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連載: 在タイ日系企業経営者インタビュー
公開日 2025.11.25
都市を洪水から守る排水トンネルや空港の空調システム、工場や農地の給水設備。社会のさまざまな現場で、水を動かすポンプが使われている。荏原タイランドは、約60年にわたりタイの暮らしと産業を見えない場所で支え続けてきた。今回は、冷熱事業との統合や省エネ型製品の展開に加え、顧客に寄り添うカスタマイズ対応にも挑戦するマネージング・ダイレクターの宮谷伸之氏にインタビュー。変化の中で進化を遂げる組織づくりと、タイ市場での展望を聞いた。
(インタビューは9月19日、聞き手:THAIBIZ編集部)

目次
宮谷氏:荏原製作所は1912年の創業以来、水を動かす技術=ポンプを軸に発展してきました。荏原タイランドはその技術を受け継ぎ、1993年の設立以来、タイにおける水とインフラの発展を支えてきました。王立灌漑省(RID)やバンコク都庁(BMA)から依頼を受けた排水機場や灌漑設備をはじめ、空港、ホテル、工場、オフィスビルなど、都市や産業のあらゆる現場で当社のポンプが稼働しています。なお、1964年にはバンコク駐在員事務所が設けられており、私たちの活動はその時代から続く長い歴史の上にあります。
宮谷氏:事業は大きく「公共」「建築」「産業」の3分野に分かれます。公共分野では、地下排水トンネルや洪水対策用の大型ポンプなど、生活を守る設備に多く採用されています。例えば雨季に増水しやすいバンコクでは、地下トンネルを通じて水を川に送り出す大型ポンプが欠かせません。
建築分野では、ホテルや空港といった建物の給排水や空調システム、消防設備。産業分野では、化学・食品・製造工場などで使用されています。日本の埼玉にある首都圏外郭放水路で培ったノウハウをタイ政府に技術移転してきた経緯もあり、排水トンネル用の大型ポンプでは高いシェアを持っています。

宮谷氏:近年、タイでも省エネやCO₂削減への関心が急速に高まっています。ポンプは世界の動力消費の中でも大きな割合を占めるため、効率化の効果が非常に大きいです。当社グループが開発した世界最高効率クラスのポンプは、日本での展開を経て、すでにタイ市場でも導入されています。また、モータにインバータを内蔵した新モデルも開発しており、現場で簡単に省エネ化を実現できる仕組みを整えていく予定です。
宮谷氏:9年ぶりに赴任して感じたのは、省エネや環境対応を重視する顧客企業が確実に増えていることです。以前は「日本品質」への信頼が大きかったですが、今はタイ政府や企業の意識が変わり、CO₂削減を経営評価の一部とする動きが広がっています。こうした変化に合わせ、当社としても高効率ポンプや冷熱機器を組み合わせたトータルソリューション提案を強化しています。
宮谷氏:荏原タイランドはポンプを、Ebara Thermal Systems Thailandは冷熱機器(冷却塔や冷凍機)を扱ってきましたが、実際には両方の製品を導入する顧客が多く、製品ごとの組織では十分に応えきれませんでした。そこで2024年、吸収合併によって2社を統合し、顧客の課題に対して「トータルソリューション提案」ができる体制へと再編しました。省エネや効率化の需要が高まるタイ市場に対応するための、戦略的な判断でした。

