ArayZ No.138 2023年6月発行ASEANシフトが進む昨今、新たなる舞台での変革 ベトナム市場のポテンシャル
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カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
公開日 2023.06.10
目次
ベトナムにおける大企業は①国営企業、②民営化された元国営企業、③民間企業の3つのグループに分類できる。ベトナムの時価総額企業ランキングを見ると、①国営企業が4社、②民営化された元国営企業が2社、③民間企業が4社とバランス良く分散されていることが分かる(図表1)。元国営企業も含めると60%が国営企業を母体としている点は、社会主義国家であるベトナムならではと言える。また、これらの企業は後述する様に基幹産業のリーディングカンパニーであり影響力も大きい。
一方で、これは民間企業の活動が脆弱であることを意味している訳ではない。ベトナムの代表企業とも言えるビングループ系列内の中核会社Vingroup JSCおよびVinhomes JSCの2社が時価総額トップ10にランクインし、両社の時価総額を合算すれば184億ドルにも達し、国営企業であるPetroVietnamを凌駕している点も見逃せない。また、日系企業との提携も民間企業においては活発である。
ベトナムにおける国営企業の民営化は、外国投資家のベトナム事業機会の有力な手段の1つとなるため、注目テーマとして取り上げられることが多い。ドイモイ政策が採択された1986年以降、政府は国営企業の民営化を推進し、2021年時点では約500社の国営企業を残し民営化が完了している。ただし、近年の傾向としては民営化の停滞が目立っている。
停滞の理由としては、近年のベトナム政府の政治的不透明性なども要因として挙げられるが、一番のボトルネックとなっているのは企業評価算定である。例を挙げると、ベトナム石炭公社であるVinacominは16年にIPOにて2.364億ドルの株を新規公開したが、実績は1.2百万ドルであった。これは株価設定が割高であったことが要因と言われている。また、同様のことが18年ベトナム電力公社(EVN)の子会社であるGENCO3の新規上場時でも起きており、目標2.7億ドルに対して8百万ドル程度と大幅な未達となった。
ベトナム政府も民営化の停滞については問題点として自覚しており、22年に首相によるDecision 360/QĐ-TTg 2022 Scheme on “Restructuring state-owned enterprises in 2021-2025”により、25年までに民営化の再構築に目途をつける目標を掲げた。その中で、企業価値の算定方法に関する法令、国営企業への公開入札に参加する外国投資家による外貨預金を許可するなど、国有株式売却の円滑化を施策として盛り込んだ。
近年の大型民営化の事例では17年の地場ビール大手メーカーであるSaigon Beer(SABECO)などが挙げられ、タイ大手財閥であるThai Beverageが65.2億ドルで同社株式53.59%を購入し注目を集めた。今後はビール大手HABECO、損保大手Bao Viet GroupやBao Minh JSC、プラスチックパイプメーカーTien Phong Plastic JSCなど大型国営企業のより一層の民営化が注目、期待されている。
例:EVN、PetroVietnam、Petrolimex、Vietcombank
・ガスや石油をはじめ自然資源、電力など基幹産業に関する分野に集中
・行政同様に内部の意思決定プロセスが長い
今後の動向:一部の事業で民営化が徐々に進む
代表的な企業として、エネルギー大手PetroVietnam、Petrolimex、発電大手であるベトナム電力公社 (EVN)、通信大手Vietcombank、Viettelなどが挙げられる。各国営企業は、主にガスや石油をはじめとしたエネルギー関連やインフラ、金融などを担っているケースが多い。また、その投資方針や事業範囲は国により規定されており、異業種・異業態への参入などの多角化ではなく、業界内での競争力強化を目的としたものが多く見られる。例えば、発電事業者であるEVNはガス、発電事業者を主に手掛けているが、近年は太陽光発電などの再生可能エネルギー分野への投資は行うものの、送電分野はNational Power Transmission Corporationなど、別の国営企業が担っており棲み分けがされている。また、どの企業も基幹産業におけるリーディングカンパニーということもあり、意思決定においては政府ともコミュニケーション上、緊密なつながりを有し、結果として内部の意思決定プロセスが長期化する傾向にある。
