カテゴリー: ビジネス・経済, カーボンニュートラル
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.06.10
タイ・エネルギー省は5月中旬、バンコクで世界のエネルギー転換に対するアジアの貢献をテーマとする「フューチャー・エナジー・アジア(FEA)」と、未来のモビリティーに関する「フューチャー・モビリティー・アジア(FMA)」という2つの展示会イベントを開催した。FEAは今年で6回目。国営タイ石油会社(PTT)、PTTエクスプロレーション・アンド・プロダクション(PTTEP)、タイ発電公社(EGAT)などの共催で、展示会場ではやはりPTTグループが主役だ。一方、今年が3回目となったFMAは自動車などモビリティーをテーマとしながらも、バンコクで行われる他の製造業イベントに比べて日本勢の影は薄い。
EVの未来は最終的に、各国・地域のエネルギー・電力の構成比にも依存すると思われるが、タイのエネルギー政策の根幹である長期電源開発計画(PDP)の最新版の策定が遅れていることもあり、タイの電源がどの程度のペースで化石燃料から再生可能エネルギーへシフトするのか見通し難だ。それは電力価格の推移にも影響され、自動車の動力源がどのようなペースでどの水準まで電気自動車(EV)にシフトしていくかを左右しそうだ。
「EGATはタイの国家エネルギー政策であるPDP計画とともに戦略を高度化している。PDPはエネルギー安全保障、経済、環境フレンドリーの3つにフォーカスしている。それはエネルギー安全保障と2050年までのカーボンニュートラル達成を目指すものだ」
タイ発電公社(EGAT)のタワチャイ副総裁はFEAの開会式の基調講演でタイのPDPの意義をこう表現。さらに、カーボンニュートラル達成に向けた戦略として、①再生可能エネルギー、グリッドの近代化と発電所の更新、エネルギー貯蔵システムの活用②パートナーと協力し、CO2回収・利用・貯留(CCUS)技術を活用してEGAT発電所でCO2吸収を拡大③電気自動車(EV)と充電設備設置などにより温室効果ガス削減への一般市民の参加を促し、省エネとBCG経済を促進―の3つを挙げた。
また、エネルギーシステムの転換期のエネルギー需給の変動には、EVやIoT利用の増加などの消費者の行動やライフスタイルの変化、伝統的燃料から再生可能エネルギーへの移行、太陽光発電の利用増に伴う電力供給の分散化が影響を与えていると指摘。こうした変化に対応するため、EGATは柔軟で近代的、レジリエントな電力マネジメントシステムを構築する必要があるとし、未来のエネルギー源として、浮体式太陽光発電、水素、高性能の「グラフェン・バッテリー」、小型モジュール炉(SMR)を挙げた。
このうち特に水素エネルギーについて「電力分野で一段とポピュラーになりつつある」と強調。水素の活用は燃料電池を通じた発電、天然ガスを活用してアンモニアに転換、石炭と混焼することでCO2排出削減に役立つほか、水素貯蔵がエネルギーの安定供給に貢献すると説明した。その上で、EGATは日本の経済産業省の支援を得て、千代田化工建設、商船三井、三菱商事とクリーン水素・アンモニアバリューチェーン構築の実現可能性調査を実施していると報告した。
5月22日付バンコク・ポスト(9面)の「タイのエネルギーの未来を確保する」と題する論説記事では、タイは天然ガス供給量の14%をミャンマーで産出される天然ガスに依存しているリスクに警鐘を鳴らしている。2021年2月のミャンマーでの軍事クーデターを受けて、欧米がミャンマー企業の金融資産を凍結しており、米政府は2023年10月末に、ミャンマー国軍の資金源になっているミャンマー石油ガス公社(MOGE)に対する金融サービスを制限する追加制裁を発表した。ミャンマー産の天然ガスはタイ西部ラチャブリ県の発電所の燃料として供給されており、これらの地域の電力供給への影響が懸念されるという。ちなみに、天然ガス由来の電力はタイの全電力供給量の53%を占め、その内訳は33%がタイ湾からで、12%が輸入される液化天然ガス(LNG)、残り8%がミャンマー産天然ガスだという。ちなみに、その他の電力源は石炭と再生可能エネルギーだ。
