変化する時代に対応する人事制度で組織を強化 〜タイ人事管理協会のスットカヌン会長〜

変化する時代に対応する人事制度で組織を強化 〜タイ人事管理協会のスットカヌン会長〜

公開日 2025.03.13

「人材」は組織の成長を支える最も重要な要素だ。そのため、人事管理(HR)は全ての組織にとって重要度が高く、時代の変化に合わせた対応が求められている。タイ人事管理協会(PMAT)はHRの知識を普及させ、タイ企業が効果的なHRを実践し成長できるようサポートする重要な役割を担っている。

PMATのスットカヌン・カムパラット会長に、時代の変化に応じたHRや人事の役割、長期的に人材を惹きつけるための戦略などについて話を聞いた。

(インタビューは2024年12月13日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTHAIBIZ編集部)

タイ人事管理協会のスットカヌン会長インタビュー02
PMATのスットカヌン会長(左)、mediatorのガンタトーンCEO(右)

HR専門職と人材育成の水準向上に注力

Q. PMATの設立目的や運営体制について教えてください。

スットカヌン氏:タイ人事管理協会(PMAT)は1965年に設立された非営利団体で、今年は60周年を迎える。PMATはタイにおけるHRの中心的な役割を担う組織として、HR分野の知識の発展や、HR専門職の水準の向上、組織におけるHRの効率化を国際レベルまで向上させるための支援に力を入れている。

PMATは、2年ごとに入れ替わるボランティアの理事会によって運営されており、理事会メンバー以外に正規スタッフが約20人在籍している。PMATは「HR専門職と人材育成の水準向上」を目標に掲げ、ベストプラクティスの推進や、人事に関する研究、幹部育成セミナー・研修の開催、国内外の組織との協力ネットワークの構築などに取り組んでいる。

また、PMATはHR人材の水準と専門性を高める役割を担う、以下の2つの機関の運営も支援している。

 (1)HR専門職開発機関(Institute of Human Resource Professional Development:IHPD)

HR専門職の水準を、国際基準にまで押し上げるための支援を行う機関。政府機関や民間企業、教育機関と連携し、HR人材の知識と専門性の向上に向けた取り組みに注力している。また、専門資格制度の確立に力を入れており、現在は「人材管理専門職法案」の策定について国会への働きかけを予定している。HR分野は組織や従業員に大きな影響を与えるため、明確な専門職基準が欠如していると、不当解雇や不適切な報酬管理などの深刻な問題が生じる可能性があるからだ。

 (2)タイ人事認証機関(Thailand Human Resource Certification Institute:Thailand HRCI)

PMATと専門資格機構(TPQI)の協力により設立された機関。国際基準に匹敵する基準に基づいて、人事専門職資格を試験・認証する役割を担っている。現在、Thailand HRCIにより8段階の専門資格認定制度が設けられており、HR人材の育成や能力向上に役立っている。この資格認定は法律で義務付けられているものではないが、HRの専門性やスキルを証明するツールとして活用されている。資格を取得した人に特別な報酬や昇進の機会を提供する会社もある。

タイ人事管理協会のスットカヌン会長インタビュー02

Q. PMATのミッションと具体的な活動内容は

スットカヌン氏:HR部門の専門家を育成し、イベント開催を通じてHR関連の知識を普及させることがわれわれの主なミッションだ。例えば、全国のHRの専門家が集まる年次会議「Thailand HR Day」、最新のHRテクノロジーやソリューションを紹介する展示会「Thailand HR Tech」、幹部やHR担当者がHRに関する知識や実践事例を共有し合えるセミナー「Thailand HR Forum」などだ。

さらに、PMATはさまざまなリーダー向けの研修を提供している。例えば、リーダーがマインドフルネスの概念を理解し、組織運営に応用できる研修コース「Mindfulness Organization」などだ。また、企業向け人事コンサルティングサービスも行っており、同業他社との報酬体系の比較・分析に役立てる「総報酬サーベイ」も実施している。

PMATのもう一つの重要な役割は、優れたHRの取り組みで成果をあげた組織を表彰し、HR業界全体の水準を向上させることだ。例えば、チュラーロンコーン大学医学部と共同でウェルビーイングに優れた組織を表彰する「Thailand People Management and Well-being Award」や、人材管理・開発の分野で優れたイノベーションを実施した組織を表彰する「Thailand HR Innovation Award」などだ。