例:Vinamilk、Saigon Beer (SABECO)、Bao Viet Life Group、FPT Group
・公共性が低い分野が多い(食品、通信、保険など)
・国の保有持分が様々であり経営のスピード感に濃淡あり
今後の動向:既存事業の強化とあわせ、川上・川下へ垂直展開
食品大手Vinamilk、IT大手のFPT、金融大手Bao Viet Life Corporationなどが挙げられる。ドイモイ政策以降、民間の経済活動を円滑化するための法整備や外資規制の撤廃が進むと同時に、既存の国営企業の民営化も進んだ(コラム「国営企業の民営化」)。民営化のレベルは企業ごとに異なっており、例えばVinamilkの場合、2003年に民営化されて以降、現時点でも国営ファンドであるState Capital Investment Corporation (SCIC)が持ち分36%を有する大株主である。一方で、ベトナム保険大手であるBao Viet Life Groupの場合はベトナム財務省が株式の約68%を保有している。
同グループの企業の多くは元国営という背景から、政府とのパイプや事業基盤を生かしつつ、民間ならではのスピード感を備えているケースも多い。事業戦略については事業基盤の整った中核ビジネスのさらなる成長、高度化を志向する事例も近年多く見られる。Vinamilkの例では、21年に双日と提携し牛肉製品の加工・販売を目的とする合弁会社を設立した。既に酪農・乳製品製造販売事業での強固な事業基盤を有していたが、日系企業の畜産製品製造ノウハウを生かし、より一層の安全・安心な製品供給を目指している。
例:Vingroup、Masan Group、Hoa Phat Group、Truong Hai Group
・歴史が相対的に浅く、創業者が経営権を有しているケースが大半
・大手は近年事業の多角化、垂直統合など積極的な事業拡大を志向
今後の動向:再生可能エネルギー、IoT・AIなどの先端技術、電動自動車などの新分野に積極的に参加
ベトナム最大民間コングロマリットVingroup、ベトナム最大総合食品メーカーであるMasan Groupなどが挙げられる。ベトナムで一番歴史の長い民間コングロマリットであるHoa Phat Groupは創業1992年であり、設立31年であることからも分かる通り、民間の経済活動が許可されてから40年に達してないベトナムでは、歴史が浅く若い企業が多いという点も特徴である。また、創業者を見ると、Vingroupのファム・ニャット・ブオン氏(Mr. Pham Nhat Vuong)やMasan Groupのグエン・ダン・クアン氏(Mr. Ngyuen Dang Quang)は、両者とも旧ソ連で教育を受けた背景を持つなどの共通性も挙げられる。
これらの大企業はコアビジネスを強化するための商品ラインアップの拡大、垂直展開などを同時に進めている。例として、従来不動産分野がコアビジネスであるVingroupは電気電子、自動車の生産やIT産業など近年手掛けており、事業分野の多角化を進めている。また、食品メーカーであるMasan Groupは子会社のMasan Resourcesを通じて世界最大のタングステン鉱山であるヌイファオ鉱山で採堀を行っており多角化を進める一方、自社製造の消費財拡販のために小売り分野に参入し、垂直展開を志向している。国営企業のように公共部門の内部プロセスや国策に縛られることなく、意思決定プロセスが迅速である点は民間企業の利点である。
ビングループ(Vingroup)はベトナム最大財閥の一つとして不動産や小売り、ホスピタリティ、ヘルスケア、教育、自動車製造と幅広い産業に参入している。同社は1993年にウクライナにて会社を設立、その後2000年に祖国貢献を目指しベトナムに拠点を移し、中核事業である小売とリゾート事業に参入した。07年にはホーチミン証券取引所に上場、21年には54.3億米ドルのグループの連結売上と国営石油・ガスのペトロリメックス(Petrolimex)に次ぐ国内2位の規模となっている。
ビングループの代表的な子会社には、ベトナム最大の不動産開発会社であり、全国各地で多数の住宅・商業プロジェクトを手がけるビンホームズ(Vinhomes)、ショッピングモールや小売りセンターを運営するビンコムリテール(Vincom Retail)、高級ホテルやリゾートを運営するビンパール(Vinpearl)、病院や医療施設のネットワークを運営するビンメック(Vinmec)、電気自動車やオートバイを製造するビンファスト(VinFast)などが挙げられる。
