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連載: 日タイ経済共創ビジョン
公開日 2025.05.30
米国によるトランプ2.0政策の推進により、世界経済および自由貿易体制は現在、「脱グローバル化」の潮流に向かいつつあり、国際経済は大きな混乱とさまざまな課題に直面している。
今回は、タイの政策立案に携わるシンクタンクであるタイ開発研究所(TDRI)のソムキアット・タンキットワーニット所長にインタビューを実施。TDRI設立の背景やタイ経済の現状、米国の関税政策がタイに与える影響と改めて日本企業が注目すべきタイの価値、今後の日タイ経済協力の可能性などについて話を聞いた。
(インタビューは2025年2月13日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTHAIBIZ編集部)
目次
ソムキアット所長:TDRIは1984年、政府から独立したシンクタンクとして設立されたタイ初の政策研究機関だ。官僚制度の枠にとらわれない自由かつ柔軟な研究活動を目的としており、主な役割は、タイ政府が経済政策を策定する際の研究支援を行うことだ。その他、自動車産業、人工知能(AI)、教育など、タイ経済の発展と貿易・投資促進において重要な分野への研究も幅広く手がけている。
設立当初はカナダ国際開発庁(CIDA)や三井グループ、トヨタ、東芝など日本企業から資金援助を受けており、日本から継続的に支援を受けてきたことに対し、深く感謝している。
ソムキアット所長:創設者は当時の国家経済社会開発庁(NESDB)を務めたサノ・ウナクン長官で、イースタンシーボード工業団地プロジェクトを牽引した中心人物の一人だ。このプロジェクトは、タイに新たな産業基盤を築いた画期的な取り組みであり、現在の東部経済回廊(EEC)の原型となった。
同長官は、日本の経済企画庁元長官・大来佐武郎氏と非常に親しい関係にあった。当時、日本は1985年のプラザ合意による円高問題に直面しており、タイは新しい経済の創造と工業分野の拡大を目指していた。両国はお互いの経済発展の機会を見出すべく議論を重ね、これがプロジェクト立ち上げの契機となった。プロジェクトの成功により、タイは最も繁栄した時代を迎えることとなり、その成功の核心には、タイと日本の官民による緊密な協力があったと言える。
ソムキアット所長:タイ経済は技術的・地政学的変化や労働力不足問題の深刻化により、以前に比べて成長のペースが鈍化している。タイには日本のような高度な技術が十分に備わっておらず、それが成長をさらに妨げる要因となっている。
こうした状況から、日本企業には、今後はタイ国内市場だけを目的とするのではなく、「Thailand+1」モデルの拠点として位置付けることを検討していただきたい。タイを生産拠点とし、ASEAN諸国や世界市場へ製品を供給するという戦略で、地域全体をカバーする拠点としてタイを活用することをおすすめする。
タイは事業コストを削減できるほか、ASEANの他国と比べてもインフラが非常に整っている利点がある。また、質の高い学校や病院、商業施設、娯楽施設なども充実しており、日本から派遣された駐在員やその家族が快適に生活できる環境と言える。
ソムキアット所長:トランプ大統領の政策は、タイにとって「リスク」と「チャンス」の両面を持つものであり、以下の3点に分類できる。
1)生産拠点移転のチャンス:トランプ大統領の政策により、中国や台湾からタイやASEAN諸国への生産拠点の移転が進む可能性がある。特に半導体などの重要分野は投資額が大きく、タイ産業にとって大きなチャンスになる。また、現状では米国がタイに課す関税は中国やベトナムに比べて低いため、地域内ではタイが引き続き「安全な生産拠点」として注目を集めると見られる。
2)ダンピングによる影響:中国政府の支援を受けた中国製品が、タイやASEAN市場に大量に流入する可能性が高い。こうした状況には、製品規格の厳格化や反ダンピング(不当廉売)対策など、政府による的確な政策対応が必要だ。
3)脱グローバル化の懸念:米国が国際協力への関与を縮小することで、脱炭素化への取り組みなど、世界共通の課題への対応が難しくなる恐れがある。
なかでも、世界がさらに「脱グローバル化」へと進んでいるという点は、タイを含む多くの国にとって深刻な課題だ。世界経済の成長が鈍化し、貿易や技術連携に依存するすべての国が影響を受けることになるだろう。
ソムキアット所長:現在の世界は地政学的リスクの高まりにより、分断化が進んでいる。その中で、日タイ両国は以下のような分野で協力し、経済の発展を共に目指すことができると考えている。
1)自由貿易体制と経済連携を維持:タイと日本はともに、輸出主導型の製造業を基盤とする国のため、自由貿易の後退は両国にとって大きな打撃となる。このため、世界貿易機構(WTO)の活動を維持しながら、インド太平洋経済枠組み(IPEF)などにも連携を強めていくべきだ。また、欧州、ASEAN、オセアニアなどの「ミドルパワー」との協力・ルール形成を主導する役割も、日タイ両国が果たすべきだろう。