また、5月22日付バンコク・ポスト(ビジネス3面)は国営タイ石油会社(PTT)傘下の大手化学会社PTTグローバルケミカル(PTTGC)と工業用ガス大手バンコク・インダストリアル・ガス(BIG)が水素燃料の研究開発での提携で合意し、タイが「水素エコノミー」の構築を準備していると伝えた。タイのエネルギー政策計画事務局(EPPO)は先に、PDP最新版には電源構成に水素燃料を含め、そのシェアを5%にする方針を明らかにしている。
4月25日付バンコク・ポスト(9面)の「タイのエネルギー転換をナビゲートする」と題する論説記事は、タイは現行の国家エネルギー計画(NEP)の中で小型モジュール炉(SMR)を代替エネルギーの1つに位置づけていると報告している。同記事によると、タイは1962年に研究目的ながら東南アジアで初めて原子炉を稼働させた。そして1970年代初めにタイ政府はチョンブリ県に初の原子力発電所の建設計画に着手したが、コスト高、建設期間の長さ、原発事故懸念から実現しなかった。
さらにタイ・エネルギー省は20年前に原子力エネルギー計画を復活させたものの、2011年の東日本大震災に伴う福島第2原発事故によりその夢は頓挫した。しかし、通常の原発に比べ出力は小さいものの、より安全とされるSMR技術の発展によりタイの原子力エネルギーへの関心が復活。プラユット前政権時代の2022年11月に、SMRについて米国がタイ政府を支援すると伝えられたことで、「夢の実現に近づいた」としている。セター首相もSMRの安全性を審査するとともに、商業的な実現可能性が鍵を握ると前向きな姿勢を示している。
今年第3四半期までに策定される見込みの長期電源開発計画(PDP)最新版に対する注目度は少しづつ高まっている。6月7日付バンコク・ポスト(ビジネス1面)がエネルギー政策計画事務局(EPPO)の話として伝えたところによると、2018年時点では2037年時点での全電力供給量に占める再生可能エネルギーのシェアを36%まで高めるとの目標が設定されたが、今回の最新版ではこれを51%とし、化石燃料由来の電力のシェアを上回る野心的なものになる見込みだ。タイの国家エネルギー計画(NEP)の根幹であるPDP最新版は今年から2037年までをカバーし、再生可能エネルギーの柱は太陽光発電となり、その容量は2万メガワット(MW)が目標になるという。また、水力発電を中心に周辺国から1万6000MWのクリーンエネルギーを輸入する予定だ。
現PDPでは再エネのシェア目標36%のうち太陽光発電が半分以上で想定されており、タイの大手電力会社を含め、水力発電ダム湖での浮体式を含め太陽光発電への投資はまだ続いている。そして日系企業も大手エネルギー系、商社系、そして独立系などさまざまなプレーヤーが参入。これら日系業者は主に日系製造業の工場の屋根への太陽光パネル設置を進めてきたが、ここに来て「大手企業の工場屋根への設置は一巡しつつある」(関係筋)との声も聞かれる。また、タイでの太陽光発電事業では、「自家消費のみで売電ができない。また蓄電設備が高額だ。さらに、工業団地会社が地元電力業者などとがっちり組んでおり、新規で食い込むのが難しい」(同)ことなどが課題になっているようだ。
太陽光発電を巡っては平地の少ない日本では、森林を伐採して土地を切り開く形での大規模太陽光発電所の設置が多く、自然環境へのダメージが指摘されている。大半が平野部であるタイではこうした懸念は相対的に少なく、まだまだ太陽光発電の導入余地は大きいだろう。水力発電ダムでの浮体式太陽光パネル設置拡大の動きも興味深い。一方で、米中貿易摩擦の争点の1つとなっている太陽光パネルの生産量では、中国企業が世界のトップ10をほぼ独占しており、偏った市場構造が今後、どのような変化と影響をもたらすのかは注意深く見守る必要がありそうだ。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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