カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.05.27
2023年7月25日付の「バンコクの渋滞は解消できるか ~タイ運輸部門のさまざまな課題~」と題するコラムで、「バンコクと地方都市間では、貨物はトラック、旅客は長距離バスが普及し、さらに飛行機輸送が発達し、鉄道が取り残された印象だ。・・・脱炭素が世界的な課題になる中で、タイで果たして旅客、貨物ともモーダルシフトが本当に進むのか注目したい」と書いた。この記事は運輸総合研究所(JTTRI)のアセアン・インド地域事務所(AIRO)が昨年6月に開催したシンポジウムを受けて執筆したが、今週紹介したAIROの高速鉄道に関する討論会の内容も興味深いものだった。
筆者はいわゆる「鉄道オタク」ではないが、タイの運輸システムにおいて今後、鉄道が果たす役割がどう変化していくのかには大いに関心を持っている。タイ各地の観光案内のユーチューブ番組を見るだけでなく、実際に旅行して、高速鉄道や複線化の整備状況を見ると好奇心をくすぐられる。個人的にも好きな観光地の1つであるタイ中部プラチュアップキリカン県ホアヒン方面に車でドライブするたびに、バンコクからサムットサコン県に抜ける「ラマ2世通り」の工事渋滞に毎回うんざりしながらも、複線化工事が完了した線路、ホアヒンの新しい駅舎などを見ると心が弾む。
「バンコクのドンムアン、スワンナプーム(バンコク近郊サムットプラカン県)、ウタパオ(東部ラヨン県)の3空港を結ぶ高速鉄道計画は2019年4月末にタイ財閥チャロン・ポカパン(CP)グループ主導の企業連合による事業落札で決着したが、同年10月行われた契約調印式はタイでの経済取材の中では最も印象に残るニュースの1つだった」
2022年9月20日配信の「タイ、EECで先進国入り目指す」というタイトルのコラムで、「3空港連絡高速鉄道」の調印式についてこう書いた。その後、このプロジェクトは用地取得や契約条件の見直し、また新型コロナウイルス流行もあり、膠着状態が続き、実際の建設工事は始まっていない。
しかし、5月25日付バンコクポスト(3面)は、タイ政府とCPグループ中心のコンソーシアム(企業連合)が計画見直しで合意したことを受けて、同プロジェクトは年内には再始動する見通しだと報じた。タイ国鉄(SRT)のアナン副総裁によると、両者の合意内容はSRT取締役会で承認され、東部経済回廊(EEC)政策委員会と閣議に提案され、政府側が不利にならないことを確認する見込みだ。同総裁は、プロジェクト完了に向け、SRTとEEC事務局が企業連合「アジア・エラ・ワン(AERA1)」契約の一部見直し交渉を続けてきたとした上で、契約の見直し内容は「合弁権益(joint venture right)の支払い」「政府の投資計画」「追加の銀行保証」「投資促進恩典」の4項目だと説明。特にAERA1による合弁権益料の支払いは、金利含め総額117億バーツとなり、同社はさらに、契約見直し後270日以内に、1119億バーツの銀行保証を獲得する必要があるという。
このプロジェクトは当時、鉄道事業そのものの採算性は低いことから日系企業が参加を見送る一方、中国の強い意向を受けたCPグループは周辺の土地開発ができることを条件に、しぶしぶ事業参画を決めたのではと噂された。横浜市立大学国際教養学部の柿崎一郎教授もAIRO討論会で、「もともと国鉄(SRT)の広大な用地があるので、事業者が開発して収益をあげて、鉄道の採算性を補っても良いことになっている」と指摘している。
「ナコンパトムとチュンポン間の複線鉄道は今年8月に全長421キロの全線が開通し、24時間運転を始めるだろう」―スラポン運輸副大臣は、5月15日にタイ中部ペチャブリ県で行われた移動閣議で、同県内の輸送やロジスティクスのネットワークのプロジェクトに関する最新状況を確認した。5月15日付バンコク・ポスト(2面)が伝えた。