人事制度は組織の「成長」「利益」「持続可能性」を支える

Q. 現在の人事制度はどのように変化しているか

スットカヌン氏:現在、タイは高齢化社会に突入しており、労働人口が減少している。一方、若者は自営業など組織に縛られない働き方を好む傾向があるため、優秀な人材の確保・定着が企業の課題となっている。

一般的に企業は「KSAB:K=Knowledge(知識)、S=Skill(スキル)、A=Attitude(態度)、B=Behavior(行動)」の要素を重視しているが、最近は学歴(知識)よりスキルを重視し採用する傾向にある。特定の分野を卒業していなくても、企業のニーズに合ったスキルを持つ人材を採用するようになっている。

タイ人事管理協会のスットカヌン会長インタビュー03

一方、組織は「成長」「利益」「持続可能性」という3つの主要な要素をバランスよく考える必要があり、その中で人事制度は以下の通り重要な役割を担っている。

(1)成長:適切な人材の採用は、組織の成長にとって重要だ。強力な採用ブランディングを構築することで、組織のニーズに合った人材を惹きつける可能性を高められる。さらに、安定した事業拡大と継続的な成長を支える人材基盤を整えるために、ビジネス戦略と人材戦略、両方の計画が必要だ。

(2)利益:人材は企業にとって主要なコストの一つでもある。成果や能力ではなく、勤続年数に基づいて給与を決定している会社がまだ多いが、「成果に基づく報酬(Pay for Effectiveness)」の導入が必要だ。また、ジョブ型採用や、正社員の代わりにアウトソーシングやコンサルタントを活用するなど、より柔軟な雇用制度の導入も求められている

(3)持続可能性:効果的な人材育成と人材マネジメントを導入することで、優秀な人材を長期的に惹きつけ、定着させることが可能だ。このように長期定着した人材は、将来的に重要なポジションに就くことができる。一方、社内で人材育成を怠ると、重要なポジションにふさわしい人材が育たないだけでなく、人材流出を招き、結果的に外部の人材や駐在員に依存せざるを得なくなる恐れがある。

パフォーマンス管理システムで公平な評価を

Q. スキルに見合わない報酬の問題は、人事制度でどのように解決できるか

スットカヌン氏:この課題を解決するには、パフォーマンス管理システム(PMS)を導入することが有効だ。PMSは「PDCA(Plan、Do、Check、Act)」に基づいて実施される。まずは、組織の目標を各従業員に合わせた目標に落とし込むことで、従業員が自身の役割を理解し、方向性に迷うことなく仕事を進められるようになる。さらに、パフォーマンスのモニタリングや能力開発を目的に、年間を通じて継続的にコーチングとフィードバックを行うことで、各従業員の目標達成を後押しする。

評価については、「What(会社が求めること)」と「How(組織のコアバリューに沿った方法や行動)」で検討し、その結果に基づいて各人に適切な報酬を決定する。この方法を用いれば公平な報酬制度が実現でき、人材定着にもつながる。

タイ人事管理協会のスットカヌン会長インタビュー04

Q. 評価の公平性を担保するにあたり重要なことは

スットカヌン氏:PMSの活用において重要なことは、明確な目標を設定し、話し合いで本人の理解を得て、PDCAを継続的に実行することだ。PDCAの中でも、柔軟性のある計画(Plan)が重要であり、定量・定性の両面で評価できる制度が必要だ。良い評価制度は、パフォーマンスや成果に応じて報酬を決定できるよう綿密に設計されている。

職務範囲内に限らず広くインパクトを与えるパフォーマンスで成果を出した従業員を評価するために、KPIには設定されていないが評価すべき行動を「特別プロジェクト」として評価することも有効だ。これはモチベーションと能力開発の促進にもつながる。

評価の結果、従業員が目標を達成しているにも関わらず組織の目標が達成されていない場合は、組織と従業員の目標の方向性が一致していないことを反映している。これは、組織や株主、顧客などのステークホルダーにとって不公平な状況だ。従業員に組織の目標と自分の責任を正しく認識させるためには、コミュニケーションが不可欠だ。コミュニケーションが不足すれば、不透明で不明確な評価体制が従業員の信頼を損ねてしまい、労働組合の結成などにつながってしまうだろう。

