ArayZ No.137 2023年5月発行タイはコロナ、そして米中貿易摩擦でどう変わった?不動産の潮流2023
この記事の掲載号をPDFでダウンロード
掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。
公開日 2023.05.10
タイは2020年を境に大きく環境が変わった。米中貿易摩擦やコロナ禍における対応など、習近平政権下のいつ何が起こるか分からない政治の動きに対し、中国国内の製造業が国内に留まることはリスクだと考え始めた。そして、中国からの離脱で注目を集めたのがタイだった。中国に進出していた日本企業や外国企業だけでなく、中国企業までもがタイ進出を加速させている。今回は、そんな製造業の進出動向と絡め、物流と工業団地の観点からタイ不動産の潮流を見ていきたい。
米中貿易摩擦はアメリカと中国だけに影響を及ぼしたわけではない。中国に進出している外国企業が中国での操業はリスクになるという考えを持つきっかけの1つになった。また、中国における人件費や原材料費などの高騰も相まって、日系企業も同様に中国リスクを無視できなくなっていた。
さらに、コロナ禍の中国による「ゼロコロナ」政策による供給網混乱や半導体不足の深刻化により製造業が停滞したことで、日本のサプライチェーンの脆弱性が顕在化した。それを受け、経済産業省では、2020年から「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」を実施している。これは、海外における生産拠点の集中度が高く、かつサプライチェーンリスクが大きい製品・部素材に関し、サプライチェーンの強靱化を図ることを目的として、国内の生産拠点等の整備を進める場合に支援するものである。
製造拠点としての求心力が弱まってきた中国において、中国に拠点を置いていた日本企業や外国企業に限らず、中国企業までもが国外へ拠点を移す動きが活発化しており、その移転先の一つとしてタイが注目されている。
タイ製造業における特長の1つに製造業が集積しているエリアの密度が挙げられる。タイの主要な工業団地群はバンコクから車で3時間圏内にあり、例えばバンコクの北側にあるアユタヤからタイ東部に位置する東部経済回廊(EEC)内にあるラヨーン県のイースタンシーボードまで約200km、ほぼ高低差もなく車なら2時間半程度で到着できる。製造業の中心地であるバンコク近郊からEECエリアにある工業団地群であれば、あらゆる部品が半日もかからずに入手できる環境にあるということになる。
この製造業の中心地には強固なサプライチェーンが構築されている。これはトヨタが1964年に製造を開始して以降、さまざまな企業の努力により長年かけて蓄積してきた貴重な資産と言えるだろう。ほかの国が真似しようとしても短期間で取って代われるようなものではない。
前述のように、主要な工業団地間を3時間圏内で運送可能にしているのが、発達したタイの物流網だ。各国の舗装された道路の総距離の推移(図表1)を見ると、タイは14年から19年にかけて約2.5倍と他国と比較しても高い伸びを見せている。タイ政府が主導してインフラ整備に注力しているためだ。
製造業の発展には充実した物流網は欠かせない。部品や完成品が滞りなく移動することで、スピード感をもったものづくりが実現できる。物流基地(ハブ)を戦略的に配置し、ハブとハブの間を結ぶ幹線ルートとハブ周辺をカバーする集配網を構築するハブアンドスポーク戦略は、この充実したタイの陸路網によって下支えされている。
さらにタイは陸路物流以外にもレムチャバン港やウタパオ空港、スワンナプーム国際空港の整備・拡張など、海運、空運ともにバランスよく整備を進めている。整備された陸路輸送、そして同時に海路、空路を融合した国際ゲートウェイ機能は、タイが世界の輸出拠点として確固たるポジションを獲得するためには欠かせない。
タイの恵まれた立地も忘れてはならない。東南アジア、特にカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの中心的位置にあることを生かし、また、周辺国ネットワークを活用したビジネスモデルはタイ政府の政策も奏功し、この地域のハブとして独自の位置付けが確立されつつある。
物流企業にとって立地は重要だ。狭いエリアで配達件数が多い場所は、効率良くものを運べるため、物流の最適なエリアといえる。バンコク周辺やEECなどは顧客が密集しているため、物流業者にとって、魅力的な立地だといえよう。以前、BOIの恩典がなくなった労働集約型の製造拠点は近隣国に移し、最終完成だけタイで行うという効率化の話もあったが、現在ラオスやカンボジアの人件費も高騰しており、また、各国で現地法人を設立する手間や長距離になる輸送コストなどを考えると、タイ国内にまとめようというのが今の潮流と言える。
アジア全体で見ても、今後市場は拡大していくことは明白だ。タイはこの膨大なアジア市場へ容易にアクセスできる立地にあり、製造・輸出拠点としてさらに重要な位置付けになっていくだろう。製造業においては、この成長市場の需要に応えるための中長期的な視点が必要となる。