宮谷氏:組織体制を大きく見直しました。「ポンプ部門」「冷熱部門」などの分野で分けず、トータルソリューション提案できる戦略に合わせて「営業部門」「サービス部門」とチームを一体化しました。営業部門では、ポンプと冷熱機器を分けずに扱えるようにして、設備全体を見渡した提案ができるようにしています。一方で、製品構造や運用方法の違いから、サービス部門の一体化には難しさがあり、今後さらに強化していく予定です。
宮谷氏:自動化とデジタルツールを活用し、日本国内ですでに展開しているシステムを基に、現場の設備状態をリアルタイムで把握・共有できる仕組みの構築を進めています。振動や温度を検知するセンサーを導入することで、異常の兆候を早期に発見できるため、ポンプ・冷熱機器双方のサービス担当者が連携できる仕組みが整いつつあります。統合を通じて、顧客の設備をより包括的に支援できる体制が形になってきたと感じています。
宮谷氏:タイではこれまで、公共・建築・産業分野で多くのポンプを提供してきましたが、近年は標準ポンプのカスタマイズ対応にも注力しています。大量生産品の標準モデルではなく、顧客の設備や条件に合わせて仕様を調整するものです。例えば、装置メーカーから「配管の方向を変えてほしい」「接続部のサイズを調整したい」といった要望を受け、一緒に最適な形を作り上げていきます。
宮谷氏:単に業務効率を追求するだけでなく、当社は顧客と共に価値を創ることを優先しています。カスタマイズのプロセスは確かに手間もコストもかかりますが、顧客と一緒に製品をつくることで信頼関係が深まり、その装置自体の競争力が上がる。結果的に、長期的なパートナーシップや新しい市場の開拓にもつながります。短期的な効率よりも、中長期的な価値創出を重視しているのです。
宮谷氏:標準ポンプのカスタマイズ対応は、当社グループの欧州拠点で先行的に始めた取り組みで、タイではこれから本格的に展開していく段階です。タイは産業構造が多様で、化学・食品・医薬など幅広い分野でニーズが生まれています。例えば、ナノバブル技術を活用したドリアン農家向け灌漑設備のように、新しい産業分野との連携も進みつつあります。こうした多様性の中で、顧客と共に新しい価値を生み出していくことが、次の成長の鍵になると考えています。

宮谷氏:当社が展開する製品領域は世界中に競合が存在し、特に中国メーカーの品質はこの10年で大きく向上しています。実際、私も「いい製品を作っているな」と感じることがあります。今は単に“日本製だから”という理由で選ばれる時代ではありません。私たちは、良いものは素直に認め、他社と協力しOEM、ODMのようなビジネス展開も選択肢として持っています。そのうえで、品質を担保しながら、サービスや提案力を組み合わせて価値を提供する。そこにこそ私たちの役割があると思っています。
宮谷氏:社内では「変化に慣れよう」という言葉をよく使っています。環境も競合も日々変わりますが、変化を拒むよりも受け入れ、学びながら前進することが大切です。統合を経て新しいチームが生まれた今、社員には変わることを恐れない文化を根付かせたいと思っています。私自身も、再赴任して9年ぶりに見るタイの変化の速さに驚かされました。だからこそ、私たちも常に進化していく必要があります。
宮谷氏:荏原グループは「流れで世界をデザインする」というコンセプトメッセージのもと、エネルギーの“流れ”も支えています。その取り組みの一つが、2021年から始まった水素事業です。水素を「つくる」「はこぶ」「つかう」すべての工程に、実はポンプの技術が関わっています。
例えば、当社グループはLNG(液化天然ガス)を-162℃という超低温で輸送する際に使うクライオジェニックポンプでは、世界でもトップクラスのシェアを持っています。液化水素はさらに低い-253℃ですが、既存技術を発展させ、水素社会の実現に貢献していきます。水素社会の構築には、多くの企業や国の連携が欠かせませんが、私たちは“流れをつくる”技術でその一翼を担い、次の時代のインフラを静かに支えていきたいと考えています。

EBARA(THAILAND)LIMITED
マネージング・ダイレクター
宮谷伸之 氏
2008年から2014年までタイに駐在し、ASEAN市場の営業・事業開発に携わる。2023年に再赴任し、現職に就任。ポンプ事業と冷熱事業を融合し、顧客の設備全体を支える体制づくりに取り組む。荏原製作所 建築・産業カンパニーAPAC(アジア・パシフィック)地域部長を兼任。

THAIBIZ編集部
和島美緒

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