また、ビングループはベトナムにおける科学技術の研究開発を支援するVingroup Innovation Foundationや、科学技術教育に特化した私立大学であるVinUniversity(VinUni)など、社会的・慈善的な活動にも精力的に取り組んでいる。
ビングループは政府との太いパイプを持ち、観光・娯楽開発や不動産開発で成功を収めたグループである。事業の展開としては「ビンID」と呼ばれるビングループの電子マネーアプリがあり、同グループのスーパーマーケットやモール、旅行など幅広く活用したエコシステムの形成と事業間のシナジー組成に長けており、ビングループの住宅を買うと同社の車が割引されたり、同社のサービスを使う際に一律で10%からの割引が適用されるなど、家から病院までを幅広く捉えるビンならではの販売方法と市場攻略を行っている。
19年には小売業を同業最大手のマサングループに売却し、製造業に注力する姿勢を見せた。一方で、その製造業事業もスマートフォンや家電の製造から早期に撤退するなどのスピーディーな意思決定で同社の環境は目まぐるしく変化している。
ビングループの現在の最重要課題といえるのが、自動車部門のビンファストによる欧米市場の攻略である。22年末に米国での上場を申請し、環境意識の高い市場に対し安価なEVを提供するビンファストは比較的好感触である。
一方で、業績は05年以降低迷しており、特に21年にはビンファストを含む製造業の赤字が33兆ドン(約1,947億円※1)まで膨らんだこともあり、回復傾向にある他事業の黒字を食いつぶしている状態である。
小売り:Vincom Retail
ビンコムリテールはベトナム全国に83店舗、延べ売り場面積175万平米を誇る、同国の小売業界におけるリーディングカンパニーであり、高品質な小売り施設を提供することに特化し、全国にそれを展開することに長けている企業である。
ビンコムリテールのショッピングモールには、ファッション、コスメ、電化製品、書籍、フードコートなど、幅広い種類のテナントが入居しており、設備やデザイン面で高い品質を備えているとともに、豊富なアメニティーや娯楽施設も備えている。また、一部の物件には、高級ホテルやオフィスビルも併設されている。
ビンコムリテールの展開の特徴としては「ビンコム」ショッピングセンターを市場セグメント別に4つに分けており、富裕層向けで都心に立地する「Vincom Center」、統合的開発地区に立地し全所得層を訴求する「Vincom Mega Mall」、省都や主要都市の非中央地区にてファミリー向けおよびアクティビティハブとしての役割を持つ「Vincom Plaza」、地方や非中央区の大衆向けの「Vincom+」を展開している(図表2)。
不動産:Vinhomes
ビンホームズはビングループの不動産開発子会社であり、ベトナム最大の不動産開発会社でもある。同社はベトナム全国各地で多数のプロジェクトを手掛けており、代表的なプロジェクトとしてはホーチミン市ビンタン区にある「ビンホームズセントラルパーク」だ。ホーチミン市の大規模レジデンスには高層マンションだけでなく、公園や商業施設を含めた都市開発が行われ、プロジェクトの中心には東南アジアで2番目の高さとなる「ランドマーク81」がそびえる。
ビンホームズは、住宅プロジェクトにおいては、高層マンション、ヴィラ、タウンハウス、ショッピングモール、レジャー施設などを開発しており、また商業用不動産においては、オフィスビル、ショッピングモール、ホテル、レストラン、カフェなども手掛け、現在では約46,700軒、30万人の入居を誇る最大の不動産事業者となっている。
レジャー:Vinpearl
ビンパールは、ビングループのホテル・リゾート・エンターテインメント部門でベトナムを代表する高級リゾートブランドでもある。同社は全国各地にリゾート施設を所有・運営しており、ビーチリゾート、ゴルフリゾート、シティリゾートなど幅広い種類のリゾートを提供しており、代表的なものはベトナム屈指にリゾート地であるニャチャンの超大型統合型リゾート「ビンパールランド」などが挙げられる。
ビンパールの戦略としては高品質でラグジュアリーなリゾート体験を提供することに焦点を当てており、1つ目に施設内の品質維持と豊富なアメニティや娯楽施設を設けることによるプレミアムなリゾート体験の提供、2つ目に多種多様なリゾート開発で、ビーチリゾートやゴルフリゾート、シティリゾートなど顧客の好みやニーズに合わせ、多様な顧客層へのアプローチを可能としている。3つ目に徹底したブランディングとマーケティング戦略の施行により、国内外の両方でブランド認知度の向上と顧客獲得を進めている。
自動車:VinFast
