成熟市場・タイで挑む、10年先を見据えたエネルギー事業開発

THAIBIZ No.178 2026年10月発行

THAIBIZ No.178 2026年10月発行自動車激変時代に光る、マツダの「信頼経営」

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成熟市場・タイで挑む、10年先を見据えたエネルギー事業開発

公開日 2026.10.09

「産業の伸びという点では、以前の方が力強さを感じた」。そう率直に語るのは、18年ぶりに再びタイへ赴任したIHI ASIA PACIFIC(Thailand)の加藤賢二社長だ。一方で、エネルギー分野には今後も需要があり、調達先の多様化や二酸化炭素(CO2)排出量の削減など、取り組むべき課題が変わってきているという。こうした変化を捉え、170年以上にわたり培ってきた技術と幅広いネットワークをどう次の事業につなげるのか。同社長に、10年先を見据えたIHIのタイ戦略を聞いた。

18年ぶりのタイ、「良いエネルギー」が求められる時代へ

Q. 以前の赴任時と比べ、現在のタイをどう見ているか

前回はターボチャージャー事業で4年弱駐在しました。洪水やリーマンショックもありましたが、自動車産業が伸び、わかりやすい真っすぐな勢いがありました。

今は製造業を取り巻く環境が複雑になる一方、データセンターなど新しい産業も生まれ、エネルギーの確保も引き続き課題です。ただ、単純に「エネルギーが必要」というだけではありません。安さが重要ではあるものの、安定供給や価格変動リスク、CO2削減も含め、「良いエネルギー」とは何かが問われています。国際情勢を踏まえ、エネルギー源や調達先の分散も重要になり、国益や産業の視点から考えるべきテーマは複雑になっています。

製品を売る拠点から未来の事業を考える拠点へ

Q. IHIのタイ事業開発拠点はどのような役割を担っているか

IHIは1971年にバンコク事務所を開設しました。タイの産業の成長に合わせ、製紙機械や工場設備、液化天然ガス(LNG)貯蔵設備、発電用ガスタービン、ターボチャージャーなどを販売し、その後はメンテナンスにも力を入れてきました。

タイは製造拠点からASEANのハブへと役割を広げています。少子高齢化や労働コスト上昇に伴う自動化、設備の高度化、高付加価値産業の育成、CO2削減など、経営課題も多様です。こうした変化の予兆を捉え、次に必要なビジネスの仮説を立てることが、営業連絡事務所から事業開発拠点となったわれわれの役割です。タイ国内だけでなく、在タイ企業のASEANでの動きも視野に、アジア各国や豪州の事業開発拠点と連携しています。

太陽光からアンモニアをつくる?その仮説とは

Q. 現在、具体的にどのような新規事業を描いているか

例えば、エネルギー輸入国であるタイのCO2削減に、アンモニアを活用できないかと考えています。太陽光などの再生可能エネルギーで水素をつくり、それをもとにアンモニアを製造すれば、日本とタイの企業が両国へのアンモニア供給を担うことができるかもしれません。IHIにはアンモニアの貯蔵タンクの技術があり、燃焼技術も開発しています。すでに製造・供給を検討しており、エネルギーをつくり、運び、貯め、使うバリューチェーン全体の確立を目指せます。

もちろん現時点ではアイデアであり、エネルギー分野の課題解決には10年、15年かかります。お客様や国の課題を見て、IHIが価値を発揮できると考えれば、既存の領域を超えた事業も検討する。その仮説をつくるのが私の仕事です。

仮説を“かたち”にするIHI が持つ技術とつながりの力

Q. 仮説をどのように形にしていくのか

IHIには技術があります。ただし、一社だけでできることには限界があります。そこで強みになるのが、幅広いステークホルダーとのつながりです。IHIはエネルギー、インフラ、製造業、航空・宇宙などを手掛けており、産官学に接点があります。「陸海空、どこにも接点がある」といえるほどで、入社から25年以上経った今も「ここにもIHIの関係先があったのか」と驚きます。

各国の事業開発拠点とは週次、時には毎日対話しています。タイと日本に資する事業なら、市場はタイ国内に限りません。ASEAN各国や日本、韓国、台湾などの企業と強みを持ち寄り、タイ国外でも柔軟で価値の高い事業をつくれるかもしれません。170年以上培ってきた技術とつながりを生かし、中長期の視点で事業を考えられるのもIHIの強みです。対話を通じて仮説を磨き、形にしていきたいと思います。

「現地化するのは自分たち」18年ぶりのタイで気づいたこと

Q. タイでの組織運営で意識していることは

18年ぶりに戻って感じるのは、タイの経営者は常に世界を見ており、スタッフも環境が整えば仕事に没頭する力が非常に高いことです。日系企業は日本の調整型の仕事の進め方を理解してもらおうとしがちですが、むしろタイに合わせて変わるべきは、われわれ日本人ではないでしょうか。細かく管理しすぎず、人間関係を重視する文化を尊重し、ゴールと役割を明確にした上で、まずは信じて任せることを意識しています。

Q. 現地法人でも新しい試みを進めているか

現在のIHI ASIA PACIFIC(Thailand)は、エネルギーと産業機械という、生まれも育ちも違う二つの組織を統合しています。同じメンテナンスでも扱う設備や仕事の進め方が異なり、IHIにとっても珍しい試みに、最初はどうなるのかと思いました。

ところが、ガスタービンを担当していたエンジニアが、技術を生かして産業機械のメンテナンスも手掛け、据付工事のサイトマネジャーまで務めるようになりました。最初はハイブリッドだと感じましたが、今では「二刀流」と呼ぶにふさわしいレベルです。自ら新しい役割に果敢に挑戦してくれたナショナルスタッフに感謝するとともに、自分のリスペクトが足りなかったと猛省しています。

Q. 加藤氏自身が変えたことは

以前は社長室がありましたが、私はそこを出て、スタッフと同じフロアに席を置いています。「心理的な壁を取り払う」という目的です。組織統合の際も、座席のレイアウトをスタッフに任せました。条件は、密にコミュニケーションが取れることだけ。互いの考え方の違いを理解する良い機会にもなったと思います。

何かを変えるということに対して、日本人は「これまでをベースに論理的に考えてから動く」、タイの方は「これまでの良さを認めつつ、まず動く」という違いを感じます。私も「直感的に動いた後で立ち止まって考え、その上で方針を示す」というやり方に慣れていないため、強い緊張を感じることがあります。それでも、日系企業らしさを意識しながら自分の動き方を変える。そんな現地化もあると信じ、行動するよう心掛けています。

Interviewee Profile

加藤 賢二 社長
IHI ASIA PACIFIC(Thailand)Co., Ltd.

1997年IHI入社。資材調達を経て、ターボチャージャーの営業を担当。2008年よりタイに約4年間駐在しターボチャージャーの現地法人で勤務。その後、本社の事業開発部門などを経て、2025年4月に再びタイへ赴任。タイ法人のトップを務めるとともに、IHI Corporationのタイ事業開発拠点長も兼任する。

>>本連載「在タイ日系企業経営者インタビュー」の記事一覧はこちら

THAIBIZ編集部
和島美緒

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