ArayZ No.134 2023年2月発行タイ鉄道 - 新線建設がもたらす国家繁栄と普遍社会
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公開日 2023.02.10
目次
バンコク首都圏と東部ラヨーン県にある3つの国際空港を結ぶ「3空港高速鉄道」建設計画は、タイ政府が肝煎りで進めてきた東部の経済特区「東部経済回廊(EEC)」の開発と密接に関係する。担当窓口となるEEC事務局は、今後の外国企業の誘致にはインフラとなる高速鉄道交通網の整備は欠かせないと訴え、タイ国鉄と共同で計画および入札手続きを進めてきた。こうした中で落札をしたのがタイ最大の企業財閥チャロン・ポカパン(CP)グループが主導するコンソーシアム(共同事業体)だった。新型コロナウイルスのまん延や用地問題などで足踏みはあったものの、2023年中にも本格着工する見通しで、2029年の開業を見込む。
他にコンソーシアムを構成するのは、地下鉄MRTを運営するバンコク・エクスプレスウェイ&メトロ(BEM)と、いずれも地場大手のチョーカンチャン、イタリアンタイ・デベロップメントのゼネコン2社、そして中国国営の鉄道建設企業・中国鉄建の計4社だ。当初はイースタン・ハイスピード・レール・リンキング・スリー・エアスポーツと名乗ったが、後にアジア・エラ・ワン(AERA1)に名称変更した。事業時には特別目的事業体(SPV)を組成する。当初資本金は40億バーツ。
入札は2018年11月に行われ、高架鉄道運営のBTSグループHDが主導するコンソーシアムが最後まで争ったが、CPグループ側が最安値を提示した。契約期間は50年の官民連携(PPP)方式で、総事業費は2,245億バーツ。スワンナプーム空港とバンコク都心部を結ぶ既存線のエアポート・レール・リンクを南北に延伸させ、北はドンムアン空港、南はラヨーン県ウタパオ空港に至る全長220キロの1,435ミリ標準軌鉄道を整備する。最高時速250キロ走行の特急列車は、この区間を最短60分で結ぶことになる。
全15駅のうち新設されるのは、ドンムアンからパヤタイまでの区間と、スワンナプームから先チャチュンサオ、チョンブリー、シラチャー、パタヤ、ウタパオまでの各駅区間。パヤタイからスワンナプームまでの既設8駅(両端駅を含む)区間は、エアポート・レール・リンク(28.6キロ)を現状のまま転用する。また、ドンムアンとクルンテープ・アピワット中央(バンスー中央から改称)の両駅区間は、タイ中高速鉄道と重複するため共同乗り入れとする。開業時に全線をAERA1 City Lineに改称する計画もある。
ところが、同事業をめぐっては当初から採算性に疑問符が投げかけられていた。「空港間を移動する鉄道の旅客需要だけでは投資回収は難しいのではないか」というのがその最大の理由だった。そこで国鉄・EEC事務局では、区間内に設置する駅周辺の開発権も含まれるよう発注内容を切り替えた。こうして鉄道の建設・運営と駅前用地の商業開発がセットで入札にかけられることになった。このことが皮肉にも、同建設計画の進捗を遅延させる要因となった。
駅周辺の商業開発は、クルンテープ・アピワット中央、マッカサン、チャチュンサオ、チョンブリー、シラチャー、パタヤの6駅で行われることになっている。このうち、マッカサンと東部シラチャーの両駅前を先行させる計画だ。
マッカサン駅周辺には国鉄などが所有する約150ライ(24ヘクタール)の土地がある。ここにホテルや商業施設、コンベンションセンター、国鉄の研究開発センターなどが入居する総床面積200万平方メートルの総合複合施設を建設する予定だ。また、付近には1万戸以上の低所得者向け住宅や博物館なども整備し、一帯のスマート化や全体の6割については緑化も進める。当初の見積もり総事業費は1,400億バーツに上る。
東部シラチャーの駅予定地前にも25ライの土地があり、ここで商業開発が始まる見通しだ。付近には日系企業が入居する工業団地や日本をテーマにした開業済みの商業施設がある。こうした施設とも連携しながら、テーマパークの色彩を強くした開発が進められる公算が高い。
3空港高速鉄道事業を落札したCPグループ主導のコンソーシアムAERA1と国鉄・EEC事務局との協議は、コロナ禍における各種行動規制もあって難航した。契約見直し交渉は21年10月の開始以降、2回も延長され、22年7月になって翌年中の着工がようやく見通せる段階となった。
この間、議論の対象となったのは、CP側が譲り受けるエアポート・レール・リンクの事業権料支払いの問題や、ドンムアン~クルンテープ・アピワット中央両駅間の重複工事費用を誰が負担するかといった問題、発注側が交付する着工指示書の交付時期の問題などだった。マッカサン駅前の開発予定地には大規模な排水溝の跡地などがあり、この除去費用などをめぐっても交渉が行われた。
一方で、コロナ禍からの回復に伴い、拡大する航空需要からの要請も強まってきた。スワンナプーム空港では第1サテライトターミナルの供用開始が間もなく始まり、駐機場は28ヵ所も増える。第3滑走路の工事も進んでいる。ドンムアン空港でも第3旅客ターミナルの建設が行われ、完成すれば年間の処理能力は1,800万人増加して4,800万人となる。駐機場も12ヵ所増える。ウタパオ空港も第2旅客ターミナルを完成させ、処理能力を1,500万人から2,000万人に引き上げる。
こうした待ったなしの状況に、事業計画はようやく重い腰を上げ動き出そうとしている。鉄道本体ではスワンナプーム空港とウタパオ空港間を優先させ、着工を急がせようという動きも広がっている。マッカサン駅前の商業開発では、一帯をA~Eの5ゾーンに分け一部を先行させる計画だ。まずは、総額420億円を投じて総床面積80平方メートルの複合施設の建設を急ぐ。