近年、物流業界に異業種からの参入が増えている。その理由としては、物流市場の拡大、成長性、ニーズの多様化が挙げられる。特に、電子商取引(EC)の発展やグローバル化により、物流ニーズが増加している。
異業種が物流業界に参入する旨味は、自社の製品やサービスと物流サービスの組み合わせによる新たな価値提案や差別化が可能になることだ。また、独自の技術やノウハウで競争力を高めることができる。
無論、参入にはメリットとデメリットがある。メリットは、新規市場へのアクセスや事業の多角化によるリスク分散である。デメリットは、物流業界への理解不足や初期投資が大きいこと、既存の物流業者との競争や規制への対応が課題となることだ。
異業種からの参入が物流業界に与える影響は大きい。業界全体の競争力が向上し、効率化や技術革新が促進される。異業種の知見が取り入れられることで、サービス水準が高まることも期待できる。しかし、市場の過剰競争や業界再編が進むことで、既存の物流業者には厳しい状況が続く可能性がある。
このように異業種からの物流業界参入は、新たなビジネスチャンスや競争力向上の機会を提供する一方で、デメリットや業界への影響も考慮する必要がある。業界参入を検討する企業は、これらの点を総合的に評価し、適切な戦略を立てることが重要である。
タイの物流業界も世界の潮流同様に、ECの拡大やグローバル化、消費者の多様化したニーズに対応するために、高度化が求められている。
自動化技術は物流業界で重要な役割を果たしている。労働力不足やコスト削減、効率化を実現するために、AIやロボット技術を用いて倉庫内の作業を自動化することで、労働力を節約し、より迅速な配送が可能になる。
冷凍冷蔵技術は食品や医薬品などの品質を維持するために欠かせない技術であり、物流業界での需要が高まっている。より高度な温度管理技術を持つ物流サービスが求められ、冷凍冷蔵技術を活用することで品質の維持や安全性の確保、製品の鮮度維持などが可能になる。
危険物取扱に関しても、可燃性物質や化学物質などの危険物の輸送が増えており、安全かつ効率的な運搬手法が求められている。物流業者は、適切な包装や運搬方法を研究し、危険物の取り扱いに関する知識や技術を向上させることが重要である。安全な輸送に対するニーズが高まる中、危険物取扱に関する技術はますます重要になっている。
ロジテムタイランドは、倉庫・配送サービス事業拡大のため、2023年3月に物流施設を竣工した。レムチャバン港に近いロジャナ工業団地レムチャバン内に立地する。倉庫面積は約14,000平方メートルで、一部に危険物倉庫の機能を兼ね備えている。
シノ・ロジスティクスとサラ・エステートは2023年3月、タイの物流事業で戦略的パートナーシップを締結した。両社は保税倉庫や冷凍倉庫の共同開発を行う。この提携により、サラ・エステートの不動産・インフラ知識とシノ・ロジスティクスの物流専門知識を組み合わせ、顧客への多様な選択肢を提供し、タイの物流産業発展への貢献を目指す。
デジタルサプライチェーン管理コンサルティング会社TMXは2023年3月にタイ支社の設立を発表した。シンガポール、マレーシア、ベトナムを含むアジア市場にサービスを展開。タイをアセアン域の物流ハブとして戦略的重要点と位置付ける。TMXは、地域のサプライチェーンの機敏性と適応性を高めることで、東南アジアの成長を支える役割を果たす。
タイの素材最大手サイアム・セメント・グループ(SCG)傘下の物流会社SCGロジスティクス・マネジメント(SCGL)と地場物流会社JWDインフォ・ロジスティクスが合併に向けて実施した株式交換が2023年2月14日付で完了した。合併により誕生したSCG・JWDロジスティクスの売り上げ規模は2社の21年時点の業績の単純合算で255億4,800万バーツ(約997億円)となり、同社はASEAN最大の物流企業への成長を目指す。
タイ・ポスト・ディストリビューション(THPD)はシンガポールのスワット・モビリティと2022年7月に提携し、AIと機械学習を活用した配送負荷とルートの最適化を共同研究することで合意した。この提携により、THPDの物流業務が強化され、カーボンニュートラルなモビリティへ推進を狙う。スワット・モビリティのAI搭載システムは、ルートプランニングを自動化し、車両の積載量を最適化することが可能となる。
バンコク周辺やEECでは物流業者が数多く参入していることから、ただ運ぶだけでなく付加サービスが求められるようになっている。実際、プルクサ(住宅開発デベロッパー)がバンナーエリアに100ライ超の土地を取得し、物流センターの開発の準備を進めているほか、東急不動産はシンガポール子会社の東急ランドアジア(TLA)を通じて、オリジン・プロパティ(不動産デベロッパー)などとバンコクで2つの物流施設開発事業に乗り出すなど、異業種から参入する動きがある。そのため、冷凍・冷蔵や、半導体などの温度管理が重要となるものの定温輸送、危険物取り扱いなど、各社で差別化が進んでいる。そのほか、スマート物流センターなどを整備し、自動化による業務効率を向上させることでコスト削減を進めるといったことも始まっている。
