THAIBIZ No.158 2025年2月発行日タイビジネス70年の軌跡と未来への挑戦
この記事の掲載号をPDFでダウンロード
掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。
公開日 2025.02.10
2022年におけるタイの合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子どもの数)は1.32人※1
。65歳以上の高齢者比率も同じ年に14%を超え、高齢社会の仲間入りも果たしている。日本では13年かかった超高齢社会への突入も7年後の2029年には現実になるという試算もあるほどだ。1980年代の日本社会を彷彿とさせるタイ社会における「高齢者の増加」と「介護ベッドの処分」という問題に、ベッド業界大手のフランスベッド株式会社が挑もうとしている
※1 世界銀行(2022年)
フランスベッド株式会社 国際部部長 永井 完治 氏 / 国際部副部長 濱田 浩美 氏
フランスベッド株式会社
福祉用具の製造・レンタル・小売りおよび卸売り、家庭用ベッドの製造・卸売りなどの事業を展開。1946年に「双葉製作所」として設立。1961年に社名を「フランスベッド」に変更。「高密度連続スプリング®マットレス」は高い品質と快適性で支持されている。1983年に国内で初めて療養ベッドの家庭向けレンタルを開始し、40年以上のレンタル事業の経験を持つ。現在、福祉用具レンタル部門で業界トップクラスを誇り、その事業は韓国、中国、香港をはじめとする海外市場でも展開中。
木下 フランスベッドの歴史や事業の特徴、特に他社にはないユニークな点を教えていただけますか。
永井 当社は1946年に「双葉製作所」として設立し、当初はスクーター用のシートを製造していました。1961年に家庭用の分割ベッドを開発・販売したところ、西洋に憧れる当時の日本の人々の心をつかみ、一躍ヒット商品となりました。この成功を受けて、製品名を社名とし「フランスベッド」に改名しました。
その後、1980年代には介護ベッド市場に参入。当初は販売を中心に展開していましたが、「高額な介護ベッドを購入したが、3ヶ月で母が他界したため引き取って欲しい」との顧客の声がきっかけとなり1983年にレンタル事業を開始しました。2000年に始まった介護保険制度の追い風もあり、現在ではレンタル事業が売上の50%を占めるまでに成長し、当社の柱となっています。
介護ベッドなどの福祉器具には「使用後の処分」という大きな課題がありました。1980年代の日本では自治体が住民に無償で介護ベッドを提供していたこともありましたが、使用後に行き場がないという問題が深刻化していました。
こうした課題を解決するために私たちが始めたのが「レンタル事業」です。当社のサービスでは、使用後のベッドを回収し、徹底的な洗浄と消毒を行います。さらに異物検査やメンテナンスを経たマットレスは、密封パッケージで衛生的に保管され、次に使用される際には新品同様の状態で提供されます。この徹底した品質管理により、「他人が使ったもの」に対する心理的な抵抗感も薄れました。
当社の介護ベッドは適切なメンテナンスを行えば10年以上安全に使用することが可能です。日本では2000年に創設された介護保険制度でレンタル利用に保険が適用されるようになったことで、介護ベッドのレンタル利用が定着しました。
「10年使えるベッドを捨てるなんて、もったいない」という声に応える形で構築されたこの循環型の仕組みは、環境負荷の軽減にも貢献しています。こうした仕組みを通じて、高齢化が進む社会で必要とされる「持続可能な介護」を実現していきたいと考えています。
木下 確かに10年も使用可能なベッドを短期間で廃棄するのは非常にもったいないことだと感じます。こうした背景の中で、海外、特にタイへの進出にはどのようなきっかけや戦略があったのでしょうか。
濱田 日本国内市場で培った経験を活かし、より多くの国々で貢献したいという想いから、私たちは海外展開に乗り出しました。最初のステップとして選んだのは、東アジア地域。韓国では介護ベッドをレンタル市場へ供給し、中国では現地法人を設立して中国の自治体へレンタルサービスの提案を行い、香港では政府系団体を通じたレンタルモデルの導入支援を行いました。
その後、私たちが注目した国がタイでした。当初は「若く、経済成長が著しい国」という印象でしたが、詳しく調べるとタイはアジアでも先行する少子高齢化が進む国であり、そのスピードは他国を圧倒しています。この背景から、介護ベッドのレンタル需要を検討すべく、JICA事業を活用して2023年4月から2024年6月にかけて調査を実施しました。
