交通の低い利便性、交通渋滞などの諸問題や、都市データの利活用に関する課題に対し、MaaS実証実験や、公共サービスとの連携プラットフォームの構築を検討する。
       
    5. タイ王国:AMATA Smart City Chonburi工業団地
      ゲートウェイエリア開発調査事業

      【実施事業者】パシフィックコンサルタンツ、YUSA(Yokohama Urban Solution Alliance) 【省庁】経産省 【採択年度】2018年
      アマタシティチョンブリ工業団地のゲートウェイエリアを先導的に開発するための事業展開イメージを策定することを目的とした調査。日本の知見、特に横浜をモデルとしたSmart Cityのショーケースを実現化することで、AMATA社が今後、ASEAN地域で工業団地を展開していくうえでの1つのビジネスモデルとなることを目指す。調査の結果、工業団地内の交通渋滞の緩和に向けたスマートモビリティの導入も提案された。
       

    タイ政府

    1. Kon La Krueng
      【実施事業者】クルンタイ銀行 【省庁】財務省財政政策局  【採択年度】2021年
      タイ政府はコロナ禍の国民とビジネスをサポートするため、申請した店舗への財政支援を実施。プログラムは複数のフェーズに分かれており、現在のフェーズ(フェーズ3)ではMaaSフードデリバリーも対象となっている。
       
    2. スマートシティ タイランド
      【実施事業者】N/A 【省庁】デジタル経済振興公社(DEPA) 【採択年度】2021年
      デジタル経済振興公社(DEPA)はスマートシティで提供するサービスについて、DEPAの基準に合格したタイの法人に対して資金調達支援や免税処置を提供する。ここで掲げられるスマートシティの7つの柱には、スマートモビリティも含まれている。
       
    3. M-Map 2
      【実施事業者】公共交通事業者 【省庁】運輸省鉄道局、JICA 【採択年度】2010年-2029年
      運輸省鉄道局はバンコクの人々の移動パターンを調査し、過去との比較を実施した。JICAは人々の移動ニーズに応える大量輸送ネットワークを構築するため、M-Map2ブループリントという計画を提示した。M-Map2ネットワークの構築・展開のため、需要予測モデルの開発も実施されている。

    寄稿者プロフィール

    執筆:アビームコンサルティング グローバルモビリティチーム

    モビリティをテーマに、グローバルオフィス横断で連携したインサイト発信、ビジネス創出・実行支援、関連テクノロジー活用支援を行う組織。本寄稿は日本本社とタイオフィスの共同執筆となる。


    ABeam Consulting (Thailand) Ltd.
    問い合わせ
    Tel:+662 610 1100
    Fax:+662 610 1101
    E-mail:[email protected]

    THAIBIZ編集部

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