電子商取引(EC)の発達や人手不足を背景に倉庫の自動化ニーズが高まっている。自動倉庫はどのような課題解決や価値創造をもたらすのか。冷凍冷蔵倉庫の市場で日本トップクラスのシェアを持つIHIグループに世界の潮流やタイでの需要の変化などについて聞いた。
「所得が向上するなど鮮度の高い生鮮品を求めるようになった一方で、過酷な物流倉庫の現場では人手不足が顕在化しつつあるのがタイの市場。そこに、自動化・省人化の技術が生かせる余地はまだまだある」と話すのは、IHIのタイ・アセアン地域の統括法人IHI ASIA PACIFIC (Thailand) Co., Ltd.の横山雄太マネージャー。今後も市場のニーズは拡大していくと読む。
その最大の理由が数多くある利点だ。極低温という環境下では労働力の確保が難しいことに加え、どうしても人為的なミスが起こりがち。物流の現場では、自動設備の導入によって先入れ先出しの徹底はもちろん、誤出荷の防止、保管効率の向上も図ることができる。ある顧客のケースでは、高さを有効活用することで最大5倍の同効率をアップすることができたという。
人手によるフォークリフトの作業も減ることから、荷物の破損リスクも大幅に低減。フォークリフトの台数そのものも削減することが可能となった。溢れた在庫を外部に委託、横持ちする機会も減ることから、この分野の費用も削減可能となる。結果、大幅なコスト削減が図れた事例は数に限りがない。
もちろん、初期投資や年間維持費が必要となるものの、リース方式を組み合わせることで単年度の支出を抑制することもできる。「(導入後の)トータルコストで考えた時、自動化・省人化がもたらす効果は計り知れない。在庫管理が確実になされ、作業品質が向上することでステークホルダーからの信頼にも繋がる」(横山氏)というのが同社の見解だ。
IHIの自動倉庫
動画で見る
欧米や日本市場では、すでに50年以上も前から導入が始まった自動倉庫。コロナ禍を経験した昨今はECの普及から、仕分けやピッキング分野での自動化ニーズの高まり、パレット単位からピース単位への取り扱いの細分化など、個配需要が拡大している。自動倉庫は他の物流機器との組み合わせにより、こうした分野にも柔軟に対応が可能だ。市場が未発達だったタイでは長らくニーズが直結せず、労働力の安さもあって人海戦術が主流を占めてきた。そこに登場したのが、折からの市場の変化だった。つい10年ほど前のことだ。
生活スタイルの変化や所得の向上に伴い質の高い食材等を求めるようになったタイの中間所得層。加えて冷蔵冷凍製品やペットフードなどの輸出が拡大し、世界の台所としての地位が高まったことも大きく作用した。一方、労働市場は少子高齢化の加速から労働力の確保が今後ますます困難になっていくと予想される。今後も拡大するコールドチェーンや社会課題に対応するためには、自動化・省人化はもはや緊急の課題と言える。
新時代を迎えたタイの物流倉庫事情。横山氏は「タイが産業の高度化を実現し、今後も経済成長を続けて高所得国入りを目指すならば、更なる自動化の流れは不可避だ。物流品質の向上は産業を育成させ、海外企業を呼び込む原動力にもなる」と話す。
◆ IHI企業情報
造船や航空宇宙事業で知られる株式会社IHI(旧石川島播磨重工業)。コロナ前の2018年にはタイで最大級の冷蔵冷凍物流センター設備を受注。マイナス25度以下帯、0~4度帯、常温帯と3温度帯に対応する広さ2万5000平方メートルの大規模倉庫を整備し、話題をさらった
電話 : +66-2-236-3490
Eメール:[email protected]
ArayZ No.137 2023年5月発行タイはコロナ、そして米中貿易摩擦でどう変わった?不動産の潮流2023
掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。
GDM (Thailand) Co., Ltd. 代表取締役社長
高尾 博紀 氏
早稲田大学商学部卒業。2008年来タイ。1,500,000㎡を超えるタイ不動産取引実績を有し、企業の不動産取得支援を行っている。ホテル・オフィス用地や工場倉庫用地及びホテルやオフィス、商業施設などの事業用不動産売買に強みを持つ。「タイで最も土地取引を行う日本人」として、豊富な知見を生かし企業の投資に関するコンサルティングなども行う。
GDM (Thailand) Co., Ltd.
電話 : 086-513-7435(高尾)
Eメール : [email protected]
57, Park Ventures Ecoplex, 12th Fl. Unit 1211 Wireless Road, Lumpini, Patumwan, Bangkok 10330
SHARE