急拡大するタイのペット産業 ~新型コロナ、そして少子高齢化~

急拡大するタイのペット産業 ~新型コロナ、そして少子高齢化~

公開日 2024.08.05

今年5月中旬にバンコク都心にある大型展示会場、クイーンシリキット国際会議場(QSNCC)に寄った際に「PET EXPO THAILAND 2024」という展示会が開催されているのに気付き、覗いてみた。そして、その来場者数の多さとその熱気に驚いた。若いカップルや家族づれがペットの犬や猫などをおしゃれなカートに乗せて、ペットフードや関連用品のブースを熱心に見て回っていた。

この展示会のホームページによると、出展社数は2020年の120社から2023年の218社まで増加。来場者数は2020年の9万9000人から2023年の18万8620人まで倍増している。今年の数字はまだ出ていなかったが、昨年よりさらに増加している可能性も高いだろう。タイのペット産業は、今週配信のインタビュー記事で紹介した「フォーリトルワン」だけでなく、かなり前から成長してきたが、特に新型コロナウイルス流行後の急拡大ぶりは目覚ましい。そして、バンコクなどの都市圏での少子高齢化、核家族化も後押ししている。

クイーンシリキット国際会議場(QSNCC)で開催された「PET EXPO THAILAND 2024」

タイのペット市場、今年は12%増へ

「家族の一員としてペットの面倒を見るのが最近のトレンドだ。この結果、ペット1匹あたりの飼育コストは大幅に増加し、飼い主は年平均4万1100バーツの費用を負担している。放し飼いにする場合の7745バーツに比べ大幅に高い。飼い主は自分の個人的ニーズを満足させるために、ペット用品を購入するので、そのコストは急増している」

TMBタナチャート銀行(ttb)の調査部門、ttbアナリティクスは今年3月14日に発表したタイのペット産業に関するリポートで、新たなトレンドをこう表現。冒頭で紹介したPet Expoで見た光景はまさにこのトレンドそのものだ。こうしたペットの「家族化」、あるいは「humanization(人間化)」にとどまらず、ペットは、飼い主がソーシャルメディアでコンテンツ化し、フォロワーを呼び込むことで、「Petfluencer」となり、収入を稼げる「家族」にまで進化しているという。同リポートによると、2024年のタイのペット市場の規模は前年比12.4%増の750億バーツに達する見通しで、過去5年間の年平均成長率(CAGR)は17.5%という驚異的な伸びだったという。

ttbアナリティクスのリポートは、ペット食品、動物ケアサービス、ペット用品・ペットケアサービスの3部門別に市場予測している。このうちペット食品については、ペットの人間化のトレンドに伴い、長期的な健康向上を狙いに栄養価値を高めたり、人間の食品同様の熱処理をしない生鮮食品など高品質化に伴い、市場規模は過去5年間のCAGRは17%、2024年の売上高は446億バーツに達する見込みという。また、医療など動物ケアサービス市場は過去5年間のCAGRが21.7%で、2024年の売上高を66億4000万バーツと予測。さらにペット用品とペットケア市場は過去5年のCAGRはそれぞれ17.3%、16.7%で、2024年の売上高はそれぞれ229億バーツ、6600万バーツと予想している。

いなば食品がタイで積極展開

7月16日付バンコク・ポスト(ビジネス1面)によると、タイ商務省事業開発局は、2023年の高収入業種ランキングのトップ10で、①バッテリー製造とプリント基板(PCB)を含む電気自動車(EV)関連製品 ②観光業 ③家電製品に次いで、ペット・動物ケアが前年比5.8%増の2600億バーツと4位になったと発表している。ちなみに5位以下は、⑤会議や展示会などイベント主催 ⑥Eコマース ⑦化粧品 ⑧健康 ⑨玩具 ⑩スピリチュアル関連ビジネス―だ。そしてこれら10業種は、日々の生活でテクノロジーを利用する若者の現代的ライフスタイルに沿ったものであり、健康と環境に配慮する消費者の需要も反映していると説明している。