タイ中高速鉄道は、クルンテープ・アピワット中央駅(バンスー中央駅から改称)を始発駅に、東北部イサーン地方の玄関口ナコーンラーチャシーマー駅を経由し、メコン川を挟んでラオスとの対岸国境にあるノーンカーイ駅までを結ぶ全長約609キロの高速鉄道。1,435ミリの標準軌が採用され、最高時速は250キロ。両端駅も含めてこの間に計11駅を置く計画で、在来線の寝台列車で10時間超を要していたものを3時間15分で結ぶ。
さらに、メコン川を渡河してラオス・中国間を走る中老鉄路とも接続させ、雲南省昆明に至るという壮大な構想もある。賛否両論はあっても、インドシナ半島を縦貫する初の超特急であることに違いはない。
工事は2つの工期に分けて行われている。第1期がクルンテープ・アピワット中央駅からナコーンラーチャシーマー駅までの約356キロで、途中駅としてドンムアン、アユタヤ、サラブリー、パークチョン(ナコーンラーチャシーマー県)の4駅が置かれる。
2017年に着工したものの、技術やシステムの供与のあり方などをめぐって中国政府との交渉が長引いたほか、新型コロナウイルス感染症の流行や用地買収の難航もあって工事は遅れ、22年末の進捗率は15%程度にとどまっている。当初計画では37%を想定していた。それでも26年3月までの完成を目指す。
第2期はナコーンラーチャシーマー駅からノンカーイ駅までの約253キロ。途中駅としてブアヤイ(ナコーンラーチャシーマー県)、バンパイ(コンケーン県)、コンケーン、ウドンタニの4駅が計画されている。第1工期の終了後から3~4年で完成させるとしている。全線の開業は早くても29年としており、タイ中両国政府が鉄道建設に合意した15年当時の予定から9年余りずれ込むことは確実だ。
高速鉄道建設は、2014年5月のプラユット・ジャンオーチャー陸軍司令官(現首相)らによる軍事クーデターの後、欧米諸国との関係が冷え込んだことをきっかけに貿易や経済の拡大を目的に計画が始まった。中国としても、習近平政権が13年から掲げる広域経済圏構想「一帯一路」とリンクできるなど、双方の思惑が一致するという背景があった。ところが、技術やシステムの供与に止まらず、建設資金や資材、労働者の派遣までも中国が主張したため一時停滞。最終的に約4,800億バーツ(約1兆7,000億円)の建設費はタイの全額負担とすることで着工となった。
現在、具体的に工事が進んでいるのは、クルンテープ・アピワット中央駅の発着ホームと、ナコーンラーチャシーマー県に新設されるパークチョン駅周辺(クランドン~パンアソーク間)の3.5キロの土木工事のほかは目立ったものはほとんどない。それでも22年8月には関連する土地収用法が発効し、第1期工事の用地確保にも弾みがついたほか、第2期工区の環境影響評価の申請が間もなくの段階となっている。
こうした最中、アユタヤ駅周辺の開発をめぐって物議を醸す事態が生じている。世界遺産「アユタヤ」に関して、管轄する国連の教育科学文化機関(ユネスコ)から「待った」がかかったのだ。タイ政府は当初、アユタヤ駅舎について仏教寺院を模した高さ45メートル3階建ての荘厳な造りとするプランを進めていた。駅舎を含む南北13.3キロの区間(バーンポー~プラケーオ間)についても高さ19メートルの高架とする計画だった。
チャオプラヤーの本支流に囲まれた島状のアユタヤには古代遺跡が数多くあり、付近一帯の1,810ライ(約290ヘクタール)は1991年にユネスコによって「プラナコーンシー・アユタヤ歴史都市」として世界遺産に登録されている。景観を変える巨大建造物の建設や大規模開発には遺産影響評価が必要とされており、それがなければ工事は進まない。文化省芸術局も付近3,000ライを考古学研究の対象に登録しており、同様に開発には大きな壁が立ちはだかる。
そこで政府が取った新たな対策が5つの代替案の作成だった。まずは高架橋の高さについては全体として17メートル以下に引き下げ、新駅舎を地下化するというプランが第一に検討された。それによれば、駅舎の周囲5キロ全域が地下構造物となり、追加予算として153億バーツ、さらに5年の工期が必要とされた。続いて検討されたのが30キロにわたり世界遺産を迂回するという案だった。だが、これにも3,750ライの新たな土地収用が必要となり、264億バーツの追加費用が発生することが判明。工期も7年とされた。
駅舎を移設し、北に3.5キロのバーンマー駅周辺にするという案も考案されたが、同様に工期は5年とされた。このほか、現行計画のまま後に都市計画を決定して解決するという先送りプランや、高架橋だけを作って駅舎の建設場所は後で決定するという案も相次いで挙げられたが、いずれも決め手を欠いている。検討の陣頭指揮には現内閣のプラウィット・ウォンスワン副首相が当たっている。
一方、ユネスコは「遺産影響評価はタイの法律下にはない」とタイ政府の対応にくぎを刺す。特別法を制定して、遺産影響評価を回避しようというタイ国内の一部強行意見を警戒した対応だ。ただ、ユネスコはこうも指摘する。「最終的に判断するのはタイだ。世界遺産は国に観光客と観光収入をもたらす源泉なのだから」。投げられたボールにどう応えるのか。政府の対応が注目される。
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THAIBIZ編集部
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