ビンファストは、ビングループの自動車部門であり製造・販売などを担っている。17年にビングループは自動車製造業への参入を公表し、ベトナム・ハイフォン市に工場を建設。その翌年にはイタリアのカロッツェリア※2最大手のピニンファリーナのモデル生産契約、BMWからの知的財産権購入、ベトナム国内のゼネラルモーターズのシボレーディーラーネットワークとハノイ市にある生産工場の買収と、大きく生産能力と販売能力を向上させ、25年までに年間生産台数を50万台まで拡大することを目標としている。
ビンファストは欧米のノウハウを徹底的に導入したことで、最後発ながら早期の市場参入を果たした点が特徴として挙げられる。上記3社以外にも電動分野や電気系統ではシーメンス、自動車部品はボッシュ、マグナ・インターナショナルとの提携が功を奏して、既製品ベースでありながら設立5年にして欧米市場への輸出を行うことができるようになった。ビンファストの経営目標としては電動車の普及が進む欧米市場の攻略が今後の目標であるとされている。
私事になるが、2008年にベトナムの投資有望性について書籍を執筆した。07年に同国がWTOに正式加盟し、流通分野など制約が多かった業種で参入が容易となり同国への期待が高まっている時期であった。「今が投資のチャンス」とやや大げさに筆を振るった記憶がある。
それから15年経った今、ベトナムの輝きはますます増しているといえよう。ベトナム保健省によると昨年(22年)のベトナムの人口は9,900万人。今年中に1億人を達成する見込みである。人口規模の増大は経済規模の拡大につながる。ハノイ、ホーチミンの1人当たりGDPは6,000~5,000USD台と域内でも有数のレベルとなっている。また、経済安全保障という観点で同国と日本との親和性も高い。米中両国の経済摩擦やロシアのウクライナ侵攻といった地政学的要因を踏まえたサプライチェーン構築において同国は外せない存在である。15年前の前言撤回になってしまうが、市場としてのベトナムの舞台がいよいよ整い、日系企業にとり投資を真剣に考えられる飛躍期に入っているように思う。
本編でも述べた通り同国は魅力的な市場ではあるが、個別にみると未だまだら模様である。北と南の違い、都市と地方部の貧富の差などから医療、環境分野などの問題も山積しており国として解決すべき大きな問題も多い。同時に、日系企業のベトナム事業も過渡期にある。製造業では従来型のコスト競争力のある人件費を背景とした輸出拠点から、より付加価値の高い製品や製造機能が求められるようになっている。また輸出拠点から消費市場としての位置付けが強まり、事業体制を再構築する動きもみられる。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングはMUFGグループのシンクタンクとしてメコンエリアに根を張ったコンサルティングサービスを展開している。日系企業のベトナム進出はもちろんのこと、近年はタイからの生産事業の移転など域内でのサプライチェーン再編にベトナムを絡めた動きも数多くみられ、各種のコンサルティングサービスを行っている。今後はベトナム財閥の動向についての連載をはじめとして読者の皆様にベトナムの魅力について数多く発信していきたい。
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MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Managing Director
池上 一希 氏
日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に入社、2018年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等に取り組む。
MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
Consultant
池内 勇人 氏
製造業全般の現場管理サポート、業務効率化サポートや新工場立ち上げなどを経験。2021年にMURCタイに入社、タイをはじめ周辺国へのビジネス展開支援、市場調査、企業ベンチマークなどの業務を担う。
MU Research and Consulting (Thailand) Co., Ltd.
ASEAN域内拠点を各地からサポート
三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)のシンクタンク・コンサルティングファームです。国や地方自治体の政策に関する調査研究・提言、 民間企業向けの各種コンサルティング、経営情報サービスの提供、企業人材の育成支援など幅広い事業を展開しています。
Tel:092-247-2436
E-mail:[email protected](池上)
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