調査を通じて、タイの介護現場には日本と似たような課題があることがわかりました。例えば、介護ベッドは使用後、病院や施設に寄付されるのが一般的ですが、寄付先の選定が難しいことや、他人が使ったベッドを利用することへの抵抗感が根強い点が挙げられます。また、分割ができないベッドでは運搬が難しく、結果的に再利用が進んでいない現状が浮き彫りになりました。さらに、タイでは買い取りが基本のため、介護ベッドの高額さが利用を妨げる大きな障壁となっています。
これらの課題を踏まえ、タイ市場への参入機会は大いにあると考えており、私たちは引き続き現地のニーズを深掘りしてまいります。
木下 タイでの調査において、どのような困難や挑戦がありましたか。また、JICA事業の活用を通じて得られた成果や新たな気づきについても教えてください。
濱田 調査を通じて私たちがまず学んだことは、「日本の成功例をそのまま当てはめることはできない」という基本姿勢の重要性です。文化や生活習慣が異なるタイにおいては、私たちが持つノウハウをベースに、現地のニーズに即した提案を柔軟に行う必要があると感じました。
このアプローチが、現地のパートナーとの信頼関係を築く上での鍵であると気付きました。また、市長や高位の役職者を招いたヒアリングでは、忖度や遠慮が介在し、本来引き出したい市民の本音が十分に聞けないという課題にも直面しました。そのため、地域の介護従事者や施設関係者と直接対話を重ね、課題の全容を把握する努力を続けています。
JICA事業を通じた経験は、タイ市場での課題解決に向けた大きな一歩となりました。同時に、日本とタイの双方の文化的特徴を尊重しながら、協力関係を深める必要性を再確認する機会でもありました。今後も現地の声に耳を傾けながら、持続可能なソリューションの提供を目指していきます。
永井 タイ国内のニーズを深く理解し、事業展開に向けた信頼関係を築く上で、JICAをはじめとする国の支援機関の存在が非常に大きな力となりました。タイの介護業界には、1980年代の日本を思わせる懐かしさがありますが、介護者が華やかな装いで業務にあたる姿勢は、日本とは異なる独自の魅力も感じます。
私たちは、こうした違いを尊重しつつも、今後高齢化が加速するタイ社会で、介護ベッドのレンタル事業を通じて新たな価値を提供したいと考えています。「タイの皆様と共に歩み、明るい未来を形作る一助となること」が私たちの使命であり、大きな目標です。これからも挑戦を続け、介護分野における真のパートナーとして信頼される企業でありたいと思います。
THAIBIZ No.158 2025年2月発行日タイビジネス70年の軌跡と未来への挑戦
掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。
JICAタイ事務所
Representative
木下 真人 氏
タイの社会課題解決につながる日系企業のビジネス支援を担当。インドネシア、中国、シンガポール、トリニダード・トバゴなどで15年以上にわたり海外のJICA、日本大使館の国際協力業務に従事。2008年以来二度目のタイ赴任。International Institute of Social Studies 開発学修士。
Email:[email protected]
JICAタイ事務所
31st floor, Exchange Tower, 388 Sukhumvit Road, Klongtoey
Bangkok 10110, THAILAND
TEL:02-261-5250
Website : https://www.jica.go.jp/overseas/thailand/office/index.html
ブランド化で持続可能な発展 ~山岳民族のコーヒー農園支援(上)~
ビジネス・経済 ー 2025.02.21
「マツダがタイに50億バーツを追加投資」「今年の訪タイ外国人、早くも480万人突破」
ニュース ー 2025.02.18
ユアサ商事とSJC、「ビジネス×社会課題解決」セミナーを開催
ビジネス・経済 ー 2025.02.13
「タイ政府、トランプ関税対策で対米輸入増へ」「タイ中国高速鉄道に進展」
ニュース ー 2025.02.11
【トップ対談 ジェトロ・バンコク×アユタヤ銀行】日タイビジネス70年の軌跡と未来への挑戦 次世代のASEANビジネスハブへ
協創・進出 ー 2025.02.10
自動車産業の変革期 ~タイはハブの地位を保てるか~
自動車・製造業 ー 2025.02.10
SHARE