2)テクノロジーの技術変革と共同開発:日本は自国の先進的な技術を、タイでの投資を通じてASEAN市場へと広げることが可能だ。自動車産業における技術変革では、日本が他国のようにスピード感を持って対応するのは容易ではないかもしれない。タイもまた日本のサプライチェーンにあり、その影響を避けることはできない。このため、両国が連携して技術開発を進め、電気自動車(EV)社会への移行に備えるとともに、強固なハイブリッド車(HEV)のサプライチェーンを維持することが重要だ。
3)グリーントランスフォーメーション(GX):日本はグリーン水素技術を持ち、タイは太陽光などの再生可能エネルギー資源に恵まれている。この両者を組み合わせれば、競争力ある価格での水素生産が実現可能になるだろう。また、持続可能な航空燃料(SAF)の共同開発や、国境を越えたカーボンクレジット市場の構築なども、両国にとってサステナビリティを実現するための有望な分野だ。
日本企業は「カイゼン」の原理に基づき、段階的に調整を行うことを得意としている。現在の世界は大きな変革期にあり、日本が他国のように迅速に適応するのは容易ではないかもしれない。しかし、日本には重要な技術があり、タイには施設・資源・原材料が揃っているため、両国が連携してこの変革期を共に乗り越えていくことができるはずだ。
ソムキアット所長:最近、EEC内のデータセンター向けに再生可能エネルギーの直接取引が始まるなどの進展が見られているが、タイの電力市場が自由化するには大きな構造改革が必要だ。また、日本企業が再生可能エネルギー分野に投資するのであれば、日本貿易振興機構(ジェトロ)やバンコク日本人商工会議所(JCC)などと連携し、タイ政府に対して「推進力」となる政策改善案を含むパッケージで提案を行うことが望ましい。
例えば、グリーン水素に関して、タイで再生可能エネルギー由来の電力を使用したい場合には、「タイをグリーン水素製造の拠点とすることに貢献したい」「長期的かつ信頼性の高い投資を行う」といった明確な意図を示すパッケージ型の提案を行うことで、タイ政府との信頼関係を深めることが可能となる。
具体的には、「日本の技術を活用してレムチャバン港をグリーンポートへと転換する」といった提案が挙げられる。このような官民連携による具体的な提案は、日タイ両国の協力関係を一層強固なものとするだろう。
ソムキアット所長:TDRIエコノミクス・インテリジェンス・サービス(EIS)はマクロ経済の最新動向、タイ政府の政策・規制の変更、トランプ2.0政策がタイ経済に与える影響など、ビジネスに直結する重要なテーマについて、研究員が解説を行う勉強会形式の情報提供サービスだ。
日系企業のトヨタ・モーター・タイランドやホンダオートモービル(タイランド)、泰国三菱商事、日立アジア(タイランド)、タイ企業ではサイアム・セメント・グループ(SCG)、製糖大手ミトポン・グループ、サイアム商業銀行(SCB)、食品大手ベタグロなど、合計30社以上が会員となっている。各企業は代表者を派遣し、TDRI研究員による詳細な分析と知見をもとに、より的確な事業戦略の立案に役立てている。
ソムキアット所長:日本とタイはともにインド太平洋経済枠組み(IPEF)に加盟しており、輸出拠点としての役割にとどまらず、経済協力においても大きな可能性を秘めている。タイと日本のさまざまな団体、例えばタイ商工会議所(TCC)やタイ工業連盟(FTI)、日本の経団連などが連携すれば、より強いビジネス関係を築くことができるだろう。
そのためには、GXやSAF、衛星技術を活用した温室効果ガス(GHG)排出量のモニタリングなど、分野別に協力体制を築くことが有効だ。技術面での連携に加えて、専門性の高い人材の育成においても、今後さらなる協力の余地がある。
また、今タイ社会では、若い世代の経営者がますます存在感を高めている。例えば、タイ商工会議所青年部(YEC)は若手経営者が集うネットワークだ。日本とタイの若い世代の経営者はグローバルな視野を持ち始めており、こうした次世代のリーダー同士が交流することで、日タイの新たなビジネス創出につながるかもしれない。
ソムキアット・タンキットワーニット(Dr. Somkiat Tangkitvanich)
President, Thailand Development Research Institute(TDRI)
東京工業大学で修士号・博士号を取得。野村総合研究所での勤務経験を経て、1996年よりTDRIに入所、現在は所長を務める。貿易・産業政策の専門家として、タイ政府への政策提言や国際的な協力関係の促進に尽力している。
THAIBIZ編集部
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