連載: 在タイ日系企業経営者インタビュー
公開日 2024.05.09
LPガスと水素において日本国内トップシェアを誇る岩谷産業(以下、イワタニ)だが、一般消費者にとってイワタニといえば、カセットこんろ・ボンベを思い浮かべる人がほとんどだろう。カセットこんろ・ボンベはその知名度に対して、同社の売上貢献度では5%にも満たない。しかし、2023年には中国に次いで日本国外では2拠点目となるカセットこんろの生産をタイで開始した。泰国岩谷の大島寛社長に、これまでのタイでの事業の取り組みと今後の事業戦略などについて話を聞いた。
<聞き手=mediator ガンタトーン>
目次
大島社長:当社の東南アジア事業は、1973年にシンガポール、翌年にマレーシアの進出にはじまり、タイは3ヶ国目の進出で、1985年に駐在員事務所を開設し、1990年に現地法人の泰国岩谷と、子会社で金属加工などを行うバンコクアイ・トーア会社を設立しました。シンガポールとマレーシアは、当社の主力産業の一つであるLPガスのトレーディングおよび仕入窓口としての進出でしたが、タイへの進出は日系企業の製造現場への工業用ガスの供給や金属加工品(スチール製品や自動車部品用の熱処理治具など)の製造・販売を主な目的としていました。
大島社長:イワタニグループでは、総合エネルギー、産業ガス、機械、マテリアルなど幅広い分野で事業を展開しており、タイでも日本と同様の総合的な事業展開を行っています。ASEAN域内では、イワタニグループの事業を総合的に展開しているのはタイだけです。タイでは、2020年頃まではマテリアル事業が主力でしたが、2021年11月にサムットサコーン地区にヘリウムセンターを開設し、ヘリウム充填事業の開始を皮切りに、2022年にはタイ北部のチェンマイに、日系企業の進出に伴い産業ガス事業の展開のための支店を開設しました。2023年には金属ワイヤー製品製造拠点のバンコクアイ・トーア会社の建屋・設備を増強するとともにカセットこんろの製造を開始し、さらに今年は冷媒用フロンガス充填所の稼働を開始するなど、ここ数年で事業成長が加速しており、現在はグループの海外拠点の中でも主要拠点の一つです。
大島社長:ヘリウムは、中東・北米・アルジェリア等の限られた国・地域でしか産出されない希少価値の高いガスです。その中でも当社は産出量の多い米国産と中東(カタール)産のヘリウムの直接購入権を持っており、世界のヘリウムの約8%を販売しています。もともと当社では、近隣諸国からのトレーラーやシリンダーに、ヘリウムガスが詰められた状態で輸入し販売をしていましたが、タイにおけるヘリウム需要の拡大に伴い、日系企業を中心とした様々なお客様から安定供給の実現を強く依頼されていました。ヘリウムセンターを開設し、自社で小分け充填を行うことにより、あらゆる産業分野に対して安定供給体制を実現することができ、現在も順調に事業拡大しています。
大島社長:最も需要があるのはエアコン用途です。エアコンの冷媒にはフロンガスが使われていますが、ヘリウムはガスの中で最も分子が小さく、ガスの漏れを確認するためのリークテストに利用されます。タイは一年を通してエアコンが使われる国で、需要もあります。次に使用されているのは、医療現場で使用されるMRI機器です。MRI機器は超電導コイルにより強力な磁場を作り出し、非常に高い熱を持つため、その冷却に液体ヘリウムが必要とされています。その他半導体の製造分野などにも使用されており先端産業には欠かせないガスです。
大島社長:これまでカセットこんろの生産拠点は日本と中国のみでした。次の市場として東南アジアを視野に入れた時に、安定した供給体制の構築とBCP(事業継続計画)対策を目的とした時に生産拠点としてインフラなどの条件が最も整っているのがタイでした。タイでは、日本や中国に比べてカセットこんろの普及度は低く、当社に対する認知度もほとんどありません。タイでのカセットこんろの販売を拡大し、「カセットこんろ=イワタニ」として広く認知してもらうことで、その他の事業への良い波及効果が出ると思っています。誰から見てもイワタニとわかる商品を持っていることは大きなアドバンテージです。特に東南アジアでビジネスを展開するには有効な手立てだと考えており、今後も力を入れていく予定です。