同副大臣は、この南部複線鉄道システムの第1フェーズは、①ナコンパトム―ホアヒン(169キロ)②ホアヒン―プラチュアップキリカン(84キロ)③プラチュアップキリカン―チュンポン(167キロ)の3区間に分かれていると説明。総事業費330億バーツで、タイ国鉄(SRT)による建設作業は順調で、①の区間は98%が完了、②の区間は土木工事も終わり、すでに既に運行を開始しているという。さらに③の区間のうち、プラチュアップキリカン―バンサパンノイ区間は運行開始、バンサパンノイ―チュンポン間の工事は来月完了予定で、これらの結果、今年8月までに全線で運行が始まる見通しだという。
同氏は、この南部複線鉄道計画はタイの経済、観光を活性化するプロジェクトの1つであり、南部地域への移動時間を少なくとも30%削減、多くのルートで2時間の短縮になると強調。さらに、このプロジェクトはエネルギーを節約し、環境汚染も削減する一方で、隣国との接続も改善するとアピールした。
複線鉄道では貨物輸送の拡充への期待も大きい。ある日系の物流関係者は、「タイの全貨物輸送量に占める鉄道輸送量の比率は2%しかないが、これを10%まで引き上げるなど、国として鉄道を充実していきたいという強い意志があるようだ」と語る。特に、今回AIROの討論会で紹介した各種の高速鉄道計画より、現在、進められているバンコクからタイ北部ノンカイ方面、およびホアヒンを経由して南部スラタニ方面への複線化の整備の方が進んでおり、貨物輸送量の増加が期待されるという。
さらにスラタニからマレーシアのペナン島対岸のバタワースをつなぐ国際貨物輸送ルートも視野に入っているようだ。ただ、現状ではタイからマレーシアに運ぶ貨物は木材や家具、ゴム製品などあるものの、逆にマレーシアからタイに運ぶ荷物がなかなか見つからないという。同関係者によると、ノンカイなどからのラオス中国鉄道を使った貨物輸送でも同様の課題があり、「5~6月のドリアンの収穫シーズンにはタイ産ドリアンが中国向けに大量に運ばれるが、その他の季節の荷物は少なく、さらに中国やラオスからタイに持ってくる荷物もあまりないようだ」とタイの貨物輸送の現状を説明している。
今週、紹介したAIROの討論会では、柿崎教授によるラオス中国鉄道の現状に関する報告が興味深かった。同氏は「ラオス中国鉄道は2021年に開業し、累積輸送量(貨物、旅客とも)は順調に増えてきている」と指摘。さらに、「昆明~バンコク間の直通列車の運行、モスクワ~バンコク間の直通輸送の試験運行が行われており、タイ~中国間(あるいはその先の欧州に向けた)の新たな貨物輸送のルートとして、ラオス中国鉄道を捉える動きが高まっている」ともしている。
一方で、中国が協力するタイのバンコク・ノンカイ高速鉄道に関しては、「タイは国内での中国のプレゼンス増大をやや警戒しており、必ずしも積極的ではないのでは」といった憶測も浮上するほどその進捗は芳しくない。AIRO討論会での報告にもあるように、バンコク・ノンカイ高速鉄道へは中国の融資はなく、中国企業のコントラクターとしての参加がメインだ。2月27日付バンコク・ポスト(2面)によると、タイ国鉄(SRT)は「タイ中国高速鉄道プロジェクトはナコンラチャシマ県内でのルート変更に伴い新たに40億バーツの資金が必要になり、2年遅れる見通しだ」と明らかにした。
柿崎氏は「東南アジアでは、旅客輸送よりも貨物輸送が重視されている」としているものの、一般市民にとっては旅客サービス、つまり鉄道旅行への期待も強い。既に運行が始まっている中国・昆明とビエンチャンを結ぶラオス中国鉄道に加え、今回の討論会で報告があったバンコク・ノンカイ高速鉄道、そして南部複線プロジェクトなどにより、何らかの形で中国、ラオス、タイ、マレーシア、そしてシンガポールまでつながる長距離の鉄道旅行を気軽に楽しめる日が近い将来、来るのか期待したい。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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