「PET EXPO THAILAND 2024」に出展したINABA(イナバ)

冒頭で紹介したPet Expoには日本の「いなば食品グループ」のいなばペットフードも出展していた。同社のホームページ(HP)などによると、今から219年前の1805年に静岡県焼津市で「稲葉商店」として鰹節製造で創業した同社は、みかんの缶詰、そしてツナ缶を主力製品に成長を続けた。1958年に米国向けのペットフード生産を開始した後、1997年に「いなばペットフード」を設立し、ペット食品市場に本格参入。2009年には「イナバフーズ・タイランド」を設立後、サラブリに工場を開設し、ペットフードの生産を始めた。ペットフードは「ドライ」「ウェット」が中心だが、いなばは「おやつ」市場を開拓し、同市場では世界のトップブランドになっているという。現在の主力のペット食品は猫用のおやつである「CIAO(チャオ)ちゅーる」シリーズだが、犬用の「Wan(ワン)ちゅーる」のラインナップもある。

いなば食品グループも、今やペットフード部門が主力となり、HPによると売上高は2023年が1310億円、2024年が1750億円、営業利益はそれぞれ119億円、155億円と急成長している。その背景には世界的なペットブームがあると思われる。非上場企業であるいなば食品グループは今回、筆者の取材に応じられないと回答した。ただ、静岡新聞が4月13日に報じたところによると、タイ・サラブリ工場の工場を2029年までに現在の5倍まで増強し、欧米や南米への輸出拠点にする計画だという。具体的にはタイの生産拠点は現在、第1~第3工場まであり、その隣接地で、25年に第4工場、29年に第5工場を新設、稼働させるという。同記事は、新工場を含めたタイ工場の全出荷額は1300億円と、ウェットタイプ(おやつを含む)のペットフード工場としては世界最大規模になると伝えている。

バンチャクもペット産業に参入

6月4日付バンコク・ポスト(ビジネス3面)は、タイ石油精製大手バンチャクが非石油事業の強化の一環として、ペットブームの拡大を受けて、自社のガソリンスタンドでペットショップを展開していくと報じた。具体的には、先週配信したインタビュー記事で紹介したRSグループと提携し「Pet All My Love」という新しいペットショップを開店するという。バンチャクのチャイワット最高経営責任者(CEO)は、若い顧客はより多くのペットを飼っており、バンチャクはペット産業に興味を持っていると強調。同社は近く、バンコク市内に1号店を開設し、20店舗まで展開する予定で、この事業に1億~2億バーツを投資するとの計画を明らかにした。このペットショップは、ペットケア商品、ペット医薬品、ペット医療を提供する方針だという。

一方、バンチャクと提携するRSグループはTHAIBIZとのインタビューで、「Lifemate」というペットフードブランドを展開していると報告。さらに、RSグループの狙いは「Life Enriching(生活の質の向上)」であり、その一つとしてペット関連事業を展開してきたが、今後も、バンチャクとの協業によるペットショップの拡大だけでなく、「ペットウェルネス事業の拡大、動物病院の設立」を推進していくと表明した。バンコク・ポストの記事によると、RSグループは、新型コロナウイルス流行に伴うロックダウン措置で、多くの人がペットを親友として扱うようになったことで、数年前にペット産業に参入したという。

タイ経済は現在、主力の自動車産業が低迷し続ける中、観光産業の回復、そしてプリント基板(PCB)に代表される半導体・電子産業の一部分野の急成長で何とか補完している印象だ。そんな中で、観光関連産業を含むソフトパワーへの期待が高まっている。そして、新型コロナウイルス流行と、タイの少子高齢化という社会構造の変革を背景に、ペット産業にも異業種から熱い視線が注がれ始めている。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

Recommend オススメ記事

Recent 新着記事

Ranking ランキング

TOP

SHARE