大島社長:タイで初となる冷媒用フロンガスの回収・再生事業を今年1月より開始し、再生したフロンガスを空調機器メーカーや自動車メーカーのアフターマーケットをメインに販売していきます。フロンガスはCO2以上に地球温暖化ガスとして環境に影響を与えます。タイにおいては空調機器の廃棄時やメンテナンス時に発生するフロンガスは、大気放出もしくは破壊処理(回収後に燃焼)が行われていますが、フロンガスはリサイクルすることが可能です。冷媒用フロンガス供給者の責任として、環境に配慮しながら安定供給を行うことが重要だと考えています。
当社は、社員一人一人の環境に対する意識は高く、今のように環境への対応がビジネス要件になる以前から先進的な取り組みをしてきたと自負しています。
大島社長:当社と水素の関わりは古く、1941年に水素の取扱いを開始ました。創業者の岩谷直治は「いずれ水素で飛行機も飛ぶ」と予見し、1958年には水素の製造を開始、1978年に日本初となる大型商用液化水素製造プラントを完成させました。宇宙開発事業団(現JAXA)のH-IIA/BやH3のロケット燃料として液化水素を供給するなど、当社は日本の商業用水素の約70%のシェアを占めています。
タイでも次世代のエネルギーの一つとして水素は注目されつつあり、今後タイでの水素サプライチェーン構築の段階においては、当社も社会基盤整備に貢献したいと考えています。
大島社長:これまで、当社ではタイ人幹部の登用は進んでおらず、お客様も日系企業が中心のビジネス展開をしていました。しかし今後もタイやASEAN地域で事業拡大を図っていくためには、タイ人従業員が主役となり、日系企業以外とのビジネスもさらに拡げていく必要があると考えています。
そのための方策を今後実施していこうと考えていますが、その一つとして、機械事業に関するタイ人従業員のエンジニアリングチームの強化が挙げられます。今までエンジニアメンバーの主な役割はお客様に納入した機械・設備のアフターサービスでしたが、より広範囲、かつ高度なエンジニアリング体制を構築することを目的にエンジニアリングセンターを新たに組織しました。このチームではタイ人の責任者が主体となって能力開発計画を立案するなど、徐々にエンジニア力が向上してきており、顧客から直接エンジニアに相談や受注が入るなど、よい循環が生まれはじめています。
また、その他の部門においても同様に、事業拡大には、タイ人従業員の成長が必要不可欠であり、従業員にとって分かりやすく、透明性のある新たな人事・評価制度を間もなく導入予定です。これにより、従業員一人一人のキャリアプランや会社での目標を描きやすくし、将来的な幹部候補を増やしていきたいと考えています。
大島社長: 当社は1930年の創業時より、「世の中に必要な人間となれ、世の中に必要なものこそ栄える」という企業理念のもと、くらしや産業にエネルギー、産業ガス、機械、マテリアルなど幅広い商品やサービスをお届けしています。その根底には、これからの世の中が必要とする新しい価値を創造することで、社会に貢献したいという思いがあり、それが事業推進の大きな原動力となっています。
そういう意味で、タイはまだまだ私たちが取り組むことができる課題がたくさんあり、それらの課題を一つでも多く解決していくことが当社の使命であると考えています。 現在注力している人事制度も、当社で働くタイ人従業員が中心となって、タイの社会課題に真正面から取り組める人材を多く育てることにつながると考えています。そしてこれらの取組を通じて、当社がタイの社会や経済により必要とされる会社になるための素地を私の駐在期間中に作りたいと考えています。
THAIBIZ編集部
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