バンコクの渋滞は解消できるか ~タイ運輸部門のさまざまな課題~

バンコクの渋滞は解消できるか ~タイ運輸部門のさまざまな課題~

公開日 2023.07.25

今号で紹介した運輸総合研究所(JTTRI)のアセアン・インド地域事務所(AIRO)のシンポジウムは個人的にも非常に興味深いものだった。ただテーマが主に貨物輸送・物流という専門分野の話だったため、このビジネス分野に関心のある人以外にはなじみが薄かったかもしれない。

一方、バンコク都庁(BMA)とタイ警察などが6月26日に開催したバンコクでの「面的交通管制(ATC)システム」の運用開始を記念するセレモニーはメディア的には小さな扱いだったかもしれないが、在タイ日本人を含む一般のバンコク市民にとって重要なニュースになる可能性もある。それは筆者にとってバンコクに最初の赴任後、驚きの1つだった「バンコクの主要交差点の信号は警察官が手動で操作している」という現実が変わるかもしれないことを示すものだったからだ。

バンコクの渋滞と信号システム

バンコクの交通渋滞は昔から日本を含め世界的にも有名だ。5年余り前に初めてバンコクを訪れた際は新型コロナウイルス流行前だったこともあり、道路の渋滞ぶりはやはり聞きしに勝ると感じた。なぜこれほどの渋滞になるのかを当初から考え続け、徐々にさまざまな要因が重なっていることに気づくようになる。

その最初の1つが、大きな交差点の信号がなかなか変わらないことであり、その原因かもしれないのが信号を交差点の片隅に設置された小屋の中で交通警察官が手動で信号を切り替えているということを知り、驚いた。バンコクの繁華街の目覚ましい発展ぶりの一方で、信号がまさかの手動とは。世界の中でも信号を手動で切り替えている国はどのぐらいあるのだろうか。

バンコクの渋滞

バンコク在住の人なら車で大きな交差点を通過する際に、平気で5~10分ぐらい待つ経験をしたことがあるだろう。そのうち気づくのは、4差路の信号は対面が同時に青になることはなく、1度赤信号になったら、3回、他の方向の青信号の時間を待たなければならない。右折のみ可能な時間帯を設定する一方、対面は同時に青信号になる日本のようなルールの信号は滅多にない。それをさらに人が手動で切り替えているという。

この事実を知った当初は、あまりの信号待ちの長さに、ここの交差点の警察官は居眠りをしているか、スマホでゲームなどをしているのかと怒りすら覚えた。そして日本を含め先進国では普通の自動制御による信号システムをなぜ取り入れないのかと考え、「交通警察官の仕事がなくなることを恐れ、警察の既得権益を守ろうとしているだけではないのか」と確信めいた思いすら抱いた。

JICAプロジェクトとバンコク都庁

バンコク都とタイ警察は6月26日、手動による信号機操作をしなくて済む「面的交通管制(ATC)」システムの運用開始を記念する式典を開催した。このプロジェクトは「BATCP」と命名され、パイロットプロジェクトはラマ6世通り、ラチャウィティ通り、パホンヨーテン通り、プラティパット通りに囲まれた地区の13交差点と4横断歩道にATC信号機を導入して、その有効性を検証するというものだ。インラック政権で運輸相を務めたバンコク都のチャチャート知事も出席し、このプロジェクトが渋滞緩和につながることへの多大な期待を表明した。

実はこの取り組みは2018年12月に合意したJICAの「モデル地域交通管制システムの構築を通じたバンコク都渋滞改善プロジェクト」(2019年4月~2023年8月)に基づくもので、基本的には日本式の信号機システムを導入しようとするものだ。新型コロナウイルス流行もあり、終了時期が2022年12月から2023年8月に延期され、実証試験の開始も今年5月と当初予定から遅れた。

当初のシステムでは既に設置済みの道路上のセンサーや検知器を活用し、管理センターシステムの整備などを行ったが、さらに、現在、全地球測位システム(GPS)と携帯電話を活用する新システム「Probe GPS Data」の導入も検討しているようだ。このシステムであれば、「広範囲の交通データ」「リアルタイムデータ」の入手が可能で、新たなセンサーや検知器の設置の必要がなく、大幅な設備投資抑制が可能というメリットがあるという。

このJICA事業では実証事業の結果次第でバンコク都内全域に拡張することを目指している。このために今年2月末から3月初めにかけてバンコク都交通局から6人、タイ警察から6人が訪日し、埼玉県警、道路管理者である横浜市や首都高速道路、交通信号や管制システムの整備やメンテナンスを担う民間企業等を訪問し、研修を受けたという。

タイで「モーダルシフト」は進むか

このバンコク都とチャチャート都知事の信号の手動操作からの脱却と自動制御の導入は本当にうまくいくのか。まず、交通警察官から信号操作の仕事を奪うことは警察の既得権益に手を突っ込むことであり、当初はタイの政治社会を考えるとほぼ無理ではないかと思えた。

しかし、チャチャート知事はこのプロジェクトに参加した交通警察官に現場で自ら直接、インタビューした動画をフェイスブック上で公開しているが、その警官は「自動化になって、状況(車の流れ)は以前より良くなっている。以前は設定されたシステムに従って信号機を手動でコントロールしていたが、今は一日中、システムが自動に調整してくれるので、自分でする必要はない。警官はより楽になり、車の故障など緊急事態が起こったら助けに行けるようになる」と語っており、今回のATCシステム実証試験について好意的に受け止めていた。

ただ、この自動信号システムを導入したとしても、どの程度渋滞が緩和されるかについては懐疑的な見方も多い。結局、バンコクの渋滞の主因は警察官による手動の信号システムだけでなく、他の原因も大きいのではということだ。それは、このコラムでも何度も指摘してきた、バンコクの「魚の骨」と呼ばれる、行き止まりが多く、碁盤の目になっていない道路網の極端な非効率性だ。さらには先に指摘した右折のルールがなく、対面で同時に青信号になることがないシステム、そして主要道路で信号が少なく、右折したり、反対方向に行ったりするためには相当先まで行ってからUターンするしかない交通システムの問題もあるだろう。

今回のAIROのシンポジウムで分かったのはタイでは日本のような鉄道敷設が進まない一方で、地方を含めた道路網の整備が先行し、物流の9割が道路を使ったトラック輸送に依存していることだ。これはタイでは旅客輸送でも鉄道が電化されておらず、ディーゼル中心で、本数も少なく、速度も遅く、国内旅行でも極めて使い勝手が悪い状態にとどまった原因でもあるだろう。

例えばバンコクと地方都市間では、貨物はトラック、旅客は長距離バスが普及し、さらに飛行機輸送が発達し、鉄道が取り残された印象だ。そうした中ではバンコク都の交通事情の悪さが際立っている。ここにきて都市鉄道網の整備が加速しているが、それがバンコクの道路の渋滞解消にどこまでつながるのか、まだ不透明だ。脱炭素が世界的な課題になる中で、タイで果たして旅客、貨物とも「モーダルシフト」が本当に進むのか注目したい。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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