業績給の導入や相互尊重の文化作りが人材定着につながる

Q. 「人材を育成する(Build)」と「外部から採用する(Buy)」、日本企業はどちらのアプローチで経営幹部を選定すればいいか

スットカヌン氏:各社の状況によって異なるが、持続可能なアプローチとしては「Build」が好ましい。その理由は、①コストが比較的低い、②従業員のエンゲージメントが高い、③組織の状況・背景を深く理解できるーというメリットがあるからだ。それに、組織内の従業員に経営幹部としてのキャリアパスを示せば、自己成長を促すこともできる。ただし、人材育成は時間がかかるものであることを忘れてはいけない。

一方で、外部からの人材採用は、時間的な優位性はあるが、コストが高い。さらに、外部人材が重要なポジションに就くことで、既存の従業員が成長機会を感じられず、モチベーションの低下につながる恐れもある。

タイ人事管理協会のスットカヌン会長インタビュー05

Q. 近年、タイに進出してきた中国系自動車関連企業が「外部から採用する」ことに力を入れているが、このアプローチは持続可能なのか。また、優秀な人材を定着させるためにはどうすべきか

スットカヌン氏:外部から優秀な人材を採用するのは、新規参入した企業が短期間で地位を確立するための戦略だろう。長期的な目線で見れば「業績給(Pay for  Performance)」を導入すべきだ。組織内の各役職の職務と責任に応じて適切な給与を支払う「内部の公平性(Internal Equity)」と、同業他社と比較した場合の適切な給与を支払う「外部公平性(External Equity)」を考慮する必要がある。

しかし、人材の定着を左右する要素は給与だけではない。成長機会や理解ある上司を重視する人も多い。働きやすい環境と相互尊重の組織文化を作り、人を大切にするリーダーを育成することが、長期的には人材の定着につながる。

HR担当者に社外で知識を学ぶチャンスを

Q. タイの人事制度の強みは

スットカヌン氏:個人的にはグローバル企業での勤務経験はないが、アメリカで開催されたHRセミナーに参加した際、「タイとの明確な違いは多様性だ」と感じた。アメリカなどの国々では、人種や民族、性別の多様性が重要な問題として認識されているが、タイではそれほど複雑な問題ではない。もう一つの重要な強みはソフトスキルだ。特に「共感力」と「多様性を受け入れる力」は欧米諸国と比較すると非常に際立っている。

Q. 中小企業は人事制度をどのように構築すればいいのか

スットカヌン氏:それぞれの組織のコンテクストが異なるため、次世代の経営者や事業を引き継ぐ後継者にとって、自社に見合ったHR専門家を見つけることは容易ではない。人事制度の構築経験がなく、人材管理に対する理解が不足している組織も多い。このような組織は、CEOが人事部長としての役割を担い、外部のHR専門家とHRデジタルプラットフォームを導入すると良いだろう。こうして基盤を整えた後、社内で勤続年数が長く、成長の可能性がある従業員にHRスキルを習得させることで、持続可能性のある人事制度の構築が可能だ。

タイ人事管理協会のスットカヌン会長インタビュー06

Q. 日本企業へのメッセージを

スットカヌン氏:経営幹部は世界のトレンドやビジネス、人々の行動をよりよく理解するために、HR担当者が社外で知識を学び、交流することを推進すべきだ。同じ枠組みの中で働くことにとどまらず、社外の人と出会い、組織に活かす知識を交換する機会が必要だ。加えて、日本企業の経営幹部にはタイ企業の人事制度を視察し、自社に活かせるアプローチを学ぶことを勧めたい。

PMATの会員には組織開発に役立つ情報や活動を提供しているため、われわれの活動にもぜひ参加いただきたい。さらに、「Thailand HR Innovation Award」や「Thailand People Management and Well-being Award」などのHR関連アワードに挑戦することで、組織の成長を促進し、優れた人事制度の基準を学べる良い機会となるだろう。

最後に、HR分野の専門家やさまざまな業界のリーダーと交流できる「Thailand HR Tech」展示会(6月17〜18日、サイアム・パラゴンにて開催予定)にぜひ参加していただきたい。

Interviewee Profile

スットカヌン・カムパラット(Ms. Sudkanung Kambarat)
President, Personnel Management Association of Thailand(PMAT)

32年以上のHR経験を持ち、SCGやKBANK、タイ証券取引所(SET)、PTTEP、B.Grimm Powerなどのタイ大手企業で活躍。現在PMATの会長を務めながら、People & Organizationアドバイザーとして多くの企業にビジネス環境の変化に応じた効果的な人事制度開発の支援を行っている。

THAIBIZ編集部

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